そして旅立ち Ⅲ

「ハッ、お気楽コンビさん。まだなんの成果もあげてないのに、よくのんきに笑っていられること」


 嘲笑するチェルトであったが、思いのほか声色にトゲがないのは気のせいだろうか。「ほら、これを持っていきなさい」と、彼女はウェンディにひと振りの小枝を突き出した。


「これは、なに?」

「女王様から渡された千年樹の小枝よ」


 俺も、ウェンディが手にした枝に目をやった。

 長さは十センチくらい。妖精が手にすると、小ぶりの杖といったサイズ感である。艶のある焦げ茶色の枝で、それ以外は特別にその辺の木の枝となんら変わりはなさそうだ。


「森の外に出ても、この小枝があれば身体のマーナが枯渇するのを抑えられるとか。ただし、もって七日間が限度らしいわ」

「ふぅん、ちょうど猶予期間と同じってことね」


「いい? 片時も離してはダメよ。じゃないと、あの葉っぱみたいに体がチリになるんだから」

「わ、わかっているわよ」


 ウェンディが受け取った小枝を、大事そうにぎゅっと握りしめた。

 小枝を渡したあと、チェルトはまた人を食ったような表情に切り替えて、俺とウェンディの二人に言った。


「以上、ワタシから伝えるのはここまで。それじゃ、お二人さん。せいぜい無駄なあがきをすることね、フフフッ」


 百年以上も続いた呪いを、たった七日で解くなんて絶対に無理だと思うけれど。

 と、チェルトは高笑った。


 彼女はウェンディの反撃の口が開かれる前に、華麗かれいにに身をひるがえして茂みの前へ移動した。ほかの警備係の妖精たちに、先に里へ戻るよう促す。


「二人とも、がんばってね!」


 最後まで俺とウェンディを励ましたカールも、警備の妖精たちに引きつれられて茂みの奥へと消えていった。

 警備全員が茂みのなかに潜っていった後、ひとり残ったチェルトは周囲をよく確認してから、茂みに身体を突っ込ませた。が、なにを思ったか途中で半身を出して、彼女は俺とウェンディのほうへ振り向く。


「なによ、まだなにかアタシたちに用なの?」


 にらみ返すウェンディを無視して、チェルトは俺のほうへ顔を向けてたずねた。


「どうして、ここまでできるの?」

「?」


 チェルトの質問に、俺は首を傾げる。


「そもそも、あなた関係のない旅人じゃない。だのに、妖精族の面倒な問題に首を突っ込んだりして……よほどの暇人ってことかしら?」

「ああ、そのことか。なに、ただ困っているやつがいたらできるだけ助けてやりたいってだけさ。」


 人として、冒険者として当然のことだ。


「……本当に、それだけ?」

「あとは……しいていれば、しごく個人的な問題になってしまうんだけど――」


 プライドの問題かな?

 とだけ、俺は素直に答えた。


 煮えきらない表情のチェルトを、ウェンディが追い返そうとする。ポカポカと手を縦に振るウェンディに、チェルトは舌を出して挑発する。

 それからコケモモ色の髪の彼女は茂みに潜り、二人の前から去っていった。

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