第21話 タマユキと 王さまたちと 王子さま


 タマ巡査とユキの指摘に、ヒゲモジャ老人は頭をかきかき答えた。


「まあ…そういうことじゃな。」


 タマはユキの村のペルシャ猫長老の言葉を思い出した(注:第8話参照)。


(たしか、…「アダラカブダラ帝国、北の女王国も南の族長連合も、西の列国同盟も東の海洋連邦も平定して今や覇権国家じゃ。」…)


「ベーリンダが王さまってニャ!? ぷぷぷっニャ。」


 ユキの半笑いに青髪の少女は半怒りで応じた。


「何がおかしいんだよ…。黙っていたのは謝るけどよ。ま、王様っつうか、俺は南方のたくさんの部族の族長の代表だな。大族長みたいなモンだ。」


「大族長さまニャ、今までの数々のご無礼、ひらにご容赦をニャ…ニャハハハッ!」


 ユキがこらえ切れずに腹を抱えて笑いだした。


「ユキちゃん、笑いすぎ~。でもわかるわー。ベーリンダってさ、全く王って威厳がない下品なやつだもんね~。野盗団のボスにまで落ちぶれてさ。うふふ。」


「リョートラッテ、てめえ…」


「なんなの、そのいやらしい制服? 似合わないミニスカートでさ。足ならアタシの方が細いっての。」


 ベーリンダが剣呑な雰囲気でリョートラッテに言い返そうとしたが、銀髪の少女がたたみかけた。


「それにひきかえ、アタシったらこの神々しいまでの美しさと白銀の北の女王たる威厳がにじみ出てるっての…ねえタマさん?」


「…あのー…、なんでその女王様が敵国の首都でかき氷屋さんを?」


 タマの当然の疑問に、ウマイカイが答えた。


「灯台もと暗しだ。祖国を滅ぼされてから、逃げまわって追われるよりも、あえて帝国首都に潜伏して反抗の機をうかがっていたのだ。」


 ヒゲモジャ老人も続いて名乗りでた。


「ワシは一番に帝国に捕まっちまっての! ホッホッホ。ちなみにワシは西の列強同盟諸国をたばねるカンフェクシャネリ大王じゃ。よろしくの。ホッホッホ!」


 老王は笑いながらタマとユキの頭をポンポンたたいた。


「…ということは、ウマイカイさんは東の国の王様?」


 タマの質問に、仮面の筋肉男は胸を張り名乗った。


「うむ。波乗りショップ店長に身をやつしていたが、私は美しい海と島々からなる海洋連邦の王、ウマイカイ海洋王だ。おぬしらに我が祖国の美しい海を見せてやりた…」


 リョートラッテがさえぎった。


「はいはい、もういいっての。さ、早く行こ。とりあえず脱出するの。」


「ち、ちょっと待って!」


 タマが皆に叫んだ。


「な、なんでそんな王さまたちが本官を助けてくれたの!?」


 ウマイカイがタマの前にたち、肩に手を置いて言った。


「タマ殿、私はおぬしに教えられたのだ。」


「本官に…?」


「私は機会を待つことを口実に、帝国から逃げてしまってばかりいたのだ。だが、おぬしらは自ら帝国に立ち向かい、コウバンをつくり、市民の力になろうとした。私は恥ずかしい。だから、私も改めて立ちあがろうと決心したのだ。なあ、白銀の女王よ?」


 急にふられたリョートラッテは白けた感じで言った。


「まあ、そういうことにしておいてもいいけど。」


 タマは困った表情になり、うつむいた。


「でも…結局、交番はうまくいかなかったし…。みんなに迷惑をかけただけだったけどね…。」


 ユキとベーリンダがタマを励ました。


「タマちゃん! 少なくとも盗品が返ってきた人たちは喜んでいると思うニャ! 今はそれで十分ニャ!」


「そうだぜ、タマ。またやろうぜ、コウバンをよ。」


 老王がうなずきながら言った。


「うむうむ、巨大な帝国にひるまず信念に基づき行動する…お前さんのような人間は貴重じゃ! ぜひワシらの力になってくれんか。」


「力って…。本官に何かできるの?」


 老人はタマを指差した。


「それはな、お前さんがタミーの孫で猫目石の正当な持主だからじゃ! 帝国の企みをくじけるのはお前さんだけなのじゃよ。」


「だからそのタミーって…。それに、帝国の企みって…」


 リョートラッテがイライラしながら言った。


「こみいった話はアタシの領土に着いてからにして! まずは脱出でしょ!」


 白い瞳の少女は地上への階段を駆け上がっていってしまった。


「あーッ!? アンタは!?」


 上からリョートラッテの驚く声が聞こえてきて、あとの全員は慌てて階段を上に登った。



 地上の出口は枯れた井戸に擬装されていて、街からかなり離れた荒地の中にあった。


 リョートラッテの前に立ち塞がっていたのは、長身で長髪の若者だった。

 端麗な若者は、羽飾りや貴金属などの装飾のついた白い布の衣装を優雅に着こなしていた。手には柄に宝飾のある曲刀を抜き身で持っていた。


「キーマ王子!?」


 白銀の女王は戦闘態勢をとり叫んだ。

 ウマイカイ、ベーリンダも続いて相手を包囲したが、王子は冷静そのものだった。


「私はひとりだ。安心せよ。話し合いたい。」


 ヒゲモジャ老王が悠然と進み出て口を開きかけた。


「ひさしいの、キーマお…」


「キャーッ!! キーマさまあ~!! こんなところでお会いできるなんて~!!

リョートはこの上なく嬉しゅうございます~!!」


 老王の見せ場を無視して、銀髪の少女が戸惑うキーマ王子に突進し、そのまま上半身に飛びついた。


「タマちゃん、手帳になんて書いてるニャ?」


 ユキがタマの手帳をのぞきこむと、『リョートラッテ、虚言癖に浮気性も?』と書かれていた。


 王子はなんとかリョートラッテを引き離すと言った。


「ダメじゃないか、みんなの前で…。…たぶんここから脱出するだろう、と思って来てみたら…そなたまで手を貸していたのか。」


 タマがウマイカイに耳打ちした。


(あの人が帝国の王子さまなの? みんな知り合いなの?)


(いちおうな…。噂には聞いていたが…あの二人はどうやら…。)


 ベーリンダが吐き捨てるように言った。


「まだ別れてなかったのかよ。」


あっけらかんとリョートラッテは言った。


「騒ぎを起こせばもしかしたら会えるかな~、って思っていたの。」


 王子はため息をつきながら言った。


「わるいが、今はそこのふたりに用があるから…。さて、変な服のそなたと白猫、おとなしく捕まってもらおうか。」


「ギクッ…」


 思わず後ずさったタマユキと王子の間に老王が割って立った。


「みなでワシのセリフを邪魔しおって! そうはさせんぞ、キーマ王子! 猫目石は渡さんぞ!」


 そのセリフに、キーマ王子は本気で驚いた風だった。


「え…? その変な服の者と白猫が石を持ってるのか!?」


「え…? …知らんかったんかい!? しまった、言うてもうたわい。」


「もう、ヒゲモジャおじいちゃん、こまるニャ~。」


 ユキとタマはさらに後ずさりしたが、王子は切実な声で訴えた。


「ま、待ってくれ! 石を…石を、私に売ってくれないか!? 言い値で買うから!」


「…ハニャ?」


 意外な提案に、タマは拍子抜けして聞いた。


「キーマさん…なぜそんなに石がほしいの? 帝国は石を何に使うつもりなの?」


 今度は王子がギクッとした様子で言った。


「いや…あの…実は…知らない…のだ…。」


『知らんのかい!?』


 全員がつっこんだが、王子は逆ギレして言った。


「ふん! あのバカオヤジの考えなんか知るか! とにかく、石を見つけてくれば王位を私に譲ると言われたのだ。私が王になれば、この腐りきった帝国を改革できる! 頼むから石を売ってくれ!」


 リョートラッテがジト目で王子を見た。


「なんだかキーマ、ちょっとカッコわるーい。それに、ひとりで来たなんてウソついてさ。まわり中、兵隊だらけだっての。」


「え? 私は兵隊など連れては来ていないが…」


 だが、リョートラッテの言う通り、周囲はいつのまにか黒い布で体を覆った武装集団に取り囲まれていた。


 タマが警棒を取り出して叫んだ。


「ユキにゃん! ベーリンダ! この人たち、あの時の…」


「あニャ! サボルカンドを出た時に追ってきたのと同じ連中ニャ!」


「しまった! すごい数だぜ…。」


 老王が大声をだした。


「まさか! こやつらは…『第三の扉結社』か!?」


 タマたちは王子も含めて背中を合わせて円陣を組んだが、多勢に無勢だった。


「無礼者! 私をキーマ王子と知っての狼藉か!」


 王子が声を張り上げたが、黒布の集団を割って進み出てきた人物はあざけるように言った。


「フォッフォッフォッ。わかっておりますとも、王子。猫目石と虎目石は我らに渡してもらいましょうかのう。」


 進み出てきた年配の人物は、帝国法務大臣のスワルトジガデル(注:第1話参照)だった…。

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