第五十一幕 孤軍―フレンド―

 【裏世界】でのショッピングモール。

 人もあやかしも普段は近づかない場所にて激しい戦闘音が鳴り響いていた。


 「はぁぁ!!」


 八重の気迫が宿った法眼の振るう錫杖しゃくじょうが敵の陰陽師の式神である鬼を切り裂く。

 鬼は断末魔を上げながら消えていくが、八重は余韻よいんに浸る事も無く次に襲い掛かってきた狼の式神を迎え撃つ。


 「っ!しつこい!」


 噛みつこうする狼を振り払い錫杖で突きながら八重は悪態をつく。

 法眼のカメラの先には式神に戦闘を任せて、【陰陽機】たちは動かず八重の様子を見守っていた。

 それは陰陽師としては正しい戦い方なのかも知れないが、まるで自分が古代ローマの剣闘士になったような気分になり不愉快になる。


 (何のための【陰陽機】よ!)


 自ら戦うスタイルの八重は心の中でそう叫ぶが、この状況は八重にとってもチャンスでもあった。

 今は式神の群れに苦労させられているが、その上に【陰陽機】の攻撃が加われば更に苦戦させられるだろう。

 牛頭と馬頭を切り札として残している以上、低級良くても中級な式神で攻めて来る間はまだ八重にも余裕があった。


 (隙を見出して一気に攻める。これしか手は無い!)


 蜘蛛の式神を切り払いながら、八重は一瞬の隙も逃さないとばかりに式神の群れのその先を見つめていた。

 その一方でその戦闘の様子を見ていた左近寺は八重に称賛を送っていた。


 「流石は龍宮寺の娘といったところか。【陰陽機】の扱いも一流だな。」

 「も、申し訳ありません!全ての式神を使い一飲みにしますので!」


 それを遠回しな自分らへの叱責しっせきだと思った若い陰陽師はそう伝達しようとするが、それを左近寺に止められる。


 「よい。それよりも【蟲毒こどく】の準備をせよ。」

 「こ、【蟲毒】をですか?一体何のために?」

 「龍宮寺の娘に思い知らせてやるのだ。我らが開発したこの【蟲毒】が如何に優れた兵器なのかをな。」


 そう語る左近寺の顔には邪悪な笑みが乗っていた。



 (よし!少しづつ近づいて来た!)


 襲い掛かる鳥の式神たちを札で射ち落しながら、迫って来る鎧武者の式神の攻撃を受け止めつつ八重はそう確信する。

 少しづつ、少しづつではあるが大元である陰陽師たちに近づき八重にも勝機が見え始めていた。


 (行ける!)


 そう結論をつけると突撃するために自身の呪力を引き出していく。

 だが、突然に陰陽師はまるで道を譲るように左右に避け始めた。


 「!?」


 その先には彼らが【蟲毒】と名付けた装置が向きを変えて、八重の正面に向けられる。

 それはまるで蛇に睨まれたカエルのように一瞬動きが止まる八重であったが、段々と【蟲毒】に呪力が集まるのを見て何をすべきかを八重は判断した。


 「【蟲毒】!発射!」


 左近寺のその声と共に【蟲毒】に集められた呪力が、八重に向けられてビームのように発射される。


 「っ!!」


 突撃のための呪力を急いで結界に回した判断によって、真正面からの砲撃を受け止めた八重。

 光が収まり、八重が周りを見回してみれば、砲撃によって光の通り道は八重の周り以外は焦土となっていた。


 「見たか龍宮寺の娘よ。これが平和をもたらす光だ。」


 左近寺が自身の【陰陽機】に乗り込みつつ八重に話しかけてくる。


 「っ!!」

 「この【蟲毒】はただ精気を集めるだけでは無い。集めた精気を呪力への変換し放出する事が出来るのだ!」

 「そう。残念ねその自信作も今日で壊されるのだから。」


 そう強気に言い返す八重であったが、左近寺の顔には余裕があった。


 「言葉で誤魔化しても無駄だ。防いだはいいがその【陰陽機】には相当の負担が掛かったのでは?」

 「っ!…。」


 左近寺の言う通り、先ほどの一撃で法眼の駆動系に負担が掛かり一時的に動けなくなってしまっている。

 そんな状況の中で囲うように式神と【陰陽機】たちが周りを囲み始めている。


 「更に情報を教えてやろう。【蟲毒】は我らが一族が総力を挙げて作り上げた装甲で作り上げている。つまりは破壊は不可能だ。」


 左近寺がそう言い切る頃には完全に八重は囲まれてしまっていた。

 黙って見ているしかない現状に歯噛みしながらも、必死に再起動を試みる八重に左近寺は優しく語り掛ける。


 「だが素晴らしい才能だったぞ龍宮寺の娘よ。その才能、殺すにはあまりにも惜しい。もし心を入れ替え我らに忠誠を尽くすのであれば、同志として迎え入れよう。」


 そう言う左近寺に対して、八重が答えを出すのは速かった。

 迷うまでもなかった。

 迷う程度ならば今ここにはいなかったであろう。


 「くたばれ、陰陽師の面汚し。」


 そう八重が答えると左近寺は短く、怒りを込めながら全員に命令するのであった。


 「殺れ。」


 その言葉と共に多くの式神が動かない法眼に向かって突撃してくる。


 (ごめんなさいお母さん。…期待に応えられなかったよ。)


 覚悟を決めた八重がまず思ったのは母親である志乃への謝罪であった。

 そして走馬灯のように様々な人の顔が浮かんでは消えて行ったが、ある一人の顔が離れないでいた。


 「叶夜、くん。」


 八重が祈るように叶夜の名を呼んだ時、一陣の風が吹いた。

 その風はまるで意思を持つかのように次々に八重に襲いかかろうとした式神を切り裂いていった。


 「…え。」


 起こった出来事に左近寺たちだけでは無く、八重も驚きの声を出す。

 ただし八重の場合はコレを引き起こせる者がここにいる訳が無い、という驚きであった。

 多くの式神を引き裂いた風はやがてその形を見せる。


 「鎌鼬の栄介!ここに完全復活!陰陽師ども!この名を憶えておきな!」

 「栄介…?何で?」


 そう八重は問いかけるが、【怪機】状態の栄介は顔をこちらに向けるだけで何も言おうとはしない。


 「か、鎌鼬だと!ええい構わん!まとめて殺せ!」


 思わぬ事態に動揺しながらも下された左近寺の命令に、陰陽師たちは残った式神を突撃させ、【陰陽機】に装備されていた特殊加工された弾丸を装填したアサルトライフルを一斉に発射しだした。

 だが栄介はその場を動かず、法眼の前に仁王立ちしている。

 すると今度は分厚い氷の壁が八重と栄介の周りを囲う。

 近づこうとした式神も弾丸も氷の壁に阻まれ、届く事は無かった。


 「な、何が。何が起こっている!?」


 そう怒鳴り散らす左近寺であったが、思わぬ声が上から聞こえてくる。


 「そのような事より、後ろのデカブツを注意した方がよいのではないかのう!」

 「!!誰だ!」


 左近寺が上を確認するとそこには上から【蟲毒】に向かって飛ぶように向かってくる何かがいた。


 「バカめ!【蟲毒】はそう簡単には壊れん!」

 「じゃあ内側から壊す!」

 「叶夜君!!」


 上から降って来た何か、いや玉藻は【蟲毒】にそっと触れるとその場を離脱した。

 だが【蟲毒】の内側からミシミシと壊れていく音がして周りの陰陽師は慌てた。

 以前、蛟との戦いにも使用した妖術であったが、その時には特に名も無かった。

 だが玉藻と叶夜で気まぐれに話し合った結果決まった、この技の名は。


 「《秘術・殺生石》。」


 その名と共に内側に潜ませた妖気が【蟲毒】を引き裂いて見る影もなく壊していく。


 「ああ!!我らが悲願が!?」


 陰陽師らがそう悲痛な声を上げる中で、叶夜は法眼に近づく。


 「八重無事か?」

 「気配はあるから生きてるじゃろうて。」

 「…叶夜君。玉藻前。」

 「八重さん!ご無事ですか!?」

 「…睦さん。」


 いつものメンバーに囲まれて、八重は落ち着くどころか疑問でいっぱいであった。


 「何で助けてくれたの?だって私たちは…。」


 仲間じゃないと言いかけて口をつぐむ八重に叶夜は当然のように言う。


 「え?だって友達が危なかったら手を貸すだろ?」

 「と、友達。」


 思わぬ言葉に八重が動揺する中で、叶夜は優しく語り掛けるように言う。


 「確かに俺たちは仲間とは言えない関係なのかも知れない。一緒に暮らして、遊んで、メシ食べて。この関係が何て言うか分からないけれど、少なくと俺は八重を命を賭けるだけの友だと思ってる。睦と栄介も同じだよ。」


 叶夜の言葉に頷く睦と栄介を見て涙が溢れ出して来る八重。


 「まあ我は暇だった、という理由じゃがな。」

 「いらん事言うな。」


 そんな玉藻と叶夜の掛け合いに思わず笑みが出て来る八重はお願いをするのであった。


 「じゃあ友達として一つ頼んでもいい?…私と一緒にあいつらをらしめてくれる?」

 「「「勿論。」」」


 その八重のお願いに睦と栄介、そして叶夜は友達として笑顔で承諾しょうだくするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る