第7話 稲児風茶漬け 【前編】

 紅茶と緑茶が同じ茶っ葉からできているのは知っているだろうか?

 カメリアシネンシスというツバキ科の茶の樹の葉っぱ。それがお茶になる葉だ。その発酵度合いで緑茶から紅茶まで作れる。


 この世界には緑茶が無い。

 しかし、米に合う飲み物と言えば緑茶しかないだろう。

 だから作ってみた。


「変わった色をしていますね?」


 剣士のアミスは小首を傾げた。

 彼女は女王の命を受けて俺の護衛を担当してくれている、16歳の少女だ。


「少し苦いですが、なんというか、旨みがありますね!」


 彼女は味覚センスが抜群に良い。

 緑茶の秘密に気がつくのは流石だ。


「よく気がついたね。緑茶は苦味だけじゃないんだ」


 まぁ、この世界の住民に話してもわからないが、緑茶には旨み成分であるグルタミン酸やアスパラギン酸が多く含まれている。だから美味しいんだ。


「ご主人! この緑茶という飲み物は、おにぎりに合いそうじゃな!」


「ああ。開店したら飲み物は緑茶にするつもりだ」


 店の準備は順調である。

 田んぼの米ができるまでは時間がかかるからな。それまではゆっくりメニューを考えられるんだ。

 さて、どんな料理が店に合うだろうか?


 などと、考えていると大きな体の客が来た。

 それは深緑のフードを被っており、魔法使いのように見える。だが、その背丈は優に2メートルを超えていた。


「ヒック! おい、ここの店主はいるかぁ〜〜?」


 その声は明らかに酔っ払っていた。

 声質は低く、がっしりした体格から男だとわかる。

 男は千鳥足で、まだ看板すらできていない店の入り口を潜る。

 片手にはワイン瓶を持って。


「なんじゃお前は!?」


「よぉ、お嬢ちゃん。バァッ!」


 男はフードを取る。


「わぁッ!! なんじゃお前は!?」


 現れたのはライオンの顔。立て髪はアフロヘアのようにモジャモジャである。


「獣人です! 稲児さん、下がっていてください!」


「おうおう! 勇ましく剣なんか構えやがってよ。俺は戦いに来たんじゃねぇっての! ガォオオッ!!」


 その咆哮で店内がビリビリと震えた。


「な、何用ですか?」


「ここは珍しい料理が食えんだろ? それをさ。ヒック! 食いに来てやったんだよ。ゴクゴク……」


 そう言ってワインを飲む。


 やれやれ。


「俺が店主の米田だ」


「プハーー。あんたか。へへへ。じゃあなんか食わせてくれよ」


「悪いが店はオープンしてないんだ」


「なんだよぉお! 俺は気分が良いってのにさ。料理を食わせないつもりかぁ?」


「そうじゃない。店が開いてないんだよ。悪いが帰ってくれ」


「おいおい、なんか食わせろっての。ひっく!」


「……」


 何か食べさせないと帰らないか。

 不本意だが、おにぎりでも握ってやるか。


 と思うや否や。男は俺の不服そうな顔に反応する。


「てめぇ。俺のこと舐めてんなぁ?」


 獅子顔の男は目を光らせた。


「俺の名はガオン。魔法使いガオン様だ!」


 自分の名前に様付けする奴は碌なもんじゃない。

 

 案の定、店内は震え出した。


「おい! なんのつもりだ!?」


「俺様を舐める奴は許させねぇ」


「舐めてるつもりはない!」


 床板を突き破って植物の蔓が生える。


「何!?」


「きゃあああああッ!」

「うわぁあああ! 何をするんじゃあああ!?」


 アミスとグラが蔦に縛られる。


「おい! こんなことはやめろ!」


「ヒック……。どいつもこいつも俺様を馬鹿にしやがって俺様はガオン様だぞぉ」


 どいつもこいつも?

 さては何かあったな。

 しかしな、だからといって他人に当たり散らしていいもんじゃないんだ。


「酔っ払いはたちが悪いな」


「だったらてめぇの料理で俺の酔いを覚ませてくれよ」


「何?」


「美味い料理を食ったら酔いが覚めるかもな。この嬢ちゃんたちも助かるかもしれんぞ」


 グラは失笑する。


「ぬはは! こんな蔦なんか、我が元の姿に戻れば造作もないのじゃ!」


 グラは神獣の化身。

 その姿は象くらいもあるモグラだ。

 店内でそんな大きさに戻ったら店が壊れてしまうぞ。


「グラ、やめろ! ここは俺に任せろ」


「うう! ご主人が言うなら我慢するのじゃ〜〜。ぐぬぬぅ。命拾いしたなおっさん」


「ガハハ! 俺様はおっさんではない、木属性の魔法使い。ガオン・ガイガールだ!」


「き、聞いたことがあります。木属性の魔法を使う獅子人の話を! 確か、S級認定を受けていたはずです!」


 やれやれ。

 なんだか、強そうな魔法使いだな。


「グハハハ! そうよ! 俺様はS級認定の魔法使いだ! 俺様は最強の魔法使いなのだーー!」


「本当に強い男は、自ら最強なんて言わないと思うがな」


「……くっ! 知ったような口を利くな! 貴様は料理を作れば良いんだよ。ヒック!」


「やれやれ。わかったよ作れば良いんだろ?」


「ガハハ。そうだ。素直に作れば嬢ちゃんたちは助けてやるさ」


「約束だぞ」


「ああ。美味かったらな」


「……その口ぶりは怪しいな?」


「当然だろ。もしも、不味い料理を出してみろ……。くくく。この嬢ちゃんたちがどうなってもしらねぇぞ?」


「やれやれ。お前さん、随分と酔っているな? それが本性か?」


「うるさい! 俺は腹が減っているんだぁあ! ガオーーーー!!」


 その咆哮は店内に響いた。

 家屋全体がゴゴゴと震える。


「わかったからやめてくれ! 店が潰れてしまうよ」


「ふん。わかりゃあいいんだ。さぁ、その……なんとかって料理を出してみろ!」


「米料理だ」


「へへへ。そうだ、コメだ。コメ料理。俺はそんな料理を食べたことがないからな。ヒック!」


 さて、何を作ればこの男を満足させられるのか……。

 おにぎりでは危険か。機嫌を害せば2人の身が危ない。

 この男にベストな米料理……。


「おい。おっさん。酔いすぎじゃぞ」


「へへへ。嬢ちゃん。俺はガオンだ。おっさんじゃねぇ」


「ふん。青二歳の癖に」


「ははは。面白えこと言うな嬢ちゃんは。プハーー」


「酒臭い! 良い加減にせぬか!」


「ははははは」


 この男は酒に酔っている。

 こんな時に合う料理と言ったら、塩気のある汁物だよな。

 シジミの味噌汁なんかがいいが、それだと満足しないだろう。

 やはりここは……。


 俺は炭火を起こした。

 そこに鶏肉のササミをスライスして焼く。


「ほぉ〜〜。鶏肉と来たか。しかも脂身のまったくないササミだ。そんな物で俺を満足させられるのかねぇ?」


「まぁ見てな」


「おいガオンよ。ご主人の米料理は世界一じゃからな! ほっぺたが落ちぬようにしておけよ!」


「がはは。そりゃ楽しみだ」


 焦げ目のついたササミ肉を細く割く。

 それを椀に盛ったホカホカの米の上に置く。


「おおーー。なんか良い匂いだなぁ。その白いのが米か?」


「ああ」


「ふふふ。噂には聞いているぞ。なんでも味は淡白で、パンやパスタに代わる主食になるらしいじゃないか」


「へぇ。そんな噂になっているのか。それは光栄だね」


「へへへ。それからどんな調理になるんだ?」


「むほぉ! ご主人! ササミ肉を焼いた香ばしい匂いが食欲を掻き立てるのじゃ! 我の分もあるのかえ!?」


 ふふふ。


「ああ、安心してくれ。みんなの分を用意するさ」


「わは! やったのじゃ!」


 俺はお茶を用意した。


「なんだその緑の液体はぁ?」


「お茶だよ」


「お茶ぁ? 普通は茶色じゃねぇのか?」


「緑茶っていうんだ。紅茶と同じ茶っ葉で作っているんだ」


「ふぅーーん。まぁ、匂いは悪くねぇな。ササミ肉を食った後に口を潤すには丁度いいかもな」


 ふふふ。


 俺はそのお茶を、ササミ肉の乗ったご飯にぶっかけた。


「何ぃいいい!? 貴様正気か!?」


「ご主人、何をするんじゃぁああ!?」

「稲児さん、それはお茶ですよ!」


 ああ。


「勿論。お茶だとわかってかけているのさ」


 これは単なるお茶漬けだが、日本では俺のオリジナルレシピだったな。

 謂わば、稲児風茶漬けだ。


 ガオンは俺の胸ぐらを掴む。


「てんめぇえ! 俺様を舐めてんのかぁあああ!! 主食にお茶をかけるたぁ、どういう了見だぁあああ!?」


 俺の体は簡単に浮き上がった。


「うぐぐぐ」


「ああ! ご主人!!」

「稲児さん!!」





──────


次回予告。


みなさん、こんにちはアミスです。

稲児さんの行動には驚きました。

まさか、ご飯にお茶をかけるなんて!

これって、パスタに紅茶をかけているようなものですよね?


一体どういうつもりなの稲児さん?


それに、このガオンという魔法使いには何か訳がありそうですよ。


「やりきれないことがあるからって、酒に逃げるのはどうかと思うな」


次回、異世界米料理。

稲児風茶漬け 【後編】

お楽しみに!

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