第八幕 乱入―コオペレイト―

 突如龍宮寺の手によって現れた二体の巨躯が睨みつけてくるのに対し叶夜は動揺していた。


 「いやいやいや。玉藻アレは一体なんなんだ。」

 「いや『一体』じゃのうて『二体』なんじゃが。」

 「その一体じゃねぇよ!つか余裕だな!おい!」


 叶夜の緊張をほぐすためなのかどうなのかは不明だが玉藻が冗談を挟みつつ説明する。


 「慌てるな叶夜。アレは【式神】じゃ。」

 「【式神】?というと使い魔的な?」

 「使い魔というと西洋の奴かのう?まあソレとは厳密に言えば違うんじゃが…。まあ今はその認識でよいじゃろう。」

 


 ―式神。

 陰陽師が従える鬼神の事を指す言葉である。

 ここで言う鬼神とは文字通りの荒ぶる神だけでなく妖怪や摩訶不思議な超人的存在の事を指す。

 有名な所では安倍晴明の十二神将や前鬼・後鬼などがそれに当たる。



 「で、あいつらが式神なのは分かったけど何か奴ら【怪機】じゃないんぽいんだけどもしかして元々あのサイズなのか?」


 叶夜が言う通り牛頭・馬頭と呼ばれた二体はとても鉄の体とは思えないボディを晒していた。

 そして聞かれた玉藻は叶夜の疑問を否定する。


 「いや、そうでは無かろう。恐らく式札に込められた術式によって体を巨大化させとるだけじゃろ。…悪行罰示の式神にようやる。」

 「あく?何だって?」

 「悪行罰示(あくぎょうばっし)、ようは昔暴れとった妖を調伏して自身の式神にした奴らの事じゃ。強いは強いが言う事聞かせるのが難しい式神じゃな。」

 「…つ、強いってどの位?」

 「そうじゃのう。奴らの妖気を見るにかなり暴れとった奴らじゃろうから…先ほどの水虎より少し弱いぐらいじゃろうな。」

 「なるほど…ってそれヤバくない?」

 「不味いのう。」


 玉藻の目算ではあるがあのギリギリの戦いをした水虎と力が近しいという事実に叶夜は内心慌てる。

 その上その後ろにはこちらを睨んで離さない陰陽師の龍宮寺がいる。


 「その通りよ玉藻前。この式神は平安の頃、京の都の近くの山々にて暴れまわった妖である牛頭と馬頭。それを先祖が調伏せしめ我が家に受け継がれてきた式。格で言えばあなたが上でしょうけど、力と連携は決して劣るものでは無いわ。」


 それを聞いて牛頭馬頭コンビは鼻息荒く吠える。


 「まあその力を味わう前に倒れるかも知れないけど。」


 それを聞くと同時に叶夜は背筋が寒くなる。

 反射的に叶夜は右に大きく跳ぶ。

 するとさっきまで玉藻がいた所に何かが通過した。

 それは龍宮寺の陰陽機の手に収まりチリンと音を鳴らした。


 「!さっきの錫杖!」

 「遠隔操作したようじゃな。」

 「チィ!こんな事なら折っておけば良かった!」

 「それよりも前見た方がよいぞ、前。」


 その言葉の意味を理解する前に叶夜は龍宮寺の方を見ると牛頭馬頭が居なくなっている。

 と同時に左から牛頭が棍棒を右から馬頭が大斧を振り上げているのが見えた。


 「うわっ!」


 今度は後方に跳躍し直撃を避けるが二体の武器が大地に当たった事による衝撃と破片が玉藻と叶夜に襲い掛かる。


 「痛っ!」

 「痛がっとる場合では無いぞ叶夜。次が来る。」


 玉藻の言う通り先ほどとは違う札が三枚こちらに迫ってきている。


 「そう簡単にやられるか!」


 叶夜は刀を玉藻の妖術にて作りだすと札を一枚、二枚と切り裂く。

 だが三枚目は刀に当たると同時に巻き付き爆発をする。


 「この爆発さっきの…!」

 「水虎の腕を負傷させた札じゃな。」


 ここでようやく地に着地して壊れた刀を捨て新しい刀を構える。

 牛頭と馬頭は不用意に玉藻を追う事は無く一度龍宮寺の方へ戻る。


 「ハァ…ハァ…龍宮寺。一般人相手に容赦なさするだろ。」

 「それだけ実力を高く見とるという事じゃろ。にしてもあの娘、思っていたよりやるのう。」

 「感心している場合か!何か逆転の一手とか無いのか!?何か凄い妖術とか!」

 「妖術も万能ではない。それ以前に自分で何とかせんと勝った事にはならんぞ。」

 「学校の宿題的なノリで言うな!」


 その様な事を二人が話してる間にも龍宮寺はジリジリと距離を詰めようとしている。

 その主の動きに伴い牛頭馬頭も玉藻との距離を詰める。


 「さてどうする叶夜。並半端な戦術ではこの場は切り抜けんぞ。」

 「…どうするかだなんて決まっているだろう玉藻。」


 そう言うと二本目の刀を作り出し両手で一本づつ持つ。


 「戦いながら考える!」


 そう言って叶夜は飛び出していく。



 「しぶとい…!」


 それが龍宮寺の今の叶夜に対する素直な感想であった。

 現在戦闘が始まって既に二十分が経過した。

 龍宮寺から見れば三対一で有利な上に刀の振り方を見る限り叶夜は素人である。

 玉藻の【怪機】のお陰で何とかなっているがそれでも勝利は目前だと思っていた。


 「なのに!」


 馬頭が振り下ろした大斧を足で押さえながら右手の刀で牛頭の棍棒をいなし続け左の刀で龍宮寺の札による攻撃を防いでいる。

 とてもお手本には出来ないような危なっかしい戦い方ではあるがそれでも三対一の状況で見事に拮抗してみせている。

 こればっかりは大妖怪がどうとか【怪機】のスペックがどうとかの問題では無いだろう。

 朧 叶夜、彼自身の精神力が強く無ければこのような芸当続けられない。

 弱体化した玉藻前と素人である一般人。

 心の何処かで未だ勝つのは自分だと思っていた事に龍宮寺は気づく。


 (認める他無いようね…この二人は強い。)


 だがそれを認めると同時に強く滾る思いがあった。


 (この二人をここで止めなくちゃ。)


 今現在は朧 叶夜は善良な人間なのは見て分かる。

 だが今後もそうだとは確約されていない。

 ふとした切っ掛けで善良な人間が悪に転じる事などよくある事である。

 そうなった場合、最早や誰にも止められなくなるかも知れない。


 (そうなる前に、私が!)


 龍宮寺の思いに呼応するが如く馬頭は武器を捨て素手で殴りかかる。

 叶夜はそれに気づき玉藻の左腕をガードに回す。

 馬頭の拳は玉藻の左腕に当たり大きく吹き飛ばすが同時に馬頭も悲鳴を上げる。

 【怪機】の装甲の硬さは変化した妖の妖力によって決まる。

 尾三本の力しか引き出せていないとはいえ玉藻の装甲はそこらの妖の【怪機】とはレベルが違う。

 その装甲を生身で馬頭は殴ったのだ相当の痛みが襲った事であろう。


 (ごめん、そしてありがとう馬頭。)


 その様な事をさせてしまった事に謝りながらも感謝をする龍宮寺。

 今の一撃は恐らく叶夜にもかなりの衝撃が走ったに違いない。

 運が悪ければ骨が折れたかも知れない。


 「…こんな事、本当に不本意だと思ってる。けど、私にも貫かねばならない責務がある。」


 治癒用の札で馬頭の拳を癒すと一機と二体は玉藻を囲う。

 玉藻の【怪機】は既に立ち上がり刀を二本構えているがどこかフラフラしているようにも見える。

 その様な相手に攻撃する事に罪悪感を感じながらも龍宮寺はそれを振り払うが如く声を上げる。


 「後で病院に連れて行って謝るから朧君。今は大人しく倒れて!」


 龍宮寺はそう言うと牛頭と馬頭を先に突っ込ませる。

 武器を振り上げ全力で叩きのめす気満々の攻撃を叶夜は何とか刀で防ぎきる。

 だがこの状況は龍宮寺にとって想定内。

 先ほどまでなら距離を取って札で攻撃していたがこの攻撃で決定づける為に錫杖を構え全力の突きを繰り出す。

 この突きだけ見れば水虎の突きと同格であった。


 (決まった!)


 龍宮寺がそう確信するのに十分な程にはその突きは会心の一撃であった。

 だが叶夜は龍宮寺が思ってた以上にしぶといのであった。

 迫って来る錫杖を前に叶夜は錫杖を足場に使い宙返りをして回避して見せる。

 それと同時に叶夜は大きく後方に引く。

 想定外の事態に牛頭と馬頭への指示を忘れ思わず口がポカンとしてしまう龍宮寺。

 だが彼女にとっての想定外はまだまだこれからである。

 


 「っ!!!あっ!ぶなぁ!今の完全に殺しに来てただろう!」

 「…今のは流石に我も冷や冷やしたぞ。よく躱せたのう叶夜。」

 「もう二度と御免だ。てかもう一度やれって言われても無理。」


 会話しつつも目の前の敵から注意を逸らさない。

 追撃してくる様子は無いがそれでも油断は出来ない、何せ叶夜は数多の攻撃により満身創痍である。


 「痛っ!」


 そう叶夜が言うと先ほど馬頭に殴られた玉藻の腕と同じ左腕を擦る。

 骨折こそしていなかったがかなりの痛みが襲っていた。


 「…さて叶夜。お主が教えろと言われたことは今できる範囲で教えた。後はそれをどう活かすじゃ。」

 「分かってるって。…さて龍宮寺そろそろ決着をつけよう、か!」


 そう言って叶夜は持っていた刀を二本とも牛頭と馬頭に投げつける。

 ブモッ!!

 ブルル!!

 当然それは二体に弾かれるが元から弾かれるのは前提である。

 その間に叶夜は弓と矢を妖術によって作りだして構える。


 「食らえ!!」


 放たれた矢が真っ直ぐ龍宮寺の陰陽機に吸い込まれるように放たれる。

 だが同時に牛頭と馬頭がそれを防ぐべく矢のルートを塞ぐ。

 しかし元々一本の矢が届くとは叶夜も思っていない。

 矢が牛頭にもう少しで当たると思われたその瞬間、矢が分裂した。

 正確に言えば矢が分裂したのでは無く妖術によって動いてる矢を大量にコピーしたのだ。

 その数は約五百本。

 突如増えた矢に虚をつかれた牛頭と馬頭は驚き動けず矢を受け続けていた。

 しかし動かない事が功を奏したのか龍宮寺の陰陽機には矢は届かなかった。

 だが、だがしかし叶夜の狙いは元々龍宮寺では無く今傷ついた牛頭と馬頭であった。

 牛頭と馬頭が前を見れば玉藻は見えなくなっていた。

 二体が左右を見渡していると龍宮寺から慌てた声が牛頭に掛けられる。


 「牛頭!上よ!」


 その声に反応して牛頭が頭上を見上げるとそこには先ほどの刀より大きい太刀を振り上げ跳躍した玉藻の姿があった。

 牛頭はどうにか腕をクロスさせ防ごうとするが時既に遅しであった。


 「く、た、ば、れ!牛野郎!」


 太刀が牛頭の肩から両断してみせる。

 グモォォォ!!

 そう断末魔を上げながら牛頭は元の札に戻り龍宮寺の下に飛ぶ。

 だがその隙を逃さず馬頭は斧を玉藻に向けて振るおうとする。

 しかしそれも叶夜の想定内であった。

 ヒヒン!?

 突如馬頭の動きが止まる。

 その胸と背には弾かれていたはずの二本の刀が突き刺さっていた。

 叶夜が先ほどの龍宮寺の錫杖のように刀を遠隔操作したのだ。

 牛頭の後を追うように馬頭は札に戻り陰陽機の手に収まる。

 それを脚部に戻しながら龍宮寺は怒ったように玉藻に語り掛ける。


 「…戦うのは彼だと言っておきながら自分に危機が来たら妖術を使うのね玉藻前。」

 「なんの事じゃ?」

 「白を切るな!明らかに妖術を使ってたじゃない!」

 「…それは我が使ったのではない。叶夜が我からコツを聞いてして見せたのじゃ。」

 「な!?」


 龍宮寺はただ絶句した。

 陰陽道も妖術も基本は同じである。

 そのうえ【怪機】を使っているので叶夜が妖術を使うのは百歩譲って理解出来る。

 しかしあれだけの妖術をコツを聞いただけでして見せたのだ、少し前まで一般人であった彼がだ。

 龍宮寺はその事実に手が震えながらも思いを一層強くする。


 (この二人をこれ以上一緒にしてはいけない!)


 牛頭と馬頭が復帰するまでまだ時間が掛かる。

 しかし叶夜の方も満身創痍である事には違いない。

 龍宮寺は錫杖を玉藻に向けて構える。

 叶夜も太刀を構え一触即発の状況が出来る。

 どちらが先に動くか、緊迫した状況が続く中チリンという音がその空間に響く。

 それは動いていない龍宮寺の錫杖の音では無かった。

 二人が音に反応してその方向を見てみるとそこには龍宮寺のとは違う八機の陰陽機が横一列に並んでいた。


 「うわっ。」

 「これは流石に…不味いのう。」


 龍宮寺を含め陰陽機が九機。

 既に満身創痍な叶夜にとっては止めに等しかった。

 だが突然の陰陽機の襲来に動揺したのは叶夜だけでは無かった。


 「そんな…どうして…?」

 「龍宮寺?」


 本来助けが来て助かったはずの龍宮寺が一番動揺していた。

 信じられないモノを見るようにただひたすらやって来た陰陽機を見つめる龍宮寺にさらに信じられない事が起こる。

 突如やって来た陰陽機は一斉にサブマシンガンを取り出すと撃ち始めた。

 味方であるはずの龍宮寺も含めて。


 「…え?」


 とっさの事で動きが遅くなるがそれでも彼女は結界の札を取り出そうとするが動揺のせいなのか札を落としてしまいその拍子に陰陽機が転んでしまう。

 迫り来るサブマシンガンの弾がやけに龍宮寺にはゆっくりと見えた。

 痛みを覚悟して目を閉じる龍宮寺だがその痛みは何時までもやってこない。

 彼女が目を開けるとサブマシンガンの弾を結界にて全て受け止めている玉藻の【怪機】の後ろ姿であった。


 「な、何して。」

 「何をしてるはこっちのセリフだ龍宮寺!死ぬ気かここで!」


 サブマシンガンの弾が切れ八機の陰陽機はこちらに接近戦を仕掛けてくる。


 「ホラ!立ち上がれ!」

 「…っ!」


 差し伸べられた手を最初は躊躇していたがグッと覚悟を決めるとその手を取り立ち上がる。


 「ほら!さっさと逃げろ。ご同輩と戦うのは心が痛むだろう?」

 「冗談はよして。いきなり不意打ちしてくる輩は仲間じゃないわ!妖と一緒に戦うのは正直複雑だけど協力するわ!」

 「…そうか、だったらさっさと片をつけようか!」

 「ええ!」

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