第5話 第二夜 シンドバッドと海賊


 

‟起きなさい”


 肩を揺すられ、輝は目を開けた。もう夕暮れのようだ。

 昨日の女が輝をあきれ顔で見下ろしている。

 昨夜はほぼ徹夜だったとはいえ死ぬほど緊張していたのに、この状況下でこれだけ眠れるなんて自分でも驚く。


 意外とメンタル強かったんだ、あたしって。


 また浴室に連れていかれ入念に体を洗われ、またピラピラしたガウンの様な服を着せられる。


 ‟今宵も王のもとに置く前にシェヘラザード様のもとに行く”


 昨日と同じ女が先導した。

 もちろんシェヘラザードが話をしてくれるなら輝には願ったりかなったりだ。


 だって、持ちネタないもんね。


 部屋に入るとシェヘラザードが手招きする。彼女は更にやつれていた。お腹はまだ大きい。


 赤ちゃん、まだ生まれてないんだ。


‟無事に夜のお勤めを果たしたようでよかった。昨夜はすまなかったね”


“いえ、昨日はお話の続きをなんとか付け足して…”


“ほう?お前が?どんな話にしたの?”


 シェヘラザードが興味深そうに尋ねてくるので、輝は昨日の話を語って聞かせた。

 シェヘラザードはころころと楽しそうに笑うと、


‟それは面白い。では、私がお前に教えようと思っていた話を聞かせよう”


 彼女は輝にアリババの話を聞かせた。


“ああ、これがアリババと四十人の盗賊の話ですか”


 それにシェヘラザードが首を傾げ


 ”お前、聞いたことがあるの?”


 ‟いえいえ、タイトルだけ”


 それに少し不思議そうな顔をするが


 ‟今宵はどうする?お前に別の話を聞かせてもよいが”


 ‟ぜひお願いします!”


 じゃないと明日の朝はあたし、死んじゃう!


 そうしてシェヘラザードはある船乗りの話を始めた。


“若い男の名前はシンドバッド。彼は仲間の船乗りと共に船で大きな海に旅に出ました。ところがしばらくしてから船が転覆してしまいます。みんな海に投げ出されてしまいました。シンドバッドは何とか板切れにつかまり助かりました。そして知らない島にたどり着きました、う、うう!”


 ここまで話してシェヘラザードはお腹を押さえて呻きだしました。


‟お姉さま!”

‟お妃さま!”


 傍に控えていた女たちは慌ててシェヘラザードに駆け寄る。


 マジ…?


 輝はまた部屋の外へ引きずり出され、そのまま王の部屋へと連れていかれた。


 シンドバッド。

 名前しか知らない。

 海賊?だっけ…?

 失敗した。さっさと話しを聞いとくべきだった。あたしのくだらない話なんか聞かせてる場合じゃなかった。


 王の部屋に入ると昨日と全く同じようにベッドに導かれた。


 ‟ザキーラ、今宵はどのような話を聞かせる?”


 鋭い視線の中に少しだけキラキラした少年の様な輝きを見せてシャフリヤール王は輝を見据えた。


 え、期待されてる?これはこれで困るんだけど。


 えーっとシンドバッド、船乗りで海賊。


‟ある所にシンドバッドという名前の若者がいました…”


 シェヘラザードが話してくれたところまでくると輝は止まってしまった。

 王はじーっと輝を見つめて待っている。なにしろまだ触りの部分で物語は始まっていないも同じ。


‟…シンドバッドはある島で海賊に出会います。海賊の頭はとても強くて男前でいい人でしたのでシンドバッドは自分を子分にしてくれと頼みこみます。頭は初めはだめだと言いますがシンドバッドはあきらめません。彼は頭の船の修理を手伝ったり船の掃除をしたりしていました”


 よしよし良い感じに繋がってきた。


 ‟ある日、ル、いやシンドバッドは頭の部屋にある果物の実を見つけて、つい食べてしまいました。これはとても不思議な実で食べたル、シンドバッドの体はびよーんとどこまでも伸びるようになったのです"


“食べると体が伸びる実?”


“そうです!ちょっと気持ち悪いけど、高いところから落ちそうになった時や刀で切られそうな時にとても便利なんです”


‟…そうか?”


“でも、そのせいでシンドバッドは泳げなくなってしまいます”


‟体が伸びても船乗りなのに泳げないのは困るだろう”


“そうなんですよねー”


 そして輝はポンと手を打つ。


 思い出した、あるエピソード。


“あ、そうだ。それで、それなのにシンドバッドは、ある日別の盗賊たちと喧嘩をして海に落とされてしまいます”


“早速だめではないか”


 シャフリヤールはそれ見たことか、と言うように身を乗り出す。


“泳げない上にサメに食べられそうになったシンドバッドを救ったのは海賊の頭でした。代わりに彼の腕はサメにかじり取られてしまいます”


‟…”


‟そんなこんなで頭はとうとうシンドバッドを一緒に船に連れていくことにしました”


 輝はある長編人気アニメを思い出していた。


 ああ、もうエピソード多すぎて、初めの頃のははっきり思い出せない。


‟船を旅しながら宝探しをしていたシンドバッドと海賊の頭はあるところで賞金稼ぎの男と出会い仲間になります”


“頭だの男だの、名前はないのか”


‟賞金稼ぎの男の名前は、、、なんだっけ、ゴ、ゴロウです。彼はすごく強いんですよ”


“賞金稼ぎとは海賊を捕まえるんじゃないのか”


“そうですね”


“それなのに仲間になったのか”


‟そこがいいところなんですよ。自分の仕事を捨てて海賊の仲間になる”



 輝はパンと手を打ち、そのあと人差し指をビ!とたてる。


 ‟…お前”


 シャフリヤールの目が細くなり低音の声がさらに低くなる。


 ‟話を適当に作ってるな”


 ドキッとし、冷や汗がタラりと背中を伝う。


 ‟ほ、ほんとに仲間になるんですって”



 シャフリヤールの目が剣呑なものになる。


‟すすすすみません。この話本当はよく覚えてなくて。本当はすごく長い話なんです。でもエピソードが多すぎてみんなあいまいで順番もごちゃごちゃで”


 輝は土下座をする。ふかふかのベッドの上だから土下座とは言わないかもしれないが、気持ちの問題だ。


‟話が続かないなら、本来の役目をしてもらおうか”


 おそるおそる顔を上げると近くにシャフリヤールがにじり寄ってきた。


“!”


 怖い怖い怖い


 腕を掴まれ体を引き寄せられた瞬間


 ”ヤダ…助けて…”


おじーちゃん、と泣きながら口にしていた。


 ‟お爺ちゃん?”


 自分を捕まえていた手の力が緩む。


 ‟王である我の夜伽に来て助けを求めるなど無礼千万だが、助けを求める相手が祖父なのか。父親か母親ではないのか”


 え、そこ?


 涙目でシャフリヤールを見上げる。

 

 いや、単純にこの状況に陥ってるのは章一郎の所為だという思いが強いのだが。


‟お前に両親はいないのか”


“います。でも私はそんなに可愛がられてないから”


と答えると、まあ奴隷として売られるくらいだからな、と納得したようにつぶやかれた。


いや、売られてないから。


“祖父は違うのか”


‟お爺ちゃんだけが私とちゃんと話をしてくれる”


 そう答えながらなんとなく自分の言葉に傷ついた。


“そう、か”


 気抜けしたようにシャフリヤールは輝の手を放しごろんとあお向けになって目を閉じた。


‟もうよい。昨夜は寝なかったから今日は疲れた。お前も寝ろ”


 突然解放されて、輝はほっとしたのと同時に気が抜けてしばらく放心状態だった。

ぼーっとシャフリヤールを見ていると規則的な寝息が聞こえてきた。本格的に寝てしまったらしい。


 輝はおそるおそる大きなベッドの隅に行き縮こまって丸くなり掛布を被り目を瞑った。


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