第2話 ドラセナ城




「さあっ、ここがドラセナ城ですわね!」


 翌日、私はシンプルな濃いグリーンのドレスをまとい、バスケットを抱えたまま一人、ドラセナ城の前に立っていた。

 執務官は、馬車で私を送ると言ってくれたが、丁重にお断りした。

 私の趣味のグッズを運ぶのに、馬車では小さすぎたからだ。それに転移魔術を使えばひとっとびだし。


 ただ、レ・ケーリョの森を見ておきたかったため、近くの村まで転移魔術を用いて、そこからは徒歩で森を抜けた。

 三十分くらい歩くだけで城に着いた。


「レ・ケーリョの森も噂に違わぬ辛気臭さでしたわね。死体の一つでもお見かけするかと覚悟していましたけど、一度も見かけなかったということは……幸先が良いってことですわね! やっぱり私ってば日頃の行いが良いから」


 さて、ドラセナ城だ。

 ほぼ廃城というか、人の手入れが全くなされていないような城だったが、屋根はあるので大丈夫だろう。

 中に入ってみると、ひんやりとした爽やかな風が吹き抜けた。

 埃っぽさはあるが、扉はきちんと閉まるし、壁も崩れていなければ天井も無事だ。

 最悪、雨ざらしも覚悟で、テントを持ってきていたのだが。


「全然住めますわね! ドラセナ城は三階建てで、部屋は数十室あると聞いていましたけど、ちょっと見てみましょうか」


 元々この城は、ドラセナ辺境伯が狩りをする際に居城としていたものらしい。

 最盛期は数十組の客が逗留とうりゅうし、ミニ社交界の様相を呈していたようだが、六十年ほど前から使われなくなったのだそうだ。


「六十年近く人が入っていないにしては、やけに綺麗すぎる気もしますけれど、どなたかがお掃除して下さったのかしら? こんなところで幽閉させてもらえるなんて、ラッキーですわね!」


 一階は主に客間とダンスホール、談話室に撞球室どうきゅうしつといった娯楽のための部屋が揃っていた。

 調度品はそのまま残っており、埃っぽいが、どれもまだまだ使えそうだ。

 二階に上がってみる。

 入口近くの小部屋は書斎、ちょっと行ったところにある奥まった部屋が寝室、その間にあるタイル張りの部屋が風呂場、お手洗いだろう。

 この様子だと、二階をメインにして暮らした方が良さそうだ。


「先程から窓も開けていないのに風が吹いていますけれど、とても風通しの良いお城ですのね! 湿気もありませんし、肺炎で死ぬコースは免れそうですわ~。さあ、三階はどうかしら?」


 階段を上がってみると、足元が絨毯からタイル張りに変化するのが分かった。

 チェス盤のような白黒のタイルで、廊下の突き当りにある扉もガラス張りだった。

 そこを押し開けると、素晴らしい光景が広がっていた。


「これは……植物園ですわね!」


 サンルームというのだろうか。

 今は曇りだから(というかレ・ケーリョの森はおおむね曇りだが)晴れやかな空が見える――というわけにはいかないが、ガラス張りの屋根から差し込む光が美しい。

 そしてその光を精一杯受け止めるように葉を広げた鉢植えの植物たちが、目の前にずらりと並んでいる。

 毒々しい花や実をつけているものもあるし、枯れかけたものもあった。

 いずれにせよその鉢の数は軽く百を超えており、個人の植物園としてはかなりの規模だった。

 ここもとても風通しがよく、窓を開けてもいないのに、葉がそよいでいた。心が安らぐ眺めだ。


「六十年、誰も水をやっていないのに、ここで成長していたのかしら……? すごい生命力ですわね。これなら私がお世話をしなくても大丈夫そうかしらっていうか大丈夫ですわよね!」


 自慢ではないが、私はおよそ植物というものを全て枯らす才能の持ち主だ。

 ミントでさえも、私の手にかかれば次の日にはしおしおになっている。これはちょっと納得いってない。

 ともあれ、下手に手を出して、せっかく元気にやっている植物をだめにしたくない。

 私はここを見なかったことにして扉を閉め、さっそく二階の部屋を整え始めた。


「うふふふふふ。王都の屋敷ではこそこそ眺めていたコレクションを、今、飾り立てるとき!」


 収納魔術でバスケットに格納していたコレクション――趣味の物たちを取り出して、床にずらりと並べる。

 私の趣味は骨董品蒐集こっとうひんしゅうしゅうだ。

 少し年寄りくさいかもしれないが、今は亡き育ての親が年寄りだったのだから仕方がない。


「ああっ、やっぱりこの壺は少し高い所に飾って眺めたほうがキラキラして見えますわ~! この東国の仮面も、こうしてずらりと並べることで統一感が出ますわね。ちょっぴり刺激的な図柄のタペストリーもこうして気兼ねなく飾れるから、幽閉生活ってサイコーですわね!?」


 ちょっぴり刺激的というのは、このタペストリーが東国の地獄を描き出しているからだ。

 半裸の男女が、ゴブリンのような生き物たちに追いかけまわされ、刺されたり拷問されたりしている図柄だ。

 カンバスに絵筆で描くのではなく、糸でこんな図柄を織り上げてしまう胆力もさることながら、大きさもすさまじい。

 今まではメイドや来客の目を気にして、壁に直接飾れなかったのだが、幽閉されている身では、何を飾ろうと文句を言うものは誰もいない。


「私が死んだあと、誰かがこの部屋に入ったら、王位継承権争いに敗れ、精神を病んだ末に死んだ、とか言われてしまうのでしょうねえ。手に取るように見えますわ~」


 だがまあ、それも私が死んだ後のことだ。

 王位継承権争いから降りた今、私を美術品か何かのように品評する者はもうない。少なくとも私が生きている間は。

 羽根が伸ばせるとはこういうことをいうのだろう。

 私は長い溜息を吐き、メイド曰く「禍々しい」とされるコレクションに囲まれる幸せを堪能した。

 頬をくすぐる冷たい風を感じながら。


「窓を開けてもいないのに風が吹き抜ける……素敵なお城ですわね、ドラセナ城というのは!」

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