第5話 母達は困惑する。


〈七月二十二日・午前九時〉


 学校がある地方都市から地元の田舎へと戻る途中、高速道路で光に拘束された私達は理由の分からぬ、勇者召喚に巻き込まれてしまった。


「仮に小説を書くなら出だしはこんな感じ?」

「母さんは何を言ってるの。あと駄洒落寒い」

「うぅ。面白いと思うのだけど?」

「はいはい。その面白いはどちらの意味よ?」

「駄洒落の方」

「内容は面白くないのね」

芽依メイちゃんはズケズケ言うよね」

「母さん、運転の邪魔だから黙ってよ」

「けちぃ」

「それと、母さんのそれは予言でしょうに?」

「てへぺろ!」


 この日、遠方の地で私立学校に通っていた娘達が帰ってくる事になり、私は愛娘の六女と共に三女達の送迎のため大通りを移動していた。


「あの子達の通っていた学校の理事長、やっぱり悪さしていたのね」

「やっぱりって、罰したのは母さんじゃない」

「のんのん。私は通知で知ってポチポチしただけだもの。内容までは読んでないわよ」

「はぁ〜。安易に罰を下すってどうなのかしら? お陰で姉さん達が巻き込まれたのに」

「新聞で知って、そうだったんだって、楽しいと思わない?」


 今、話しているのは戻ってくる理由ね。

 私立学校の修学旅行で大規模失踪事件が起きて複数の責任追及によって法人が潰れた件だ。

 修学旅行の直前で予定していたホテルやら旅行代理店を贈収賄で変更して、予定外の行動に出て振り回されてしまった。行き先は毎回同じだったから何とかなったけど、その件で悪と断じて最後は報復と称した罰だけ行った。

 芽依メイには誤魔化したけど知ってはいたの。

 私が知らないなんて事は起きないから。

 だがここで、本来ならば居なかった者達がそこに関わっていた事を後で知ってしまった。

 この時、慢心はダメだと思い知らされた。


(全員参加とか聞いてないって思ったわ)


 以前なら自由参加だった。これも贈収賄での相手の願いが影響したのかもしれない。

 あの子は気にせず参加したかもしれないが。


(これも予定外の罰よね。無駄になったし)


 一応、在学中の娘達が巻き添えを食らった件は予定調和だったので受け入れていたけれど。


(時期を見て転校させる予定ではあったし)


 それは頃合いとでもいうのかしら?

 学び時期が過ぎた頃合いで戻す予定だった。

 つぶして戻す。それが一番の予定外だった。


「暇過ぎるから暇つぶしに使っただけだけど」

「無駄に長く生きていると、その時の世事ですら母さんの暇つぶしになると」

「今、何か言った?」

「なんでも」


 歳の事は言わないで欲しいわね。

 御年三十四才三千才芽依メイちゃんが言えた義理ではないけれど。

 信号待ちが終わり、芽依メイは車を走らせる。

 今乗っている車は芽依メイの会社所有だ。

 今回は私所有の漁船ではなく芽依メイ所有のクルーザーを使い、港から娘達が戻ってくる予定の駅まで向かっていたのだ。

 本当なら私が運転する予定だったのだけど芽依メイが乗せていくと言ってくれてね。

 うん、いい子に育ったわぁ。胸以外。


「母さん、胸ばかり見ないで!」

「いいじゃない。何処まで育ったか気になるし。お尻はそれが最大よね。百センチ?」

「こ、この歳になって育つわけないでしょ」

「この身体なら育たないかもしれないけど」

「この身体? まさか透かして見てるの?」

「もちろん」

「権能を自由自在に使うのは止めてよね」


 止めてよねって言われても見えるものは仕方ない。私には娘達の神体が手に取るように分かるから。胸も憑依体ではAカップだけど神体ではCカップなのよね。苦しくないのかしら?

 お尻が大きいのは、あの人の好みが反映されているから、仕方ない話ではあるのだけれど。

 すると芽依メイはハンドルを右に切りつつ私に問いかける。


「到着予定時刻に変更はないよね」

「無いわね。予定通り・・・よ」


 問いかけられて調べたら、少々、不味い事になっていた。駐車場に停車した芽依メイいぶかしげな視線を私に向ける。


「何よ、その間は?」

「な、何でもないわ」


 声が上擦ったかも。このままの状態でこの場に待つのは、少し苦しいかもしれないわね。

 再度調べても結果は同じ。ここにバスは来ず私達は待ちぼうけを食らうだけとなる。


栄一エイイチさんが大ポカした?)


 しかし、栄一エイイチさんが大ポカする事は無いはずだ。お風呂とトイレ以外では継続監視だし。

 私は車から降りてスマホを取り出した。

 芽依メイの待つ車から離れ近くのベンチに座る。

 そして、私の旦那様こと栄一エイイチさんに連絡を入れた。本名は別にあるけど今は外だしね。


「あ、栄一エイイチさん」

「ア、明日華アスカさん大変だ!」


 映像電話が繋がると栄一エイイチさんは大慌てだった。どうもテレビのニュースを見て知ってしまったらしい。


「バス事故が起きて、出発地点があの子達の」

「バス事故? 娘が心配なのは分かるけど、落ち着きなさい」


 するとそこで、私は耳を疑う言葉を聞いた。


「私が芋を、外で芋を焼いてさえいなければ」


 何でも、今日は気晴らしに外で焼き芋を焼いていたという。卓上コンロで石焼き芋も作るのもいいが、直火焼きで食べたくなったそうだ。

 いつもは石焼き芋がいいとか言ってるのに。

 私は呆れつつ栄一エイイチさんを諭した。


「貴方が芋を焼いたからって、こちらには干渉出来ないでしょ? 私が管理しているのだし」

「そ、それはそうだが・・・」


 それでも自身に責任があると思っているのだから困った父親である。まぁ転校に関しての書類を用意したり、学校を探していたのは私ではなく栄一エイイチさんなんだけどね。

 愛娘が大好きな、お父さんでもあるから。

 その間だけは私が代わりに監視していたし。


(ということは、焼き芋中に監視から離れていて、そのタイミングで自動承認がかかって?)


 これは大ポカというより、例の旧型の中にある私の知らない脆弱性が悪さしたようである。

 元々芸術作品みたいなエロい代物に、練習台である旧型の機能を付け足したような代物だ。

 私の扱う正式型ではないから外に出ていても通知が走らないのよね。そうなると、いえ。

 一先ずの私は電話口で狼狽える栄一エイイチさんを落ち着かせる事にした。


「誰も居ない? 乗員乗客が行方不明? 貴方は父親でしょ。そんな事で慌てないの!」

「うぅ」


 私は苛立ち気に待つ芽依メイを一瞥しつつ、


「心配なら、貴方が導けばいいじゃない」

「はい?」


 栄一エイイチさん事実を伝えた。


「あの子達が貴方の世界に居るじゃない?」

「は?」


 栄一エイイチさんはよく分からないとでも言うようなきょとん顔で首を傾げる。


「管理神器を覗き見なさいな」

「あ、ああ。分かった」


 そして言われるがまま自室に戻っていく。


(ホント、このきょとん顔は似てるわね)


 娘達も驚くと同じように目を丸くするし。

 普段は私を彷彿させるような容姿なのにね。

 結依ユイ実依マイの目鼻立ちは垂れ目の栄一エイイチさんに似てる。

 実菜ミナ芽依メイは私似の吊り目ね。他の子達も何処となく似てて。

 私に一番似ているのはあの子達だけだけど。

 それからしばらくすると、


「あー!?」


 栄一エイイチさんの大絶叫が木霊こだました。

 スマホをリビングに置いて行ったためか、声だけがこちらに響いた。やっぱり居たわね。

 私は戻ってこないと思い映像電話を切った。

 そして溜息を吐きながら振り返る。


「子離れ出来ていない子にも伝えないとね」


 振り返ると芽依メイが居た。


「誰が子離れ出来てないって? 母さん」


 青筋を浮かべて怒ってますの顔で覗き見る。

 私は頬を引きつらせながら後退る。


「い、いつから居たの?」

「戻って来ないから呼びに来て、物の事を話していたあたり?」

「あ、ああ、そういう事ね」


 ギリギリで聞かれていなかったっぽい。

 聞いていたらこの場で抜けて飛んで行ってるだろうから。


「それよりも、バスが来ないんだけど?」

「うっ」

「予定通りって言ってたじゃない?」

「そ、それは、ね? 予定外の事が」

「それは何?」

「と、とりあえず、帰ってから教えるわ」

「バスが来るかもしれないのに?」


 これは、どう伝えればいいのだろう?


(ラジオで聞く? いえ、乗ってきた車にはそういった代物は無かったわね。喫茶店に入る)


 だが、人前で話せる内容ではない。

 私は逡巡しつつ、怒れる娘の両胸を揉む。


「ちょ! 母さん!」

「うん、安定の平面!」

「平面で悪かったわね!?」


 とりあえず、話は逸らせたわね。

 私はそのままグイッと胸を押し潰していく。

 芽依メイは驚いた顔になり、力が抜けたように私へと倒れこんできた。


「少し重いけど車に乗せないと」

『ちょっと! いきなり抜かないでよ!』


 私は気を失った芽依メイをお米様抱っこの要領で抱えて車に移動した。

 茶髪のハーフアップが少し邪魔だけど。


「お尻は柔らかいわね。肥ったかしら」

『何処を揉んでるの何処を!?』


 そのまま助手席に座らせてシートベルトを着ける。私は運転席に移動して車を走らせる。

 芽依メイの中身は渋々と後部座席に座っていた。芽依メイの裸は綺麗よね。


『それで? 出してまで帰ろうとした理由は』

芽依メイの裸が見たかったから」

『は?』

「冗談よ。見ようと思えば見られるし」

『母さん、キモい』

「ひ、酷い事を言うのね」

『娘の裸とか何処がいいわけ?』

「憑依体にはない肉付きの良い身体」

『・・・』


 芽依メイも胸が苦しかったようだ。

 私の一言を聞いて自身の胸を揉んでいた。


「そろそろ、作り直しなさいね?」

『う、うん。考えとく』


 芽依メイはそう言って憑依体に宿り直したのち目を覚ます。


「や、やっぱり苦しいかも」

「押しすぎたかしら?」

「それは関係ないわよ」


 すると丁度良いタイミングで信号待ちになったので、あえて本題を語る事にした。


「理由は、ね。父さんの物に呼び出されたの」


 今は外なので固有名詞を使わずに語った。

 ただ、これだけだと伝わらないのよね。


「は?」


 上なら遮音結界の展開が可能だけどこの世界ではそれが出来ない。魔術で行う手もあるが今は結界の準備をしていないから出来ないしね。


「魔法が使えないのがもどかしい」


 だが芽依メイは私の呟きから察してしまったらしい。


「いや、待って? そういう話?」

「そういう話。おおっぴらに出来ない、ね」

「そ、それは、うん。帰ってから、聞くわ」

「そうしてくれると助かるわね」


 理解が早くて助かるわね。

 芽依メイはそのままスマホを取り出して吹有フウ結凪ユナ果菜カナにメッセージを送っていた。

 それは一族大集合とでもいうのだろうか?

 夜勤明けの結凪ユナはともかく、他の二人は簡単に捕まるものとは思えない。

 吹有フウは都市部に出張中だし果菜カナは海外渡航中だ。仮に呼び出しに応じたとしても戻ってくるのは数日後だろう。

 港に到着すると芽依メイのクルーザーに乗り込んで私達の住まう小島に向かった。


吹有フウ果菜カナは明日には戻って来られるって」

「へぇ〜。近くに居たの?」

「食材の仕入れで隣国に居たらしいよ」

「ああ、キムチの調達中っと」

「父さんが欲していたからね」

「あはははは」


 大きく荒れる海を抜け、小島に到着した。

 ここは小さな神社がある神月カヅキ島。

 一応、人は住んでいるが小集落しかない。

 私はその島の主人であり主神だ。

 神月カヅキ神社の主祭神ともいう。

 神社の裏手には神殿があり、神殿奥に私達が過ごす大きな世界が存在する。元々は誰も住んでいない無人島を開拓して出来た場所だが。

 表向きは栄一エイイチさんが神主で私が奥様として神社の管理を行っているけどね。

 そして芽依メイと社務所へと入り簡単な茶の用意だけして外窓のカーテンを閉じた。


「では改めて教えてくれる?」

「そうね。私が気づいた事からでいい?」

「もちろん。それで何があったの?」


 問われた私は渋々と語り始めたのだった。


「私の予言通りの出来事が起きた」

「はい?」




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