一旦事務所に帰っても、まだ外は明るい。

「日が長いとなんだか得した気分です」

「まあ、これから短くなっていくばかりですけどね」

 振り返って青山君の方を見る。青山君は冷蔵庫を開け、中から冷やした紫蘇ジュースを取り出している。

 これが普通の人なら、何のことはない普通の会話だ。しかし、青山君だと話は別だ。いつもポジティブな彼が、こんなに暗いことは言わないはずだからだ。

「どうしました?」

 青山君はきょとんとした顔で私を見つめている。

「あ、頼まれてもシェイクは作りませんよ。カロリーが高すぎます。さっき、丹羽さんのお店でプリン三個──どころか、パウンドケーキもまるまる一本食べたでしょう」

「だって、丹羽さんが出して下さるから」

 私は口元を隠してそう答える。

「絶対にお土産用だったと思いますよ」

 彼の笑顔を見て、やはり気のせいかもしれないと思う。

 青山君はソーダ水で割って、美しい赤紫の飲み物を作りだした。

 つるつるとした素材の手袋がグラスをなぞって、高い音を立てる。青山君は私の方を見ない。ただ、手元に集中している。

「大丈夫ですか」

 そんなことを聞く。どんなに些細な違和感でも、無視したくはない。青山君のことだ。

「えー?」

 口角を上げたまま彼は答える。

「何がですか?」

「ほら……依頼人が、小さい女の子……」

「ううん」

 青山君は軽く咳払いをしてから、私の正面に腰掛けた。

 氷が鮮やかな赤紫に溶けていく。

「そうですね、本当は、悩みの大きさって大人も子供も同じ──というか、大人になると、問題は自分だけのことでは済まなくなる場合も多いですから、大人の方が大きいはずなのに──なぜか、子供の方が、可哀想というか、早く解決してあげなくてはというか、そう思いますよね」

「そういうことではなくて……」

 私は青山君の顔をまじまじと見つめる。

 小さい女の子の話で、彼が動揺しないはずはないのだ。それなのに、彼はずっと、いつものように子犬のような笑顔を私に向けている。

「物部さんだったら、態度も変わるかもしれないですね。あの人、なんだか子供に特別優しい気がする」

 私はなるべく間を空けないように、そうですね、とだけ言った。


「ゆうくんママ」とやらに話を聞きに行く予定の日、直前になって青山君からメッセージが届いた。

『説教の仕事が入ってしまいました。今日は同行できそうにありません。申し訳ありません』

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