第24話 囚われの王子


 少しだけ時間をさかのぼったアダラカブダラ帝国首都ダルダルダ。

 地下牢獄に囚われた人物が鉄格子を両手で持ち叫んでいた。


「ここから出せーっ!! 王子である私にこのような無礼が許されると思っているのか!」


 叫びすぎて声がかすれ、のどはカラカラだった。肩で息をしていると、牢の前に誰かがやってきた。


「…貴様! ハープーン国防大臣! おのれ、すべて貴様のたくらみか!」


 迷彩柄の布を頭に巻いたハープーンはアゴ髭をいじりながら言った。


「いえいえ滅相もないです、キーマ王子。これは軍事顧問殿との共同作戦ですよ。むふふ。」


「貴様…何が共同作戦だ。今ならまだ許してやる。ここから私を出して奴を拘束しろ。」


「それはできませんなあ。なにせこれは帝国の改革のための一大作戦。走り出したらとまれないというわけで。むっふっふ。」


「改革だと? 貴様、正気か。目を覚ませ。」


 ハープーンは鼻毛を抜いてフッと飛ばした。


「目を覚ますのは王子のほうですぞ。学校で歴史を学ばれましたか? 大きくなりすぎた国家は自らをささえきれず滅びる…。世界史あるあるですよ。」


「貴様、何が言いたい?」


「外敵という脅威がなければ国家は弱体化するのです。今やわが帝国には敵はなく、繁栄を謳歌しています。ですが…ほころびがみえはじめています。」


「わかっている。だから私が王になって政治改革を…。」


「なまぬるい! いまや帝国軍は役割がなく、たるみきっております。私もいつクビになるか…。軍事顧問殿の提案は、わたりに船だったのですよ。」


「結局は保身の私利私欲か! 提案だと? まさか、貴様ら…!?」


「ええ、そのまさかですよ。むふふ。言い伝えの『第三の扉』を猫目石と虎目石を使って開き、異世界へと軍事侵攻するのですよ!」


「なんという愚かな。異世界の文明の方が進んでいて、かなわないかもしれないではないか!?」


「ですので、軍事顧問殿に『てくのろじー』をご提供いただいたのですよ。」


「貴様、平和より戦乱の世を選ぶのか。父上は…陛下も賛同なのか?」


「もちろんですよ。心よくご承認されました。ま、王子はしばらく作戦完了までそこで頭を冷やしていてください。むっふっふっふ…。」


 高笑いしながらハープーンは帰っていった。


「待て! 貴様! 石を返せ!」


(すまぬ…タマ殿…。)


 王子は檻の中で頭を抱え込み、後悔して自らを激しく責めた。




「帝国軍が異世界を攻撃するっての!?」


 リョートラッテは驚きのあまり椅子に座り込んでしまった。西の老王が歩き回りながら身振り手振りで話し始めた。


「その通りじゃ! 東海洋にある虎猫島には『第三の扉』が出現すると言われている。そこで二つの石を用いてある儀式を行えば扉は開かれるという…。」


 タマは長老猫の話を思い出して言った。


「『『猫さんと虎さんがごっつんこ。あいたたごめんよ、その拍子、第三の扉が開いちゃった。』…のこと?」


「よう知っとるの! タマさんや、おぬしの異世界にも軍隊はあるかの? 帝国軍を食い止められそうか?」


「警察も自衛隊もあるけど…。急な攻撃に対応できるかな? しかもあいつ…たぶん、ものすごく研究してると思う。どこを攻撃すれば最大のダメージを与えられるかを…。発電所とか…官邸とか国会とか、役所や省庁とか…。」


 ウマイカイが腕組みをしながら思慮深く言った。


「つまり、『ばくだん』を満載した無数の『とらっく』がタマ殿の国の要所要所につっこみ、機能をマヒさせた後に一斉に攻撃する企みか…?」


「あわわわニャ、はやくとめないと、とりかえしがつかないことになるニャ!!」


「とめるったって…どうすんだ? ここは帝国の大軍に包囲されているんだぜ。俺たちだってやばいんだぜ?」


 リョートラッテは目を閉じて考え込んでいたが、立ち上がると神妙な顔つきになり口調まで変わっていた。


「タマさん。女王の間に来て頂けますか? 大切なお話があります。」


 それだけ言うと、リョートラッテは部屋から出ていった。


「タマちゃん…。」


「タマ…。」


「みんな、心配しないで。きっと、女王には何か深い考えがあると思うの。」



 タマは女王のあとを追いかけて、ひときわ壮麗な氷の扉から女王の間に入った。なぜか部屋は真っ暗だった。


「リョートラッテさん?」


 目が暗闇に慣れない中、タマは手探りで進んだが突然、強い力で手をつかまれ、引っ張られた。


「うわわわわっ!? リ、リョートラッテさん?」


 引っ張られた先はフカフカのベッドの上の感触だった。誰かがタマの上に馬乗りになり、すごい力で押さえつけられた。


「ち、ちょっと! いきなりなに!? なんなの!?」


「ホント、タマってスキだらけよネ。」


 目が慣れてきて、うっすらと相手の顔が見えた。冷ややかな笑みにタマは震えてしまったが、勇気を出して言った。


「こんな時に何をするの!? 気は確か?」


「確かだからよ。こうなったのはアンタのせいなんだからさ。三万五千対五百よ? どうせ死ぬんだから、せめて最期くらい好きにしても良いでしょ。」


「女王のあなたがあきらめてどうするの! あなたを慕っている国民がたくさんいるのに!」


 リョートラッテは壮絶な笑みを浮かべた。


「おやおや、ケイサツカンって女王に説教たれるくらい偉いんだ? じゃあさ、アンタがなんとかしてくれるっての? 猫目石もないくせに。」


「そ、それは…。」


「じゃあいいよね…。」


 リョートラッテの白い瞳と唇が冷気を感じるくらいに間近に迫ってきたが、タマの次の言葉でピタリと止まった。


「…リョートラッテさん…こわいの?」


「…な! 何を言うの? 女王のアタシがこわいわけなんかないっての! なんにもこわくなんてないんだから!」


「いいんだよ、こわかったら、こわいって言っても。本官は…あなたの友だちなんだから。みんなもいるし、力をあわせたらこわくなくなるよ?」


 リョートラッテはタマを離して起き上がり、笑い出した。


「友だち! あはは、こりゃ笑えるっての。女王に友だちなんていないっての! 王はね、孤独なもんなんだから。」


「…でも、ベーリンダは友だちだったんでしょ?」


「ふん! あんなやつ…」


 破壊音と共に、氷の扉が斬り倒された。


「タマ! 大丈夫か! やっぱりこんなことだろうと思ったぜ!」


「あニャ! タマちゃん! 無事かニャ!」


 部屋の灯りがつき、皆が次々に部屋になだれ込んできた。


「リョートラッテ! 今度という今度は許さねえぞ!」


「アタシだって! いちどアンタをボコボコにしてやろうって、ずっと思ってたっての!」


 女王はベッドから飛び降りるとベーリンダにつかみかかった。


 慌ててユキがベッドの上のタマに走り寄った。


「タマちゃん、とめなくていいかニャ?」


「うーん、ユキにゃん、ここは気がすむまでさせておこうか。」




「気は済んだかの? おふたかた。」


 老王の問いに、引っ掻きキズだらけの二人の少女は倒れたままうなずいた。


「結局、二人の仲違いの原因はなんなの?」


 タマの疑問にウマイカイが答えた。


「我々四大国の王は元々、良好な関係で帝国との交流も盛んだったのだ。ところが帝国は、ある時豹変して四大国に侵攻した…。」


 倒れたまま、リョートラッテが話し出した。

 

「大軍に攻められたアタシは、親友だったベーリンダに援軍を要請する手紙を送ったの。なのに、返ってきたのは破られた手紙…。王同士の友情なんてそんなモンよね。結局そのせいで、アタシの城は落城で流浪の身よ。」


 ベーリンダが半身を起こしながら言った。


「あいててて…。はあ? そんな手紙知らないぜ? 話が逆だぜ! 援軍を頼む手紙を送ったのに、無視したのはそっちだろ。おかげで俺は盗賊に…。」


「…どうやら二人とも、帝国にだまされたようじゃの。若いのう…情報分断とフェイク情報は帝国諜報部のお得意じゃて。」


「…そうだったの…!? アタシったら…。友だちなんかもういらないって思っちゃって…。ごめんなさい、ベーリンダ…。」


「いや…俺のほうこそ…すまなかった。リョートラッテ、おまえの気持ちも知らずに…。」


 二人はおずおずと握手してぎこちなく笑った。タマが近づいて、二人の背に手を置いた。


「よかったね! また親友だね。」


「やれやれ、仲直りは良いがの。危機が去ったわけではないわい。包囲している帝国の大軍をどうするかの?」


 ユキがタマの肩をトントンした。


「そのことだけどニャ。これ、使えないかニャ?」


 ユキが小さな箱を差し出した。


「ユキにゃん、これは賭けだね…。」

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