2話 歌と声(4/8)

この一週間、私達は暇さえあれば歌の練習をしていたけれど、新作お菓子のレビュー動画も三本は撮っていた。

ラムネと、飴と、ガム。

ラムネと飴は良かったんだけどねー。

ぶどう味のラムネは爽やかいい香りだったし、飴は色とりどりの宝石みたいになってて、見た目もすっごく可愛かった。でも、ガムはハズレだったんだよね……。味が。

なんて言えばいいんだろう。

雑草みたいな味で? パパイヤみたいな香りで……妙に後味が苦いの。

どうしても食べきれなくて、お父さんにあげたんだよね。

……お父さん、味音痴なのかなぁ。

それとも、娘にお菓子をもらえるのが嬉しいだけ……??

何をあげても「おいしいよ」って食べてくれるから、ちょっと怖い。

ほんとに? ほんとに美味しい?? って聞きたくなってしまう。

あげといて「それまずいはずなのに」って言うわけにもいかないし、微妙にモヤモヤしちゃうんだよね……。

「今度お母さんに聞いてみようかなぁ。お父さんって味音痴なの? って」

私の言葉に、机の上を拭いて真っ白なお皿を並べ終わったミモザが微妙な顔で振り返る。

「アキちゃん、それはやめた方が良くない……?」

「なんで?」

お父さんに直接聞くよりは良い気がするけど……。

「まるで、お母さんの料理にケチをつけてるような風に……聞こえないかなぁ……?」

「あー……。言われてみればそうかも……」

「私の家はお父さんもお母さんも料理をするけど、アキちゃんのとこは全部お母さんが作るんでしょう?」

「うん。というか、ミモザのとこはパパさんも作るんだ? すごいねっ」

「すごいというか……。共働きの家庭では普通じゃないかな」

言われてなるほどと思う。

共働きかぁー。

うちはチビ達がまだ小さいからーって思ってたけど、あの双子も今年から小学校に入ったわけだし、うちのお母さんもそのうち働いたりするようになるのかなぁ?

ミモザも簡単な料理なら作るって言ってるし、私も料理の一つ二つはできた方がいいんだろうか。


「アキちゃん? 用意できたよ?」

ミモザが首を小さく傾げて私を覗き込む。

長い髪がふわりとミモザの顔の周りを包んで、その仕草はあざとかわいい。

「ミモザは今日も可愛いなぁーっ」

「?? あ、ありがとう……」

その戸惑ってるとこも、ちょっと照れてるけど嬉しそうなとこも、また可愛いんだよねぇ。


「じゃあ録画するよー。いい?」

ミモザがこくんと頷くのを確認して、私はスマホの録画ボタンを押した。

「録画スタートっ」


アキ「皆さんこんにちはー」

ミモザ「こんにちは、A4U(エースフォーユー)です」

アキ「今回は、こちらの冬季限定チョコを実食しまーすっ」

ミモザ「冬季限定チョコ、心踊るよね」

アキ「ねっ! 限定って響きがいいんだよねーっ!! 冬季限定チョコ自体は今月の頭から少しずつ出てたんだけどね」

ミモザ「うん、去年と同じ商品がね」

アキ「いよいよ肌寒くなってきて、チョコ食べたくなってきたーってとこで、これが新発売だったので、買っちゃいました!!」

ミモザ「メーカーはへスレさんですねー。発売日は昨日でした。これはコンビニ限定じゃないのでスーパーとかにも置いてありそうですね」

アキ「ここってチョコ以外のお菓子はほとんど出してないよね」

ミモザ「メインは飲料なんじゃないかな? コーヒーで有名なブランドだよね。パッケージに散らされてる雪の結晶がキラキラしてて、冬季限定な感じで可愛い」

アキ「箱開けてみまーす。ペリペリペリ……。中は一個ずつ個包装になってるね」

ミモザ「お皿に出してみますねー」

ミモザが手早く個装を開けて白いお皿にチョコを二つ並べる。

アキ「おおー。いい香りするーっ」

ミモザ「うん、チョコの甘い香りに、ほんのりナッツの香ばしい香りもするね」

アキ「形はみんな同じかなー」

ミモザ「ドーム形で……ナッツをイメージしてるのかな? いくつか細い筋がついてるね」

アキ「食べてみますねーっ。いただきまーすっ、あむっ」

ミモザ「実食しまーす。ぱくっ」


アキ「うーん、とろけるーー!」

ミモザ「冬季限定のなめらかさだね。暑いと溶けちゃうやつ」

アキ「だねー。あ。中からニュルッとしたのが出てきた」

ミモザ「プラリネだね」

アキ「プラナリア?」

ミモザ「違う違う。えっと、プラリネって言葉にはいくつか意味があるんだけど、この場合はナッツ類にキャラメルを加えてペースト状にしたものや、それが中に入ってるチョコの事だね。ほらこれ」

ミモザは私にパッケージに書かれた『アーモンドプラリネ』という字を指し示す。

アキ「……プラリネ……。じゃあ、プラナリアって何だっけ……?」

ミモザ「それは切っても切っても死なずに増える、にょろっとした生き物だよ」

アキ「ニョロッ……」

ミモザ「……うん」

アキ「ニュルッ……」

ミモザ「アキちゃん、プラナリアに寄せるのやめてね? プラリネチョコ食べづらくなっちゃうよぅ……」

アキ「もう一個食べていい?」

ミモザ「どうぞどうぞ。パッケージには『秘伝のダブルロースト製法』『未だかつてない香りのアーモンドプラリネチョコレート』『冬だけの口溶け』『極上の一粒』と書かれてますねー」

アキ「うん、これは止まらなくなる」

ミモザ「中のプラリネが本当にいい香りだよねぇ。こんがり香ばしいアーモンドとキャラメルがたまらない……」

アキ「チョコがビターで甘すぎないから、どんどん次が欲しくなっちゃうよねっ」

ミモザ「ちょっとアキちゃんっ、私の分も残しといてね?」

アキ「大丈夫大丈夫……っ、て、あれ? ごめんっ。もう二個しかない……」

ミモザ「七個入りだから、二個あればいいよ」

アキ「えー、そっか、七個入りなんだねー。このくらいの量だと、一人で食べてももうちょっと食べたかったなーってなるよね」

ミモザ「そのくらいが良いんじゃないかな。次も買いたくなるでしょ?」

アキ「うーっっ。また買いたくなるーっっ!!」


ミモザが楽しそうに笑いながら、また買って一緒に食べようと言ってくれる。

ここ一週間ずっと歌の練習を頑張っていたからか、歌声のファイルを送り終わってホッとした後の、ミモザとおしゃべりしながら食べるチョコは最高に美味しかった。

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