首無紳士と悪魔図鑑のハーレ夢想

@momonokaki

第1話

 俺は異世界を満喫している。


 それは、まるで「どこかの誰かが激怒した」かのように、俺は突然「異世界へとやってきて、そして満喫している」のだ。

 だから説明など不要であり、なんならば俺はすでにこの異世界で半年もの生活を送っている。

 半年間で何かがあったかといえば、これといって誰かに話せるよう事はなく、むしろ誰にも話したくないような苦痛の時間が続いていたといってもいい。


 ここ最近はようやく生活が落ち着いてきて、異世界での物珍しくも不安定な感覚よりも、普通に快適な生活を送る事がいかに素晴らしいかという事を再認識したくらいだ。

 異世界に来たというのに、こんなにも平穏を望む結果になるとは半年前には想像できなかっただろうが、それは俺という存在がとてつもなく異質であることが影響しているのだろう。

 

 それはつまり、どういうことかというと・・・・・・


 あぁ、ちょうど目の前から親子連れが来ている。この者たちならば俺の状況を事細かに解説してくれるだろう。

 そんな期待を寄せながら、歩きなれた道を歩いていると、すれ違いざまに子どもが俺に向かって指をさしてきた。


「わー、この人頭がないー」

「コ、コラッ、失礼なことを言うんじゃないっ」


「えー、でも本当に頭がないよ」

「だ、だから失礼なことを言うんじゃない、し-っ」


 実に良い反応を示してくれた少年、そしてそれは親にも言えることだ。子どもの無礼な態度に対して更に無礼とも思える態度。

 自分だって子どもと同じ事を考えていたに違いないはずなのに、子どもを盾によくもそんな言葉が言えるものだ。


 まぁ、今はそんな事よりも子どもが言った「頭がない」という言葉、その言葉こそが重要なのだ。

 その通り俺には頭がない、しかし、こうして物事考えたり何かを見ることもできる、目だって見えるし耳だって聞こえるし匂いだって感じるのだ。どちらかというと感覚は研ぎ澄まされている方だと思っている。


 だが、自分で顔なり頭なりを触ろうとするとそこにあるはずのものはなく、それは他人からもそう見えるようだ。

 しかし、帽子はかぶることができる上にマスクを付ける事だって出来るという謎原理。おかしな現象だが、これが異世界で俺に与えられた能力とでもいうのだろう。


 しかも、この容姿なだけあって世間からは悪魔扱いだ。だが、持ち前の真面目さが影響したのか、普通に生活しているだけでこの辺りでは少し変なおじさんということで平穏な生活を得ることができるようになった。

 この時ばかりは自らの真面目な性格に感謝したものだったが、だからといって俺の頭がないのには変わりがなく、依然として俺は変人扱いされながらこの町でひっそりと生きている。


 だから、俺を知らない人は先ほどの子どものように、珍しがって指をさしてきたり幼女であれば泣き出したりしてしまうこともある。そんな状況の中、俺のもとへ二人組の兵士がやってきた。 

 ガチャガチャとうるさい音を立てながらやってくる兵士二人は、俺のもとまでやってくると、あきれた様子で俺の頭に視線を向けてきた。

 俺に対する状況説明は先ほどの親子で済んだというのに、再び俺の説明をしてくれるかもしれない輩が現れたようだ。


「ちょいちょいおじさん、ちょっといい?」


 随分とエラそうな口調だが、こいつらを不機嫌にさせると面倒なのは間違いない。だから物腰柔らかく対応せねばならない。


「なんでしょうか?」

「あのねおじさん、俺らもこんなこと言いたくないんだけどね、おじさんみたいな人がこんな時間に街を歩いてちゃ周りの人が怖がっちゃうんだよ、わかる?」


「すまない、だが俺のような奴でも生きる上では食材というものが必要で買い出しをしていたんだ、もう帰るところだから許してくれ」

「そうかい、でも、できれば気を付けてくれるかい、ほらなるべく夜に出歩くとかして、ねぇ」


 なんともつまらないことを言い出す兵士は、ここ「聖都アミーダ」の兵士だ。その強さは筋金入りで、世界各国のエリート兵士だけがこの都で働くことになっているともいわれていると風の噂で聞いたことがある。

 そのおかげもあってか、俺のように不気味で身の危険を感じそうな人間がいても、普通に暮らしていられるわけだが。

 しかし、どうにもその力におごっているのか、ここの兵士たちはずいぶんと横暴な態度であり、そこはとても気に入らないところだった。


「あの、兵士さん」

「ん、なに?」


「食材がダメになったらいけないのでそろそろいいでしょうか?」

「ん?あぁ、いいけどそろそろ頭に何か被り物するとか、そういうの考えといてくれないとおじさんの事を知らない人からよく通報を受けて面倒なんだよね」


「以後気をつけます」

「あぁ、それじゃね」


 そうして兵士たちは鎧をガチャガチャ鳴らしながら私の元から去っていった。なんとも無駄に思える会話だったが、自分の身なりがこうであるから仕方がないと片付けるしかない。兵士の言う通り、被り物でもしたらいいのかもしれないが、どうにも気が進まない。


 というのも、俺は頭はないのだがスタイルがいいのだ。


 足も長いし、体も程よく引き締まっている、今着ているスーツだってモデルのように着こなせている自信はあるし、これで最高の顔面さえあれば高級ブランドのモデルにだってなれると自負している。

 こんな事ばかり考えて、ナルシストだのなんだのと、周りの人間から罵られるかもしれない。だが俺には顔がない、いや正確に言えば顔を認識できないというのが正しかったりするのだろう。


 とにかく顔がないというのはとても厄介だ、これじゃあ紳士服コーナーにいるマネキンでしかない。

 これほどまでに顔という存在が重要なものとは思わなかっただけに、もしも願いが叶うのであれば最高に美しい顔をくれと思う毎日だ。


 それにしても、兵士には外を出歩くなだなんて、人権もくそもないような発言を受けるわ、人からじろじろ見られるわでたまったものじゃない。

 だが、俺はそんな奴らの言葉や態度を素直に受け入れるほど柔な奴じゃない、外を出歩くなと言われても出たいのだから仕方がない。


 そんな不満を心の中でつぶやきながら、人があまり来ることはない公園へ向かうことにした。噴水の近くにあるベンチへと腰掛け、人気のない公園の景色を眺めていると、ふと目に入ってきたのは人の姿だった。

 美男子と美少女の仲睦まじい姿。恰好からして彼らは所謂冒険者なのだろう、おそらく彼らはこれから果てしない冒険を始める所なのだろう。


 この世界には魔法だってあるし、ダンジョンとかいうやつもあって、そこには宝も眠っているとかなんとか、とにかく人の欲望を詰め込んだよな世界は非常に退屈しない。だからこそああして冒険者になる輩も多いのだろう。

 しかし、うらやましいものだ、俺にも顔があれば美女を侍らせてハーレムパーティーでも作れたというのに。


 ・・・・・・いや、そんな事よりもここへ来たのは昼食をとるためだった。


 そう思い、手に持っている紙袋からサンドイッチを取り出して一口頬張った。そういえば食事をするたびに思い出すのは「頭がないのに食事はできるんですか?」という愚かな質問だ。大体の人間は私の食事風景を見ると頻繁に聞いてくる。


 勿論俺だってそう思っている、だが、頭がないのだからといって食べ物を食べられないわけではないし、こうして食事はできているし、味覚も感じている。


 先ほども述べたのかもしれないが、俺の頭部は確かにそこにあるのだが、認識や存在が曖昧なものなのだ。

 あと、食べたものは透けて見えるとかはない、もしもそんな気持ちの悪いやつだったなら俺はこんな外で昼食を取るわけがない。


 一度、鏡を見ながら食事をしたことがあったが、空中で食べ物が徐々に消えていく様がマジックのようで面白かったのを覚えている。

 そして、それは俺だけではなく他人からもそう見えているようで、巷ではそれを見るのが好きだという奴もいて、時折、面白がって俺を見に来るやつもいた。


 そうして、異世界にやってきたというのに、自己嫌悪と独り言ばかりの、変わり映えのない普通に快適で平穏な生活を始めて半年が経とうとしている。

 しかし、わずかではあるが「異世界ドリーム」というものが心に残っており、こうして目の前に現れた男女の冒険者らしき奴らを「俺もああなりたかったものだと」憎しみを込めた目で見つめていると、彼らは唐突に抱き合った。


 まるでドラマのワンシーンかと思えるその光景にすさまじい嫌悪感と鳥肌が襲い掛かってきた。

 けしからん、俺がもし漫画家や小説家でちょっとした物語を描く事があるならば絶対にこんな描写はしない・・・・・・絶対にだっ。


 なぜなら、こういうやつらが平然と行うロマンティックラブの類は、実際見てみると寒気がするほど気持ちの悪い光景だった事を覚えているからだ。

 事実は小説よりも奇なり。つまり、現実の世界が奇妙だという事は、小説やら空想の世界というものは平穏で安らかなものではなくてはならない、という証明であると考えている。


 せっかくの創作物を、現実世界と似通ったモノにするべきではないというのが、俺の見解だ。異世界であるにもかかわらず、ただの発情した同族のオスとメスを見るというのは気分が悪い。

 だが、決して欲望にまみれたものを否定しているわけではない、好きなようにやってくれてもかまわない。ただ、あの様に同族同士で交わるというのはこの世界においてあまりに狭い。

 

「ねぇ、お兄さん」


 顔がない俺の気持ちも考えてほしいものだクソ野郎ども、正義だなんだの言って、悪と見立てた者たちを滅ぼしに行くのはいいが、最終的に人間のオスとメスが交わって終わってしまう様なのは、俺がいるこの世界には必要ないぞ。

 そんなものは大ヒット創作物の続編を作るための布石だけで十分だ、こんな末端がすべきものじゃないというのが分からないのだろうか?


「ねぇねぇお兄さん、聞いてるのっ?」


 そもそもだ、せっかく異世界に来たのだから同類とイチャコラするのではなく全く違った生物との関係を持つべきだろう。

 その方が夢があって素晴らしいじゃないか、俺ならヘビ女とかクモ女とか、あぁフクロウ女ってのも最高じゃないか、あとは海鮮系もいいかもしれないなぁ、まぁ、この世界にそんな奴らがいるかはわからんがな。


「ちょっと聞いてるのって聞いてるのっ、お兄さんっ」

「・・・・・・」


 俺が妄想に浸っている中、突如として服の裾を引っ張る何者かに怒鳴られている。俺はそんな奴に目を向けてみると、そこにはまるで天使のような幼女がいた。

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