第3話 翌日

 とにもかくにも、ウンディーネとの同居生活が始まった。


 そもそも、なんで夫婦の指輪なんて貴重なものが廃墟みたいな家に落ちていたのだろう?


 はっきりとはわからない。


 ただ、見た目はただの木彫りの指輪だし、特殊な鑑定魔法でも使わない限り、それが特別な指輪だと気づかない。


 前の持ち主は不注意で指輪を紛失し、しかし、特に気にせず放置していたのかもしれない。


 あの古びた家は色んな人に貸し出されていたものらしいので、もはや持ち主の特定は難しそうだ。


 私としては、良い拾い物かもしれない。


 しかし、本来ならあの家の持ち主のものではある。このまま貰ってしまうのは気が引けた。あのおじさんも、特別な指輪だと知っていたら、気軽に私にくれることはなかっただろう。


 エリズが現れた翌日、私はおじさんに事情を説明しようと思ったのだけれど、エリズにとめられた。



「事情を説明したとして、もうこの指輪が外れることはありません。強いて言えば指を切り落としたら取れますけど、それ以外では無理です。返せと言われても返せないのでしたら、何も言わないという選択もありだと思います。

 そもそも、夫婦の指輪のことは人間界ではあまり知られていないようですので、下手に広めると指輪を狙う危険な者たちに狙われる可能性すらあります。

 指輪の本質を見抜けなかった相手側にも非はあるということで、こそっといただいておくのが無難でしょう」



 エリズの言うことももっともではあり、私も自分の身を危険にさらしてまで正直者でいようとは思わない。


 幸い、あのとき見せた木彫りの指輪とは似ても似つかないものに変形しているので、この件は内密にしておくことにした。


 ちょっとした罪悪感を覚えつつ、今日も今日とて地味にお仕事をする。


 数日前、薬屋の魔女さんから薬草を採ってきてくれという依頼があっていた。それをこなすため、エリズと一緒に町の東にある森へ向かおうとして。


 家を出る前にふと思う。



「……先に、エリズを私のパートナーとして登録した方がいいかな」


「パートナーとして登録? どういうことですか?」



 エリズは普段、精霊たちの住む別の世界? にいるらしく、人間社会のことをほとんど知らない。なんとなく噂話程度に聞いているだけらしい。


 そのため、パートナー登録についても当然知らない。



「私が召喚士だってことは言ったよね? 召喚士は、自分が召喚した霊獣とか精霊とかを、召喚士ギルドでパートナーとして登録することがあるんだ。いちいち全部を登録するわけじゃなくて、常時召喚しっぱなしにするような相手について登録する。

 この子は誰それのパートナーで、その誰それの責任の元、町で生活していますって宣言するためにね。

 パートナーの証として、チョーカーだったり腕輪だったりも貰えるよ」


「へぇ、そうなんですね。つまり、今のところわたしは町の住人にとっては不審者でしかないのを、ヴィーシャさんの関係者だって証明するんですね?」


「そういうこと。そんなに時間もかからないし、先に召喚士ギルドに行こう」


「わかりました! ふふ……パートナー登録をすると、世間から見てもわたしとヴィーシャさんがただならぬ仲であることがわかっちゃうわけですね? なんだかゾクゾクします!」


「何でゾクゾクするんだよ。あー、っていうか、左手の指輪が意味深過ぎるな……。私は手袋でもしておこう……」



 この町において、夫婦が左手薬指に指輪をはめることは、特に風習として根付いていない。しかし、そういう地域もあるという程度には認識されていて、それを真似ている夫婦やカップルもいる。


 私とエリズが同じ指輪を左手薬指にはめていたら……そういう関係だと思われても仕方ない。



「えー!? 隠しちゃうんですか!? むしろ世間に見せつけてあげましょうよ!」


「……嫌だよ。将来的にどうなるかは様子を見てもいいと思ったけど、現時点で私たちが特別な関係だなんて思われたくない」



 私の感覚は至極まっとうだと思うのに、エリズは不満顔。



「もー、ヴィーシャさんは恥ずかしがり屋さんですね! 仲良し夫婦なんですねって祝福されたら、むしろ嬉しいと思いますよ!」


「……私はまだその境地には達してないんだよ。っていうか、必ずしも祝福してくれるとも限らないし。何で女同士で夫婦みたいなことしてるの? って変な目で見られるかもだし……」


「愛があればその程度の障害はなんてことありませんよ!」


「そうだね。愛があれば、ね。今はそこまで深い愛なんてないから、やっぱり手袋するわ」


「もー! そんな意地悪なことばっかり言うなら、問答無用でキスしちゃいますよ!?」



 エリズは本気のようで、私の肩をがっしりと掴む。顔を近づけてきたところで、その顔を両手で押し返した。



「や、やめてよ! 私はまだそういう気持ちじゃないんだって! エリズが女性だからダメだってわけでもなくて、単にろくに関係性もできてない相手とキスなんてしたくない。それくらい、精霊だってわかるでしょ?」


「むぅ……。わかりますけど! でも、私は実のところ、ヴィーシャさんを一目見たときから、この子いいなって思ってたんですからね!

 綺麗で可愛らしい顔も素敵ですし、純朴で優しそうな雰囲気にもグッときます。そして、もっともっと深いところ、魂レベルでなんとなく惹かれるものさえ感じています!

 まだまだお互いのことを知りませんが、だからこそ、私はもっと積極的にヴィーシャさんと仲良くなりたいです!」



 エリズはただ心のままに言葉を発しているように思う。


 だからこそ、余計に困る。こんな純粋な好意、生まれてこの方向けられたことがない。恋にも愛にも疎い私には、エリズが眩しすぎる。



「き、気持ちは……まぁ、嬉しくないことも、ないんだけど……。でも、だからって、いきなりキスとかはやっぱりやりすぎ! 私のことを気に入っているなら、私のペースに合わせてよ!」


「……仕方ないですね。今はまだ、我慢してあげます」



 ぷくーっとむくれる姿も、エリズがすると様になっている。美人って何をしても可愛らしいものだね……。


 若干の照れも感じつつ、エリズから視線を外す。


 部屋を漁って白い麻製手袋を探してから、両手にはめた。左手だけだと少しバランスが悪いので。



「……じゃあ、召喚士ギルド、行くよ」



 促すと、エリズは右手を差し出してきた。



「手袋は許すので、手を繋いでください」


「……それはそれで恥ずかしいよ」


「じゃあ、なんだったら許してくれるんですか!?」


「お、怒んないでよ……。ああ、もう、わかったよ! 手を繋げばいいんでしょ!?」



 左手を出し、エリズと手を繋ぐ。手袋越しでも、その柔らかさや温もりは伝わってくる。



「えへへ。ヴィーシャさんは押しに弱いということがわかりました」



 上手く転がされているようで、不満は募る。


 ただ、手を繋いだだけで随分と嬉しそうにするものだから、あえてその手を振り解こうとまでは思わなかった。


 家を出るまでで随分と時間がかかってしまったけど、とにかく、召喚士ギルドに行こう……。

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