第18話 第二十夜 修羅場

 

 その夜も輝は侍従長直々に体調不良を理由に自室に籠るよう言い渡された。


 なんでわざわざ言いに来るかなー。


 侍従長の念の入れようにムカつくが三日目にもなるといい加減慣れてきて輝はふてくされながらも眠りについた。


 夜中に人の話し声で目が覚めた。いや、もっと騒がしい、言い争うような声だ。


 うるさい…

 今日こそは眠れると思ったのに。


‟カイラ様、お待ちください!”


‟気をお静めになって”


‟放して!放しなさい!あの女の部屋に行くのよ!”


 ヒステリックな女の声とそれをなだめる声が近づいてくる。


 何?


 ボーっとした頭で起き上がり様子を見るために扉に近づくとバン!と部屋の扉が開いた。

 薄絹をまとった若い女が般若の様な形相でこちらを睨んで立っている。昼に庭で見た女だ。


“お前!奴隷の分際で!許さない”


 と言うなり輝の方へ走り寄ってきて大きく手を振り上げた。まだ寝ぼけた頭でのっそりと立っていた輝はその平手をまともに顔にくらっただけでなくそのままバランスを崩して倒れた。

 がつん! という衝撃を頭に感じる。倒れた拍子に頭をベッドの角にぶつけたのだ。

 痛い、と思うと同時に目が覚めたが状況がわからない。

 生暖かいものが頬に垂れてきたので手で拭うと、


 やだ、血?


 手についた赤い液体を見て気が遠くなりかける。

 自慢じゃないが血は苦手だ。


 ”アキーラ様!”


 女を追ってきた侍女が慌てて輝に駆け寄る。


 ‟お前ごときがザキーラの何を許さぬというのだ”


 その時、低い声がした。


 ”お、王!”


 怒鳴り込んできた女は驚愕に立ち尽くし、侍女侍従たちが平伏する。輝はベッドサイドで倒れた体を起こして声のする方を見上げた。

 輝の部屋の入り口にはシャフリールが眉間にしわを寄せて立っている。先ほどのカイラの怒鳴り声が聞こえたのだろう。


 あ、王様、ひさしぶり。


 シャフリールが伴ってきた侍従が明かりを持って入ってきたので部屋の中が一気に明るくなる。


‟ザキーラ!”


 輝を見てシャフリールが顔色を変えてこちらに駈け寄ってくる。輝の傍に片膝をつくと輝を支えていた侍女から奪うように輝を抱きしめる。


‟王様、どうしてここに?”


‟湯あみをしてきたのだ。お前、昨日我についていた匂いを厭うたであろう”


 あたしそんなこと言ってないのになんでわかるのよ。


 久しぶりに見た顔が情けない表情をしている。なんだか笑いたいような泣きたいような変な気分になった。

 シャフリールが後ろを振り向かずに命令する。


‟その女を連れて行け!投獄したのち極刑にしてくれる”


“ひ!”


 とカイラが声にならない悲鳴を上げる。侍従たちに両手を掴まれて部屋から連れ出されようとしていたが、それを振り払ってシャフリヤールに走り寄りしがみつく。


‟王よ、お許しくださいませ。私は悲しかったのです。私をお抱きになりながらも私に触れるの厭うておられるのがわかったから。事が済めばすぐに部屋を出され、その時に王がその奴隷女の名を呼ぶのが聞こえて、悔しかったのです。わ、私の方がその女よりずっと…”


 その手を乱暴に振り払ってシャフリヤールは冷たく言い捨てる。


“さっさと連れて行け!”


 泣きながら訴える女の声が悲しく輝の心に突き刺さった。だがシャフリールの心には響いていないのだろうか。


‟王様、だめです。殺しちゃダメ”


 輝はシャフリヤールにしがみつく。


‟ザキーラ”


‟お願い、殺さないで。許して”


 王様のために殺しちゃダメ。王様は優しい人なんだから。


‟…その女を追い出せ。二度と我の前に姿を見せるな”


 そう言うとシャフリールは輝を抱きしめた。


 あー何この修羅場。恋愛初心者のあたしがこんなことに巻き込まれるなんてドラマ見たい。

 あ、だめだ、意識が…


 暗転。



 気が付くともう外は明るくなりかけていた。頭に布が当てられていて触ると痛いが大したことはないようだ。

 そして。


 ここは王様の部屋?いつもと違う部屋だ。


 輝のベッドの四倍くらいはありそうなベッドに横になっていた。傍にぬくもりを感じ顔を向けるとシャフリヤールが輝を抱え込むようにして眠っていた。他人を威圧する強い光を持つ瞳が今は閉じられていて、そも穏やかな寝顔に泣きたくなった。たくましい胸に顔を摺り寄せると微かな香りがした。


 いつもの王様の匂い。


『湯あみをしてきたのだ。お前、昨日我についていた匂いを厭うたであろう』


 シャフリヤールの言葉を思い出し涙があふれてきた。

 自分の気持ちに気が付いてしまった。


 あたしは王様が好き。


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