第四十七幕 優艶―インヴェスティゲイション―

 その女性は笑って立っているだけで華があった。

 年は大学生ぐらいにも見えるがその雰囲気のためかもっと大人に見える。

 少し垂れている目が温和な雰囲気と相まってとても優しく見える。


 「あ、…あ~。」


 信二は何かを口にしようとするが女性の雰囲気に飲まれたのか言葉に出来ずにいる。

 叶夜はそこまででは無いがそれでも何か口に出すのはためらわれた。

 色気があるという意味では初見の玉藻(今は見る影も無いが)に近しい物があるが、玉藻が危うさを持った妖艶ようえんさなのに対して彼女は正に優艶ゆうえんと言うのが相応しいであろう。


 「フフ、緊張しなくてもいいわ。ちょっと聞きたい事があるだけだから。」

 「聞きたい事?」

 「ええ。でもその前に。」

 「え!?ちょっ!?」


 そう言うとその女性は叶夜の体をしげしげと観賞するように見たり、ペタペタとあちこち触り始めた。

 突然の事に叶夜も信二もどうする事も出来ずに、ただただ女性が気が済むのを待つほか無かった。


 「…ふーーん。」


 一通り触り終えると女性は一人で何やらブツブツと考え込んだのでその間に二人は耳打ちしあう。


 (おい!誰なんだあの女性!?ついに三人目に手を出したか!?)

 (知るか!初対面だっての!というか何でもかんでもそっちに結び付けるな!)

 (じゃあ誰なんだよ彼女!初対面でアレって流石の俺でも引くぞ!)

 (だから俺が知るか!お前より俺の方が引いてるんだよ!)


 目の前の女性に対して情報を集めようとする二人であったが、あまりにも情報が少なすぎる。

 叶夜は女性が誰かに似ていると感じてはいたが、それが誰かまでは思い出せずにいた。


 (とにかく!意識がそっぽ向いている間に逃げるぞ!もしかしたらヤバい人かも知れない!)

 (龍宮寺と安藤はどうすんだよ!)

 (スマホがあるだろうが!今はとにかくこの人から離れた方が)

 「…ねぇ?」

 「「は、はいぃ!!」」


 逃げようとしたタイミングで声を掛けられたため二人とも声が裏返ってしまったが女性は気にせず質問をする。


 「間違えてたらごめんなさい。あなたが朧叶夜くん…でいいのよね?」

 「…はい。」

 (ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!絶対ヤバい!!)


 名乗ってもいないのに名前を知られているという事実に叶夜は表面上は取りつくろいながらも背中は冷や汗でビッショリである。

 信二も数秒遅れでこの事実に気付き目くばせで早く逃げろと訴えている。

 こうなったら体裁ていさいも何も関係なく逃げるしかないと叶夜が覚悟を決めると突然女性は鈴が鳴るように笑い出す。


 「ごめんなさい、警戒させちゃったわね。私はあなた方にお世話になっている龍宮寺八重の親族の者です。」

 「…あー。なるほど。」


 そう言われて叶夜はようやくその女性が八重に似ている事に気付く。

 八重のりんとした雰囲気を温和なモノに変えればそっくりと言っても過言では無いだろう。


 「えっと、龍宮寺の…お姉さんですか?」

 「フフ…あなたの事も当然知っているわよ、佐藤信二くんね。」


 そう言いながら手を差し出す女性に信二は戸惑いつつも握手に応じる。

 だが叶夜はその女性を信じ切れずにいた。

 確かに八重の姉であれば叶夜の事も信二の事も知っていても可笑しくないし似てるのも納得がいく。

 だがそう偽っているだけで別の人間、あるいはあやかしという可能性も十分ありえる話である。

 少しデレッとしている信二の方も【陰陽師】や妖の存在は知らなくとも怪しいとは思っているようで完全には信用していないようである。


 「さて、ここで少し本題に入ろうかしら。」

 「本題…ですか?」


 本題と聞いていぶかしむ叶夜の目を見て女性は心配そうにこう尋ねた。


 「あの子、八重はあなたから見てどう思う?」

 (…さてどう答えるか。)


 叶夜は思考を巡らせる。

 彼女が敵に該当する何かであれば八重の事をペラペラと話す訳にはいかない。

 だが本当に彼女が親族である場合、現状にヒビが入るかも知れない。

 叶夜はもう一度その女性を見る。


 「…。」


 女性は何も言わなかったが本気で八重を心配しているように叶夜は思えた。


 (は~。後で八重に謝っとかないと。)

 「俺には龍宮寺さんは自分に厳しい人間だと思います。」

 「続けて?」


 女性がそう言うと叶夜は自分が思う八重を語る。


 「その厳しさは責任感から来るものだと思ってます。彼女には何度もお世話になりましたがそれを自慢する事無く、むしろそれが当然のように振る舞います。」

 「…。」

 「だからこそそんな彼女の力になってあげたいと、支えてあげたいと思っています。…仲間として。」

 「あら?恋人としてじゃなく?そっちを期待してたのだけど。」


 真剣な様子を崩して聞いてくる女性に対し、叶夜も一応態度を崩して話す。


 「いやいや。俺なんかには勿体ないですって。」

 「そうかしら?あなた達お似合いだと思うけど?」

 「いえいえそんな事は…」

 「…何をしてるの?」


 聞きなれた、されど初めて聞くような驚愕きょうがくに満ちた低い声がして女性を含めた三人がその声の方向を向く。

 そこには驚きの表情をしている睦、事態を把握しきれていない玉藻、そして驚きすぎたのかまるで能面のように表情を消し去った八重がいた。

 八重は壊れたラジオの如くもう一度同じセリフを言う。


 「何を、しているの?」

 「いや、違う!これには訳が!」

 「ここで何をしているの?」


 今の八重の恐怖にまるで浮気が発覚した彼氏のような反応をしてしまう叶夜であったが、ようやく八重の視線が女性のみに向けられている事に気付く。


 「あら、八重久しぶりね。」


 女性は八重の登場にも動じることなく会話しようとするが八重は能面状態のまま女性の正体を明かす。


 「ここで何してるのよ。お母さん。」

 「「…、…。はい?お母さん?」」

 「ええ、では改めて。龍宮寺八重の母である龍宮寺志乃と言います。娘ともどもよろしくね。」


 とにこやかに自己紹介する謎の女性改め龍宮寺志乃であったが残念ながらそれを返せるほどの余裕は叶夜にも信二にも無かった。


 「え?いやさっきお姉さんか聞いた時…。」

 「確かに否定しなかっわね。でも肯定もしなかった、でしょ?」

 「…。若すぎんだろ。」


 そう言ったきり信二は黙ってしまった。

 だが信二が混乱するのも無理もないと叶夜は思った。

 どう逆立ちして見てもとてもじゃないが高校生の娘がいるとは思えない若々しさであった。


 「志乃さん、お久しぶりです。」

 「睦ちゃんも元気そうで何よりね。」


 一度会った事がある睦は自然に会話して志乃と再会を喜びあっているが、その故に場の空気からは外れていた。

 だがそこでようやく八重が現実に戻って来る。


 「何よりね。…じゃ無いわよ!!何でここにいるの!?何で叶夜くんと一緒にいるの!?何でここにいるの!?何を話してたの!?何でここにいるの!?」

 「落ち着きなさい八重、「何でここにいるの!?」は三度めよ。いつの間に語彙力ごいりょくが少なくなったの。」

 「お母さんの所為せいでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


 人目もはばからず母親に怒鳴り散らす八重、そんな八重を微笑ほほえましく見ている志乃。

 どうすべきかオロオロする睦に、放心する信二、周囲の視線に耐え切れず頭を抱える叶夜を見て玉藻はポツンと言った。


 「…で、結局どういう状況じゃ。コレ。」


 ある意味何も知らず、首をかしげている玉藻が一番平和であったのかも知れない。

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