終章2 えっ? 最後の戦い?


「おーい! 待って~!」


 何事かと街の住民たちが見守る中を、紺色の制服を着た人物が石畳の通りを全速力で走り抜けていった。その先を、一人の少年がナンのたくさん入ったカゴを持って必死で走っていた。


 どんどん間を離され、追う側の姿がみるみる小さくなっていった。安心し始めた少年だったが、急に目の前に同じ紺色の制服姿の猫が現れ、腰につかみかかってきた。


「うわあ、くそ、離せー! このボケネコ!」


「ボケネコじゃないニャ! ユキ巡査ニャ!」


 ようやく追いついてきた追手は、ハアハアと息を整えてからユキに声をかけた。


「ユキにゃん、ナイス! 先回りしてたんだね。」


「タマちゃんはもっと足腰を鍛えた方が良いニャ。遅すぎるニャ。」


「ははは、ゴメンね。」


 暴れる少年に、タマはしゃがみこんで視線の高さを合わせた。


「君、ダメでしょ? 毎朝毎朝ナンを盗んだら。店のオヤジさんが困ってたよ?」


「だって、仕方ないよ! お金ないし、食べなきゃ死んじゃうし、妹だって…。」


「わかった。君は孤児なんだね…。新しい王様が救済制度を作ったの。申請したら成人するまで生活費と住居が支給されるんだよ?」


「ええ!? 知らなかったよ…。」


「じゃ、交番に行こ。手続してあげるからね。」


 タマがニッコリ微笑むと、少年は顔を赤くしてうつむいてしまった。三人は手をつないで交番へ向かった。



「うん、健康は問題ないね。あとは栄養をとって、清潔にすれば大丈夫だ。」


 少年と妹から聴診器を外したヤブラヒムがカルテに書き込みながら言った。


 アダラカブラダ帝国首都ダルダルダの交番の横に、無料診療所ができていた。


「ありがとうニャ、ヤブラヒムさん。」


「なあに、私もお役に立てて嬉しいよ。ここに腰を落ち着けて診療できるしね。」


 タマとユキは少年と妹を連れて交番に入った。奥にはたくさんの子供たちがいて、先生から読み書きを習っていた。


「では今日はここまでじゃ。明日は数学の基礎をやるぞ。」


「ハープーンさま! ありがとう!」


 その横では少し大きな子たちが工作を習っていた。


「よいか、以上が工具の使い方の基本じゃ。しっかり身につけるのだぞ。」


「はーい! トテカーン先生!」


 タマの姿を見て、二人の制服姿の者が敬礼した。


「おかえりなさい! タマ巡査部長! ユキ巡査長!」


「カッキーノ巡査、ハーズッシ巡査、新しい子が来たから手続お願いね。」


「はッ! 了解しました!」


「あ、お客さんが来て待ってますよ。」


「え? 誰だろ。」


 タマとユキが応接室に入ると、フードで顔を隠した人物が座っていた。


「あニャ! キーマさんニャ!」


「シーッ! ユキ殿、今日はお忍びだから。」


「キーマ王子、じゃない、キーマ王、忙しいのに大丈夫?」


「うむ、交番が軌道に乗ってきたと聞いてな、見にきたのだ。タマ殿、ユキ殿、本当にありがとう。」


「キーマさんの支援のおかげだよ。」


「元大臣も真面目にやってるようだしな。」


 新王は笑い、そして顔を少し赤くして言った。


「それと一つ報告があってな。北の女王と…リョートラッテと結婚することになってな。君たちにぜひ式に来て欲しいのだ。」


「え! ホントに!? おめでとう! キーマさん!」


「あニャ、ごちそうが山ほど食べられるニャ!」


「ははは、四大国との平和条約も締結できたし、平和の祭典にしたいものだ。」


 キーマ王は上機嫌で帰っていった。




 キーマとリョートラッテの挙式当日、それは帝国をあげての一大イベントだった。街は色とりどりの花で飾りつけられ、国民には酒や菓子がふるまわれ、子供たちや傷病者には祝い金までもわたされた。

 王宮では華やかな儀式が行われ、街中の盛大なパレードはいつまでも続いた。


 タマとユキも儀仗用の制服でビシッとキメて参加し、夜の立食パーティーで旧友たちとの再会を喜びあった。


「ベーリンダ! 久しぶり! なんて綺麗なの!」


 青を基調としたドレスに身を包んだ姿は別人のようだった。


「へへ、俺だってきちんとすりゃこんなもんだ。タマとユキもカッコいいぜ!」


「あニャ~、しゃべり方は変わらないニャ。」


 相変わらず仮面姿のウマイカイが近づいてきた。


「皆、会えて嬉しいぞ! 息災か、タマ殿。ユキ殿。ベーリンダ殿。」


「ウマイカイさん! 今日こそ仮面の下の顔を見せてよ!」


「うむ。めでたい席だから特別にな。」


 巨漢が筋骨隆々の手で仮面を外すと…


「あニャー!? 意外ニャー!!」


「…びっくりだぜ…。」


「本当に、驚きすぎて声がでないくらい…」


 タマの肩を誰かがトントン叩いた。振り向くと、タキシードでキメた老王がニコニコしていた。


「皆の衆! 元気そうじゃな。」


「おじいちゃん王さまもニャ!」


「ワシはもう王ではなくてな。優雅な隠居生活じゃよ。」


 五人が歓談していると、給仕がタマを呼びに来た。


「タマさま。キーマ王が緊急の用件とのことです。西塔の談話室でお待ちです。」


「え? 今? なんだろ。」


「ボクたちは食べまくるから、タマちゃん行ってきたらニャ?」


「デザート残しておいてね!」



 タマは廊下を走っていき、階段を登って指定の部屋にたどり着き、中に入った。


 なぜか背中に悪寒がはしった。


「しまった! またやられた!」


「ホント、学習能力ないよねえ、タマさんは。」


 家具の後ろからウエディングドレス姿のリョートラッテがすべるように現れた。その美しすぎる顔にはあやしい笑みが浮かんでいた。


「ひ、久しぶりだね。リョートラッテさん。結婚おめでとう! デ、デザートがなくなっちゃうから、帰っていいかな?」


 タマはドアノブをガチャガチャしようとしたが、凍りついていて全く開く気配はなかった。


「開くわけないじゃない? 今まで散っ々焦らしてくれて、ほんっとうに頭にきちゃうっての。」


「あのね、モシモーシ? あなたもう、キーマさんの花嫁ですよね? なにをしようとしているのかな?」


「アンタに逮捕されるような悪いことよ。」


 少しずつ、女王は間をつめてきた。


「実家じゃおとなしくしてたのに!?」


「アンタの家族の前ではさすがに無理でしょ。アタシは良識派だから。」


「本気で怒るよ。キーマさんが悲しむよ!」


「こんなの、平和のための偽装結婚に決まってるでしょ。」


 さらに間近に、銀髪の女王の冷気を肌で感じるくらいに相手は迫ってきた。タマはジリジリとあとずさりをしたが、背中に硬い壁を感じた。冷や汗が頬を伝ったが、凍ってしまった。


「アンタも往生際が悪いね。いいかげんにあきらめなさい。」


「それ、こっちのセリフだよね?」


 気がつくと、タマの足は氷の足枷で動けなくなっていて力をいれてもビクともしなかった。

 タマは焦れば焦るほどどうすれば良いかわからなくなり、リョートラッテの整った顔が視界を塞ぐまでに近づいてきた。


 観念しかけた時、凄まじい破壊音がしてドアが蹴り破られた。


(ドーン!! バリバリバリ!!)


「タマちゃんから離れるニャー!!」


 そのまま乱入してきたユキはリョートラッテにスーパーユキキック飛び蹴りバージョンをくらわした。


「くはっ。」


 銀髪の女王はもんどりうって倒れ、ユキはタマをかばうように立ち塞がった。


「キーマ王が会場に演説に来たからおかしいと思ったニャ! 油断も隙もないニャ!」


「ユキにゃん、ナイスタイミング! リョートラッテさん、大丈夫?」


「気づかう必要ないニャ! シャーッ!!」


 ユキは頭の毛を逆立てて、床に倒れている白銀の女王を威嚇した。


「あたた。油断したわ。かよわい花嫁を思いきり蹴るんだもん、常識を疑うっての。」


「キミの常識を疑うニャ!!」


 フラフラと立ち上がったリョートラッテは全身に冷気をまとい、戦闘態勢になった。


「タマちゃん、下がっていてニャ。今日、ここで決着をつけるニャ!」


「いい度胸ね。いいわ、望むところっての。」


 真剣な表情で対峙する二人に、タマはオロオロしながらツッコミをいれた。


「これってどんな展開!? 決着ってなんの!?」

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