心霊探偵同好会~消えた友達~

双瀬桔梗

消えた友達【前編】

 不気味なほど赤橙色に染まる、放課後の旧校舎。そこへ、白いセーラー服姿の女子生徒が、一人で入っていく。女子生徒が手に持っているのは緑色の細長いエナジードリンク缶と、紫色の缶ゼリー飲料だ。スカートのポケットの中には、折り畳んだ紙が一枚入っている。


 彼女は窓から差し込む夕日だけを頼りに薄暗い旧校舎の階段を上り、『心霊探偵同好会』と書かれた紙が扉に貼ってある教室の前に立つ。女子生徒はその教室の扉を少し開けると、中に缶を二つと紙を開いた状態で置く。

 そして、扉をしっかり閉めてから、その場を後にした。



 数分後。

 さっきとは違う女子生徒が教室の前にやってくる。彼女は憂いを帯びた瞳で、一枚の紙を扉に貼り付けると、足早に立ち去った。






『はじめまして。

 一年E組のくろみやとうです。

 神隠しにあった友達を救い出す手助けをお願いしたく、この手紙を書きました。

 わか小学校時代から仲の良い友達、はいかわユイカがある日、突然いなくなりました。

 行方不明になってから、もう二週間が経過しています。

 いくら先生達に話しても、ユイカちゃんを探してくれません。

 神隠しなんて有り得ないと言います。

 十日前には、『灰川ユイカは死んだ』と言う差出人不明のメールまで届きました。

 死んだなんて話、私には信じられません。

 廊下で同じクラスの子達が、こんな話をしているのも耳にしました。

 灰川ユイカなんて子、この学校にはいないよね、と。

 知らないのではなく、どうやらユイカちゃんの存在そのものが消えてしまったようです。

 唯一の手掛かりである友達と話す事も出来ず、困っていたところ、心霊探偵同好会のうわさを耳にしました。

 撫子なでしこが咲いている花壇の前で、放課後、待っています。


 大切な友達との時間を取り戻すために、どうか協力してください』



「—— だってさ。どうする、ひいらぎ?」

「どうするも何も……どうせ引き受けるンだろ。毎回、同じ事を聞いてくンな」

 とおかる学園、旧校舎の四階。扉のすりガラスに『心霊研究同好会』と書かれた紙が貼ってある教室で、二人の少年が話をしている。


 心霊探偵同好会のメンバーの一人、は床に置かれた手紙をしゃがみ込んで読み上げると、隣に立つ人物を見上げた。

 怜斗伊の問いかけにもう一人のメンバー、ひいらぎゆうは左耳にしているピアスに触れながら、気だるげな声で言葉を返す。


「おうよ! 今回の依頼もバッチリ解決するぜぇ!」

「はぁー……あんま張り切りすぎるなよ……」


 ワイシャツの上に羽織った赤いパーカーと茶髪がなびく程、怜斗伊は大きくジャンプして立ち上がる。それを横目で見ながら悠は気だるげに、襟足の長い黒髪を掻いた。


 旧校舎の一室を拠点にしている彼らは時々、舞い込んでくる不可解な事件の依頼を引き受けている。今回の依頼内容は、『神隠しにあった友達を救い出す手助けをしてほしい』と言うものだが……悠は心底、面倒くさそうだ。


「今度は神隠しか……幽霊以上に有り得ないだろ……」

 悠はでも、幽霊や不可思議な現象を信じないたちである。それゆえ、廊下に出たタイミングで、ポロリと本音をこぼす。


「あり得ないって……ん? なんだこれ」

 怜斗伊は呆れ気味に悠の方を振り返った事で、扉に貼り付けられている一枚の紙に気がつく。


『黒宮藤華の依頼を引き受けないで下さい』


 達筆な字でそう書かれた匿名の張り紙に、怜斗伊は首を傾げ、悠は眉をひそめる。


 少し間をおいて、怜斗伊は「なぁ、柊」と言いながら、悠の顔を覗き込む。

「黒宮さんの手紙依頼文に書いてた、『唯一の手掛かりである友達』に当てはまりそうな子に、心当たりはあるか?」

「……しろはしゆな。黒宮藤華依頼人の幼馴染らしい」


 悠は学園内の生徒と教師全員の顔と名前、更には大まかな関係性をある程度、把握している。“柊なら知ってて当たり前”とでも思っているのか、怜斗伊が度々、サラリと生徒の情報を求めてくるからだ。


「うーむ……ま、この張り紙のコトは一旦、置いといて、黒宮さんに話を聞きにいくかぁ」

「いや、俺は張り紙の指示に従うべきだと考えている。なんせ、この学校に灰川ユイカなんて生徒はいないからな」

「それは神隠しにあって、存在自体が消えたからじゃ……」

「ハッ……何度も言うが神隠しなんて有り得ない」


 悠の言葉に、怜斗伊はムッとしたものの、これ以上言い合っても無駄だと思ったのか、「とにかく!」と話を戻す。

「黒宮さんに話を聞きに行くぞ!」

「チッ……好きにしろ」

 悠の返事も聞かずに、怜斗伊は足早に目的地へ向かって歩き出す。悠は嫌々ながらも、怜斗伊の後を追う。






「こんにちは。黒宮藤華さん?」

 正門をくぐると、真っ先に目に入る花壇には、撫子の花が咲き誇っている。その前で一人、空を見上げ、ぼぅっとしている女子生徒に、怜斗伊は声をかけた。


「……もしかして、心霊探偵同好会の人、ですか……?」

 長い黒髪の女子生徒……黒宮藤華は一瞬きょとんとしたが、すぐにハッとして、怜斗伊の正体を言い当てる。


「うん。はじめまして。ジブンは心霊探偵同好会の宇津木怜斗伊です。で、こっちが柊悠。よろしくね」

 悠と話す時とは違い、怜斗伊は物腰柔らかな口調で、言葉を紡ぐ。


「はじめまして、黒宮藤華です。えっと……その、柊さんって人は……」

「へ……? あ~……アイツ、またか……。ごめんね。柊って結構、人見知りでさ。多分、その辺で待機してると思う。とりあえず、ジブンだけでも灰川ユイカさんと……白端ゆなさんについて、話を聞かせてもらってもいいかな?」

「わかりました」

 藤華はコクンとうなずき、一呼吸置いてから話し始める。


「手紙の、気づいてもらえて良かったです。えっと……それで、まずは白端ゆなについて話します。ゆなちゃんとは家が隣同士で、物心ついた時からよく一緒に遊んでいました。だけど、小学二年生の時……理由は分からないんですけど、親同士がケンカしたみたいで……。わたし達も親の雰囲気を察して、互いに避けてしまっていたんです。そんなわたし達の仲を取り持ってくれたのが、灰川ユイカでした。ユイカちゃんが、ゆなちゃんの手を引っ張ってきてくれて、仲直りさせてくれたんです。ユイカちゃんとは初対面だったけど、ゆなちゃんから彼女の話をよく聞いていたのもあって、すぐに仲良くなりました。それからわたし達はずっと、三人で一緒にいたのに……二週間前、ユイカちゃんが突然いなくなったんです」


 藤華は話す内容によって、ほわほわと笑ったり、シュン……と落ち込んだりと、表情豊かだ。大人っぽいクールビューティーな見た目とは裏腹に、話している姿はとても幼く見える。


「そっか……それは心配だね」

 怜斗伊は相槌を打ちつつ、藤華が一通り話し終えてから言葉を発する。藤華が最初に言ったの意味は聞かずとも、何の事かすぐに分かったため、怜斗伊はあえて触れなかった。


「はい。それに……手紙にも書きましたが、みんなユイカちゃんの存在そのものを『知らない』って言うんです。クラスメイトも、先生も」

「だから黒宮さんは、灰川さんが神隠しにあったと思ったんだね?」

「はい……」

「『灰川ユイカは死んだ』っていうメールの差出人に心当たりはある?」

「……ゆなちゃん、だと思います。アドレスがなんだか、ゆなちゃんぽかったので……。きっと、ユイカちゃんの事を忘れさせるために、そんな嘘をついたのだと思います。それが分かったから……ゆなちゃんとまたギクシャクしちゃって……話せなくなってしまいました」


 少し躊躇ためらい気味に、藤華は悲しそうな表情で話す。けれども、怜斗伊の目を真っすぐ見た瞳には、強い決意のようなものが浮かんでいた。


「わたしは……、また三人で一緒にいたいんです。ユイカちゃんの存在をなかった事にはできない。、大切な友達だから……宇津木さん、お願いします。わたしに力を貸してください」

「もちろん! 元々、そのつもりだったし。ジブン達に任せてよ。いろいろと、話してくれてありがとね」

「こちらこそ、ありがとうございます。改めて、よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀する藤華に、怜斗伊は「うん!」と元気よく頷き、ニカッと笑う。



 怜斗伊が去った後、藤華は迷っていた。彼女の頭の中には、二人の友人の顔が浮かんでいる。

 迷った結果、学園の外ではなく、図書室の方へ歩き出した。






「誰が人見知りだって?」

 合流して早々、悠は不服そうな顔で、怜斗伊を睨みつける。

「そこは聞いてたのかよ……んで、その後どっかでまた、盗み聞きしてたってところか?」

「情報収集だ」

「はいはい。で? 結局のところ、どうだったんだ?」

「……灰川ユイカは──」


 悠の話を聞いた怜斗伊は顔を曇らせる。あくまで可能性の一つとして考えてはいたが、どう対処するのが正解か分からないを突きつけられたからだ。


「……そんな顔するなよ。現実はこんなモンだ……解くべき謎も、俺達にできる事もこれ以上、何もない」

 そう言われても簡単には引けないのが、宇津木怜斗伊と言う男である。悠の言葉にむしろ火がついたようで、「いや……まだ終わっていない!」と大声を出す。


「ジブン達は謎を解いて終わりじゃない。依頼人と、依頼人の大切な人達の“心”を救うまでが仕事だ!」

「お前……また性懲りもなく首を突っ込む気か。てか、“達”とか言って毎度毎度、俺を巻き込むな」

「“達”だろ? それに柊の話を聞いて確信した。張り紙をしたのはやっぱり白端さんで、アレは彼女からのSOSだ。それに、一度引き受けた依頼は最後までやり切るのが筋ってもんだろ!」

「はぁー……もういい、好きにしろ。ただし、俺はこれ以上、何もしないからな」

「けど白端さんの元に案内はしてくれるんだろ? あーいぼ?」

「チッ……どこまでも厚かましくてウザい奴だな」


 ニッと笑う怜斗伊に、悠は悪態をついたものの、髪を掻きながら無言で歩き出す。その姿に、白端ゆながいる所に連れて行ってくれるのだと察した怜斗伊は、嬉しそうに悠の後を着いていく。

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