実況26 負けたくない(解説:LUNA)

 落ち着け。

 HARUTOハルトがやられた。切り札が潰された。数的不利。

 詰み要素全部のせ。

 そんな経験、別ゲームで何度もしてきた。

 

★★★★★★★

【1ターンスケジュール】

HARUTO(石化)

LUNA      戦う

GOU      消える魔弓(★1)

KAI        戦う

MALIA     ガイア・ファランクス(★6)

 

 MALIAマリアが跪いて浮遊岩に手を付く。

 次瞬、足場の表面が激しく脈動して、ハリネズミのように無数の岩槍を突き出した。それは浮遊岩から別の浮遊岩へと突き刺さり、際限無く地走りの連鎖を繰り返す。

 土行魔法のトリガーアクション“接地”とは、術者の肉体との接触による、土属性物質の“掌握”あるいは“支配”を意味する。

 操作している岩が、別の岩に突き刺さる事も、また接地なんだ。

 例えるなら、電気回路のように、どこまでも延びていく。

 MALIAマリアの脳反応と等速で走った岩の槍は、この瞬間手を繋いだままだった魔術師A&鉤爪女の足元から襲い掛かった。

 鉤爪女が魔術師Aを抱き寄せ、凄まじい跳躍力でこれを逃れる。

 けれど。

 着地の瞬間、GOUゴウの見えざる矢が彼女らを直撃した。

 魔術師Aが、彼女に取られた手首を遺して粗挽き肉となった。

 女は、こちらを憎々しげに睨み付けてから、恋人の手首をそっと置いて、跳び立つ。

 向こうの事情はさておき、状況は悪くない。

 魔術師Aが死んだ事で無詠唱即死戦略級光魔法エンド・オブ・アースと★潰しスキルは葬り去れた。

 弩使いを始末した事で、あの石化散弾も封じた。

 そして、次は。

 宙を翻った鉤爪女が、ショーテルを持つ女剣士の側に着地。

 やっぱり、恋人繋ぎで手を握り合って。

【果て無きあの空を、貴女アナタと……】

 二人連れ立ち、重力から解き放たれたかのように、物凄い勢いで飛翔した。

 いや、実際にあの二人は、縦横無尽に私達の頭上を旋回している。

 人間が、自由飛行している!

 私が、あっ、と吐息をひとつ漏らした僅かな時間。

 彼女達は空中で分離すると、GOUゴウを挟み込むように着地。

貴女は私の鏡アナタはワタシの鏡……】

 双方、演舞のように鏡合わせな太刀筋を描き、GOUゴウを不沈だった筈のゴーレムごと滅多斬り。

 血の散華と共に、彼は前のめりに倒れ絶命した。

 

★★★★★★★

【1ターンスケジュール】

HARUTO(石化)

LUNA       死の息吹(★4)

GOU(死亡)

KAI       戦う

MALIA     ミニコメット(★3)

 

 私はMALIAマリアの側に躍り出て、彼女が先程のガイア・ファランクスで砕いた石ころを拾い上げた。

 それを超音速の気弾に変えて、魔術師B目掛け放つ。

 這うように水平ベクトルに飛ぶ、私の“天”の魔法。

 降り立つように放物線を描き、奴の頭上へ襲い掛かる、彼女の“地”の魔法。

 皮肉な光景だが、私達の“天地”の連携からは逃げられない筈だ。

 そして。

 魔術師Bは、自分から虚空に身を投げ出した。

 最前まで彼のいた位置に、私の気弾が空を切り、MALIAマリアの小型隕石が無為に足場に食い込んだ。

 あの男は……飛び降り自殺、では無いだろう。

 それこそ鳥のように飛行していた、女同士のつがいが、魔術師Bと言うの手を取った。 

 三人、手を取り合ったあいつらは。

【パラダイス・ロスト】

 女二人から、魔力のイメージだろうか、青白い光が男へと送り込まれて。

 無数の浮遊岩で遮られた天空を、眩く照らした。

 ーー私は、寸前で別の浮遊岩に跳び移れたが、

 接地の為に跪いていたMALIAマリアは……間に合わなかった。

 極太の光学的エネルギーが、質量ある柱のように堕ちて来て、私が居たーーMALIAマリアの居る浮遊岩を存在の根幹から蒸発させた。

 

 気付けば、KAIカイが私の側に来ていた。

 もう、生き残った仲間は、この男だけになった。

「……潮時だ。無駄に痛い思いをするのはごめんだぞ」

 こんな時まで、無責任に言い放つ。

「降参しちまおう」

 あの男の顔には、脂汗の玉がいくつも浮いている。

 私だって同じだし、今にも心臓が破れそうだ。

 アルス・マグナの副作用。

 効果を切らない限り、常に全力疾走相当の消耗を強いられる。

 けど。

 私は。

 ★を使い切ったばかりであろう、三人組のカップルを見上げる。

「残念だが、お前と奴らでは、このゲームでの年季が違いすぎる。おれから見ても、健闘したほうだ」

 いや、

 いやだ。

「負けたって、失うモンはない」

 そうだよね。

 死んだってデスペナルティらしいデスペナルティもない、強いて言えば死ぬほど痛い思いをするのと……スポーツとかで負けたような悔しさがあるくらい。

 降参すれば、それ以上の交戦をしたらダメだと決まってるので、その痛い思いさえしなくて済む。

 そんな、プレイヤーに優しい典型的なJRPGの世界なんだから。

 けど、私はーー。

 

 分かっている。

 どれだけ嘘が上手くたって、立ち回りが器用だって、気持ちを誤魔化したって、浮気なんてすぐに見破られてしまうシステムを相手に、

 あの人達五人は、あの関係を、ロマンスの在り方を、運営AIに認めさせたんだ。

 この五十年余りで、性の多様性の理解は急速に進んだらしい。

 それでも、複数性愛ポリアモリーへの理解はまだまだ難航していると言う。

 勝手な想像だけど、あの五人、きっと凄く悩んだのではないかって思う。

 世間からは浮気や乱交の口実だと、好き放題言われながら。

 まして、このポリアモリーを隠れ蓑にした下衆野郎が実際に相当数居ると言う“事実”が、彼らの“真実”を闇に葬ってしまうのだとしたら。

 酷い話だと、思うよ。

 私は、私と“彼”は、スキル目当てで、この関係になった。

 彼を愛しているか、と訊かれても、多分“否”の方が優勢だと思う。

 そんな私なんかが、一生懸命であろう人達に、決して言っちゃいけない事。

 分かっているよ。

 でも、私は、

 

「わたし、どの戦いに負けても……あの人達には、負けたくない……」

 

 気付けば私は、KAIカイにすがり付いていた。

 私、誰に、何言ってるのか、分かっているのだろうか?

 よりにもよってーー、

 

「お願い、助けて、わたし、負けたくない……!」 

「ーー」

 絶句と沈黙。

 けれど、そんな悠長な時間は無い。

 頭の中は乱れに乱れているけど、肌ではウロボロス達のクールタイムを正確に計っているつもりだ。

 もう、数秒と猶予はない。

 そして。

 KAIカイは、私を乱暴にはね除けた。

「ええい、離せ甘ったれが!」

 そして、あの男は。

 愛用の大剣を、真っ直ぐ正眼に構えて。

「さっさと立て。そして、今からおれがどう動こうと、」

 

「完璧に合わせろ。凡ミスのひとつも許さん」

 

 空から見下ろす三つの視線を、真っ直ぐに睨み返した。

 この剣、近くで見ると、昔よりだいぶ痩せ細ったんだろうなって、こんな時に思った。

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