1話 秋空と坂道(5/6)

「えっえっ、ちょっと待ってえぇぇっ、もっ、もしこれで、有名になっちゃったらどうするのぅぅ!?」

あー、なるほど。今度はそっちの心配か。

「有名になったら、私は嬉しいよ? むしろ、有名になれるチャンスだよっ!」

「ぇぇぇ、私はあんまり……その……有名にはなりたくないよぅ……」

しなしなとしおれるミモザ。

「どうして?」

私は、答えを何となく予想しながらも、確かめるために尋ねた。

「だ、だって、あんまり目立つといいことないよ……。嫌がらせとか、あるかも知れないよ……?」

ミモザがこういう心配をするのには理由がある。

ミモザは私と出会うまで、クラスの女子にイジメられていたらしい。

理由は『いじめっ子女子が片想いしてる男子がミモザをクラスで一番可愛いと言ったから』という勝手な逆恨みで、イジメに暴力とかはなかったらしいけど、いじめっ子はクラスのリーダー的女子だったためにクラスの女子全員から無視されたりとミモザには相当辛かった時期があるらしいんだよね。

だから、ミモザはできるだけ目立ちたくないんだろうなあ……。

私は、こんなに可愛いミモザをもっと色んな人に知ってほしいなって思っちゃうんだけど。

「それは動画投稿始める時にも約束したように、変なメールとかコメントは私が消しちゃうから。ミモザは心配しないでいいよ」

「そうだけど……。今よりもっとずっと有名になっちゃったら、直接届けられないアンチコメントも目に入るようになっちゃうんじゃないかな……」

「うーん。それはないとは言えないけど……。とりあえず、エゴサ禁止で何とかならないかな」

「エゴサーチなんて今も怖くてできないよぅっ」

そんなものかなぁ? 私は誰か一人でも私たちの事話してないかなーって、暇さえあれば自分の名前とかA4Uで検索しちゃってるんだけど……。

まあ、ヒットするのは自分の記事ばっかりなんだけどね。

「……じゃあ私も聞いていい?」

ミモザがふっと私を見る。

「うん。何でも聞いて」

「アキちゃんはなんで有名になりたいの?」

あっ。それかぁ……。

私はウロウロと視線を彷徨わせてから、窓の外を見ながら口を開く。

「……有名になったら……天国のおばあちゃんにも、私が頑張ってるって事が伝わるかなぁって……」

「待って、アキちゃん? アキちゃんのおばあちゃんって、お二人ともお元気じゃなかった?」

「うぐっ」

「もぉぉ……。真面目に聞いてるのにぃ……」

「ごめんごめん。ミモザ、ごめんって」

しおしおのミモザがさらにしおれてしまいそうなところを慌てて支えて、私は正直に話す。

「だって私にはそんな、これといった理由なんてないんだもん」

「何もないのに有名になりたいもの……?」

「うーん。あえて言うなら、何もないから有名になりたいのかも……?」

「?」

私は、窓のところまで行くと『勝手知ったるミモザの部屋』の窓ロックを外して開け放つ。

こういう煮詰まってきた空気は、入れ替えてしまうに限る。

「私には、有名になりたくない理由が何にもないもの。自分の事、皆に知ってもらえたら嬉しくない? 好きだっていっぱい言ってもらえたら、最高な気持ちにならない?」

窓からは、気持ちいい秋風が入ってくる。

外はもう夕暮れだ。秋はあっという間に日が落ちてしまう。

私は夕日に手を翳すと、その赤い光を握りしめる。

「私とミモザをもっとたくさんの人に知ってほしい、見てほしいって思うし、もっともっとたくさんの人に私達を見て楽しい気持ちになってほしいと思う」

ミモザを振り返れば、私をじっと見つめている。

「私の好きをいっぱい届けて、皆からも好きをいっぱいもらえたら、皆ハッピーじゃない?」

ニッコリ笑って言えば、ミモザも困った形の眉のままで笑った。

「……つまり、アキちゃんは欲張りなんだね」

「そんな風に纏める!? 今イイ話っぽくなかった!?」

「イイ話っぽかった」

「えっ……。ぽかっただけ……?」

私が焦りを浮かべれば、落ち着きを取り戻したミモザが笑う。

「ふふ。その欲張りは悪い事じゃないよ。アキちゃんのいいところだよ」

そ、そうなのかなぁ……?

「前にアキちゃんに『一番好きなお菓子は?』って聞いた時も、アキちゃん全然ひとつに絞れなかったもんね」

「えっ。だって、飴があってグミがあってチョコがあってガムとかラムネとかクッキーとかビスケットとか色々あるから人生が楽しいんじゃない」

「そうやって、全部好きって堂々と言えちゃうとこが、アキちゃんらしいとこだと思うよ」

ふわりと微笑んだミモザに、肝心の部分を尋ねる。

「空さんにOKのお返事送っていい?」

「い……。いい、けどぅ……」

私は、書き終えていたDMの送信ボタンをすかさずタップする。

「……でもやっぱりもう少し考えてからの方が……」

「送信完了っと♪」

「えっ、もう!? アキちゃん行動が早すぎるよぅぅぅ」

私は窓を閉めてロックをかけるとカーテンも閉めた。

「ほらもう外真っ暗になっちゃうよ。私お腹ペコペコだよー。300人記念の新作グミ早く2つ開けしようよっ」

想像したら途端にお腹がやる気になってしまったのか『くるるきゅー』と鳴る。

不安そうな顔をしていたミモザがプハッとふきだして「もー。アキちゃんのお腹可愛すぎるよぅ」と笑った。

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