第5話 檻の中の警察官


「ちょっと! そこの猫さん! 猫さん!」


 村はずれの洞窟の中に檻があった。


 木の槍を持ってヒマそうに立っていたサバトラ猫が、めんどうくさそうにタマの方に近づいてきた。


「なんの用ニャ?」


 檻の中からタマは答えた。


「あのー…、本官、トイレに行きたいんだけど。」


「そこでしとけニャ。」


 サバトラ猫が槍で地面を指した。


「…マジで?」


「マジニャ。」


「…見ないでね?」


「誰が見るかニャ!」


 サバトラ猫はあくびをし腹をかきながら行ってしまった。


「うーむ。しかたないか…。誰もいないよね。ん?」


 タマはハッと視線を感じて振り返った。


 ユキが檻の前にしゃがんで、ジーッと凝視していた。


「…ユキさんだっけ? そこでなにしてんの?」


「おかまいなくニャ。どうぞ続けてニャ。人間ってどうやってするのかニャーって思ってニャ。」


「…ほんとに逮捕するよ?」


「冗談ニャ。これ持ってきてやったニャ。」


 ユキは竹筒のような水筒と干し肉のようなものを差し出した。


「ありがとう! そういえば、まだきちんとお礼を言ってなかったね。」


「こっちこそ。キミにはジャンもキナも助けてもらったニャ。キミはいい奴だニャ。」


「警察官として当然よ! そういうわけで、ここからだしてくれる?」


 ユキは残念そうな表情で言った。


「ごめんね、それはできないニャ…。」


「なんで?」


「帝国が…猫目石を探しているからニャ。」


「そのテイコクって…。ここはいったいどこなの?」


「帝国南方領の辺境ニャ。な~んにもない退屈なド田舎ニャ。」


「日本の地名で言うと?」


「つまり、タマはニッポンってとこから来たのかニャ?」


「当たり前だよ!? 本官は日本の警察官だよ。」


「ニッポンとニホンと、どっちニャ?」


「え? えっとね、あれ? どっちだろ…。」


「…ボク、もう行かなきゃ。さよならニャ。」


 ユキは立ち上がると、走り去ってしまった。


 タマは呆然とそれを見送るしかなかった。


「さよならって…。」



「私は反対です! 確かに姿や言動は個性的ですが、帝国に引き渡すなど恩知らずも甚だしい。猫の恥だ!」


 茶トラ猫村長の家の一室では村長と長老が議論をかわしていた。


「ワシとてそんなことはしたくはないのじゃが、仕方がないじゃろ。奴ら血まなこで猫目石を探しておる。廃鉱山まで掘り返し、川が汚されその毒のせいでキナのような病人が出る始末じゃ。」


「猫目石を見つけたものは帝国に届け出よという通達は知っています。ですが…。」


 外の窓の下にはユキがいて、二人の会話をこっそりと聞いていた。


「長老、気づかれましたか。あの人間、よく見ると手や顔は細かいキズだらけ、服もあちこちに汚れやほつれがありました。」


「何が言いたいのじゃ。」


「彼女はジャンを抱いて長い時間、山中をさまよったに違いありません。ですがそのことを全くひけらかそうともしません。

私はそのような、猫のために当たり前のように自分を犠牲にする人間など見たことも、聞いたこともありません。」


 ユキはそれを聞いてハッとした。

そしてまた会話に聞き入った。


「ふむう…。そうかもしれんが、あの妙な服装、いったい何者でどこから来たんじゃ?

 何れにしてもはよう帝国に引き渡さんと、ワシらまで罰を受けるぞ。実はもう既に帝国出張所には使いを出しておる。」


「長老! なんということを!」


 ユキは少し考えていたが、うなずくと駆け出していった。



「タマーっ!」


 地面に座り込んでうつむいていたタマは顔をあげた。


「ユキ!?」


「ちょっと待ってニャ、すぐ開けるからニャ。」


「ありがとう、でもさっき、さよならって…。」


「猫は気が変わりやすいニャ!」


 ユキはタマの手をひいて、たんこぶのある気絶したサバトラ猫を飛び越え、洞窟の外に出た。


「これ、返すニャ。」


 ユキはタマに拳銃と警棒と手錠を手渡した。


「ありがとう、ユキにゃん!」


 タマはユキにギュッと抱きついた。


「あニャ! い、いきなり何するニャ! しかもユキにゃんって…。」


「いいでしょ? これからユキのこと、ユキにゃんって呼ぶね。」


「じゃ、ボクはキミのこと…タマちゃんって呼ぶニャ!」


 二人はかたく握手を交わしてにっこりと微笑み合った。


「あ…、でも猫目石は?」


「それはさすがにニャ…長老が持ってて奪えなかったニャ!」


「取り戻したいけど…。」


「時間がないニャ! 早くしないと帝国出張所の役人が来るニャ!」


「来るとどうなるの?」


「長老はタマちゃんを帝国に引き渡す気ニャ! そうなったら、たぶん尋問されたり…拷問されたり…、いや、あんなことやこんなこともされたり…いや~んニャ。」


 ユキはしきりに手をなめて顔を洗い出した。


「ユキにゃん、なんかヘンなこと考えてる?」


「あ、あニャ、と、とりあえず早く逃げようニャ!」


 二人は村の出口の方に走った。


 だが、そこには既に、人の拳をモチーフにしたようなマークのある馬車が何台も止まっており、頭に布を巻いた兵士がたむろしていた。


「遅かったかニャ!」


「なにあれ? 外国映画の撮影?」


「相変わらずタマちゃんの言うことはわからないニャ。」


 タマはスタスタと馬車に近づいていき、ホイッスルを吹いた。


(ピリピリピリ~!)


ユキはどぎもを抜かれてその様子を見た。


「ちょっとあなたたち! 何してるの、そこは駐車禁止よ! すぐに移動して!」


 ユキは肉球で自分の両目を覆った。


「あニャ~やはりタマちゃんは危ない奴だニャ…。」


 兵士の一人が半月刀を抜いて言った。


「はあ? なんだ貴様。俺たちを帝国兵と知っての…。」


「ハイハイ、映画の設定は良いよ。早く移動しないと違反切符切るよ? あなた外国の人? 責任者は誰?」


「なんだこいつ?」


「さあ。」


 いぶかしがる兵士たちにタマは続けた。


「そもそもちゃんと道路使用許可をとってるの? 許可証を見せて。」


「このやろう!」


 激昂した兵士の一人が半月刀でタマに斬りかかった。


「あぶないニャ!」


 後ろからユキがタマを引っ張り、

刀の刃がタマの顔をかすめた。


「あれ?血が出てる。」


「あたりまえニャ!! タマちゃん、死ぬ気かニャ!」


「頭にきた! 公務執行妨害と銃刀法違反で現行犯逮捕する!」


 タマは警棒と手錠を取り出し、兵士に向かっていこうとした。


 殺気立った兵士たちが一斉に刀を抜いた。


「あら…。ユキにゃん、応援呼ぶから携帯かして?」


「ケータイって何ニャ! 逃げるニャ!」


 ユキはタマの手を再びとると、猛ダッシュで引っ張った。


「あいたた。ユキにゃん、痛いよ。」


「逃げないともっと痛い目に遭うニャ! 仕方ないニャ、裏から山へ逃げるニャ!」


 気がつくと、二人はかなり山中深くに入り込んでいた。


 兵士たちに追跡されている気配はなかった。


「奴ら、さすがに諦めたかニャ。」


 ユキは息一つ乱れていなかったが、タマは肩で息をしていた。


「ハアハア、ところでユキにゃん、ここどこ?」


 辺りはレールのようなものが敷かれた山道があり、あちこちには石が積まれており、工事現場で使う一輪車や、工具やヘルメットのような帽子が落ちていた。


「鉱山の近くかもニャ。」


 言いながら、ユキはタマの顔をペロン、となめた。


「きゃっ!ユキにゃん、今のは。」


「消毒ニャ。」


「あ、ありがとう…。」


「しっ! 静かにニャ!」


 近くの草むらに身を隠すと、すぐそばを誰かが通った。


(さっきの犯人たちかな?)


(もういきなり『タイホ』はやめてニャ!)


 息を殺していると、のんきそうな世間話が聞こえてきた。


「かったりーな。また残業か。どうせ猫目石なんざ出やしねえのによ。」


「それがな、さっき聞いたけどよ、ふもとの猫どもの村で見つかったらしいぜ。所長が兵隊引き連れて確認に行くって。」


「やった! 灯台もと暗しだな! じゃ、ここの帝国鉱山は閉鎖だな。やっと帰れるわ。」


「いや、そうもいかんぜ。なんでも#虎目石__とらめいし__#も探さなきゃいけねえそうだ。第二班がたしか見つけ…」


 声は遠ざかっていった。


「帝国鉱山? 虎目石?」


「ここがキナを病気にした毒の原因ニャ。帝国の奴ら、めちゃくちゃに掘りまくって汚染水を川に流しやがったニャ!」


「ほんとなのユキにゃん!? 許せない! 行こう! 本官が全員逮捕するよ!」


 ユキにゃんはニッと笑うと応じた。


「そうこなくっちゃニャ! ついでに虎目石とやらも頂くニャ!」


二人は手を繋いで、世間話の主の後をつけはじめた。

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