第16話 帝国首都ダルダルダ


 アダラカブラダ帝国首都。

 王宮内の某所。

 

 ピカピカの廊下を早足で歩く長身の人物は、豪華な調度の扉を荒々しく開けた。


「陛下!! お話があります!!」


 キーチン国王は酒杯を傾けながら答えた。


「なんだ、王子か。かたぐるしいな、こういう所では父と呼んでよいぞ。」


(母が病で苦しんでいるのにお見舞いにもいかず、何が父だ…)


 キーマ王子は端正な顔に軽蔑と怒りをあらわにしながら言った。


「陛下、昼間から湯浴みしながら酒ですか。二人きりで話せますか。」


 国王がしぶしぶ合図をすると、湯から何人かの女官が出ていった。


「なんの話だ。てみじかにな。」


「あのような得体のしれぬ者を我が帝国の軍事顧問にされたとは本当ですか!? 私は即刻、処刑か追放を進言したはずですが。」


 先日、王子と面会した正体不明の者の事だった。


「なんだ、そんなつまらんことか。ハープーン国防大臣の熱心な推挙があったからな。無下にはできまい。」


 国王の言葉は王子の怒りに火をつけた。


「陛下は私よりも大臣に重きをおかれるのですか!」


「当たり前だろう。大臣の方がお前よりも知識も経験もある。それより例の石の探索はどうなっておる。自分の仕事もせずに進言などするでない。」


 王子は腹の底からこみあげてくる怒りを抑えながら言った。


「父上がそこまで石にこだわるのはなぜですか?」


「それはお前の知った事ではない。」


「石さえ見つければ、私の力を認めて頂けるのですね?」


「うむ。余は石が見つかれば他はどうでもよい。」


「そのお言葉、忘れないで下さい。」


(ハープーン国防大臣め…。何を企んでいる…。)


 考えながら王子は長い足と髪をくるりと翻すと、大またで部屋から出て行った。


 キーチン国王は、その王子の背中をなんとも言えない表情で見送っていた。





「うわあ、すごい人ニャ!」


 ユキが驚きの声をあげたのも無理はなかった。南方サボルカンドの街も賑わっていたが、ここ帝国首都ダルダルダは行き交う人や建物の数は比較にならないくらいに多かった。


 あれからは謎の集団による襲撃もなく、三人は無事に首都にたどりついていた。


 街の大通りは広く、石畳で整然と整備されていた。ラクダの手綱をとりながら青髪の少女が言った。


「検問はかたちだけでフリー通行か…。兵隊どもは指揮官クラスでさえたるみきってやがるな。」


 ユキが感心したかのように聞いた。


「なんでわかるニャ?」


 ベーリンダは得意げにユキに教えた。


「みろよユキ、兵隊の頭の布についてる羽飾りの数が多いほど、階級が上なんだぜ。」


「ふうん。ベーリンダはそういうのにやたらと詳しいニャ?」


 ユキのツッコミにベーリンダは少し焦りながらごまかした。


「い、いや、べつにな。それよりタマ、さっきから何を書いてんだ?」


 タマは二人の会話に入らずに、何かを熱心に手帳に書き込んでいたが急に叫んだ。


「できた!」


「何ができたのニャ?」


 タマが得意げに二人に見せたページには、何か小さい建物の外観や間取り図が描かれていた。


 ベーリンダが嬉しそうに言った。


「なんだタマ! もうそこまで考えてくれていたのかよ…。そりゃ俺たちの将来の新居の図だな?」


 ユキが毛を逆立てた。


「そんなわけないニャ! ボクと暮らす家かニャ?」


 タマが苦笑しながら説明した。


「これはね、『交番』の絵だよ。これをここに作るんだ! さあ、不動産屋さんに行こう!」


 意外にもベーリンダは賛同した。


「まあ確かに、長期滞在するなら宿屋よりも家を借りた方が良いかもな…。」


「長くってなんでニャ?」


「そりゃお前、これから国王の首をとるんだからさ、作戦をじっくりと練らねえとな。それがここに来た目的なんだろ? タマ。」


「…そんなこと、本官は一言も言ってないけど?」


 ベーリンダは意外そうな顔をして言った。


「…えっ? ちがうのか?」


「ちがうよ。」


「なあんだ、俺はてっきり…。ま、いいか。とりあえず不動産屋だな。」



 不動産屋のオヤジが最高におすすめだと言う空き家は縦に細長い三階建で両隣は何かの商店のようだった。


「けっこう綺麗だし中は広いニャ。場所も便利そうニャ! ここにしようニャ!」


「本官もここがいいなあ。ベーリンダはどう?」


 彼女は何かふに落ちない風だった。


「なあオヤジ、確かに良い物件だけどよ、なんでこんなに家賃が安いんだ?」


 彼女のカタギっぽくない雰囲気を悟ったのか、不動産屋のオヤジは白状した。


「実は…ここは元は店舗用の建物なのだが…両隣の店の経営者が二人とも変人で閑古鳥がないててな。そのせいで借り手がつかんのだ。」


「なんだ、そんなことか。俺たちは店を出すわけじゃねえから大丈夫だ。よし! 契約だ。」



 建物内の掃除をしながら、ほうきを持ったタマがベーリンダに頭を下げた。


「ゴメンね、お金は必ず返すから…。」


「気にすんなよ、どうせ帝国から奪った金だしな。それより次はどうすんだ? コウバンとやらを作りたいんだろ?」


「ベーリンダも協力してくれる?」


「あたりまえじゃねえか! 俺はおまえが良いと思うならなんでも手を貸すぜ。タマ…」


 彼女はタマにツツツ…、と歩みよった。


「あの…ベーリンダさん、異様に近いんだけど…?」


 間近で見ると、相手が思いのほか美しいことにタマは改めて気づいた。


「ユキは仕立て屋に行ってて今はふたりきりだろ…。」


 タマは壁際にじりじりと追い詰められてしまった。


「あ、あのね、ベーリンダさん。ひとつ誤解があるみたいなんだけど…」


「これからしばらく、ここでいっしょに暮らすんだぜ? なあ、タマは俺のことを…」


 ベーリンダが何かを問いかけようとした時、戸口から元気なユキの声が聞こえてきた。


「ただいまニャー! ばっちり注文してきたニャ! あニャ? ほうきを挟んで何してたニャ?」


 タマはほうきをベーリンダに持たせると、慌ててユキに駆け寄った。


「おかえり! ユキにゃん! さあみんな、お隣さんに挨拶に行こ!」


 ベーリンダは肩をすくめると、ほうきの柄をパキン!といとも簡単に折って床に放った。



 右隣はかき氷屋だった。オヤジの言う通り、客は一人もおらず閑散としていた。


 ベーリンダが不思議そうに言った。


「妙だな。この暑さだし、かき氷なんて珍しいのに、なんで客がいねえんだ?」


「タマちゃん、『カキゴオリ』ってなにニャ?」


 ユキの質問にタマが答えた。


「氷を細かく砕いて甘いシロップとかをかけてたべるんだよ。」


「ボク、かき氷なんて見るのも初めてニャ! 食べたいニャ!」


 店のカウンターには銀色のドレスを着た店主が突っ伏して寝ていた。いわゆるマジ寝だった。

 

 タマが遠慮がちに声をかけた。


「あ、あの…すみません、かき氷を3つ…」


 言い終わらないうちに、見事な銀髪の店主は小顔をガバッとあげた。


「…うるさい。…帰って。」


「はい?」


「うるさいから帰れって言ってんの! 二度も言わせんじゃないっての! 人が気持ちよく寝てんのがわっかんないの!? みんな氷漬けにしてやろっか!! …って…あれ? あんたは…」


 タマは店主のあまりの剣幕に恐る恐る答えた。


「いちおう客なんだけど…。」


 だが店主はタマを無視してベーリンダを白い瞳で凝視していた。ベーリンダの様子もおかしかった。


「て…てめえコラ!! なんで、てめえがこんなところにいやがるんだ!! ちょうどいいぜ、ここであの時の恨みを晴らしてやらあ!! 覚悟しやがれ!!」


 言うが早いか彼女は両手にナイフを抜くとカウンターに向かって突進した。


 銀髪の店主は急襲にもかかわらず、余裕を崩さずにベーリンダをあざ笑った。


「ハッ! あんたを恨みこそすれ、恨まれる筋合いなんかないっての! ちょうどいいのはこっち! くらえっての! 凍結怪光線!!」


 銀髪の店主の目から白い光の筋がベーリンダめがけてほとばしった。狭い店内でよけきれないことは確実だった。


(しまった!)


 ベーリンダは目をつむったが、間に人が飛び込んだ。タマだった。


「ベーリンダさん、あぶない!」


 白い光線はタマの背中を直撃した。


「きゃあああっ!! つ、冷た~い!!」


「タマ!!」


「タマちゃん!!」


 ユキもベーリンダもなすすべなくその光景を見つめていた。


 光が止むと、店主が我にかえってうろたえた。


「マジかっての!? 自分で射線にとびこむバカがいるなんて!?」


 ユキがあまりにも突然のことに放心しながらつぶやいた。


「タマちゃんが…カチコチに凍っちゃったニャ…。」

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