第三話




 フィーリンは赤ん坊を育てる為に街へ降りるようになったが、育児本やミルクを手に入れるにはお金が必要だった。


 元々野草などから薬を作るのが得意で、それを売るようになり、よく効くと評判になっていった。











(大人と同じ物を口にできないなんて、本当に面倒臭い)






 捨てた親に負けないようにと、ヴィンセントと名付けてやった赤ん坊が来て、はや6ヶ月。


 ぱらりと育児本をめくると、離乳食とやらに移行する時期のようだ。



「やっと固形物を食べるのね、ヴィンセント」


「あうっ」





 夜泣きはほとんどないし、好き嫌いもせずスプーンに乗ったペースト状の食べ物を、もごもごと口にしている。





 目が合うたび、ニコニコと愛想を振り撒く赤ん坊に、頬が緩むのを耐える日々だった。















 ヴィンセントの背がフィーリンの腰あたりまで伸びた頃、棘のある薬草でフィーリンの手が傷だらけになった。



「母様、大丈夫?」



 眉尻を下げながら見上げてくる子に、手を取られる。


 フィーリンはしゃがんで目線を合わせてやった。



「これくらい、いつものことだわ。平気よ」





 ヴィンセントが、握った手にキュッと力を入れると、淡い光が包み込む。


 次第に傷は跡形もなく消えた。



「僕、母様を、治してあげたくて。でも、こんな、何が起きたの?」


「治してくれてありがとう。だけど、人前では使ってはいけない力だわ」




(聖力を使えるなんて...どこかの貴族の婚外子なのかしら)



 内心瞠目していたが、初めて発現した自らの力に混乱するヴィンセントを前に、冷静さを装う。


 フィーリンの真剣な眼差しに、ヴィンセントは首を縦に振った。











 街で力を使うことは無かったが、フィーリンが怪我をすれば惜しみなく聖力を使うヴィンセントを、複雑な心境で見つめる。




 月日が経つのは早く、彼は16歳の美青年に育っていた。



 この国では珍しい黒髪と黒い瞳は、どこかアタシアを思い起こさせる。



(この見た目で聖力まで使えるなんて知られたら、どうなるか)




 良くしてくれた人が、魔力を使えると知って、掌を返し、石を投げてきたことを思い出す。



 魔力に人を癒す力が無いということはあまり知られていない為、庶民が操る怪しい力を見たら、魔力だと思い込むのが普通だ。


 たとえそれが聖力だとしても。






 だがここは、外れにあるとはいえ、王都近くの街。


 博識な人間は存在したらしい。




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