呪いの剣よ、いざ抜かん Ⅲ

「…………」


 しばし、沈黙が流れた。


 ふわりと、ウェンディとカールが俺の近くまで降りてきた。

 二人は刀身をつかんだ俺の手を、じっと見つめている。それから互いの顔を見合わせてうなずいた。


「……大丈夫みたいだよ、ウェンディ」

「そう……みたいね。やっぱり人間には呪いの効力はないのかも」

「の、呪い!」


 さらっとウェンディが口にした言葉に、俺はぎょっとした。

 即座に刀身から手を離す。その場を大きく飛び退いて、剣から距離を取った。


「なによ、うるさい声を出して」

「いやいや、だっておまえ――いま『のろい』って言わなかったか?」


「うん、言ったわよ」

「…………」

「この十字の遺物はね、呪われているの」


 なぜ、それを早く言わない。

 俺は剣をつかんでしまった自分の右手を見つめた。わなわなと震えるグローブの手のひらは、剣の錆で赤く汚れている。


「うげっ。俺、思いっきしつかんじゃったよ。もうダメだ、完全に呪われちまったかも……」

「だーかーら、大丈夫みたいだって言っているじゃない。バカねぇ」


 呆れ顔のウェンディが、俺のそばまで近寄って言った。


「妖精はダメよ? アタシたちがふれたら、体のなかのマーナが――生命エネルギーが吸い取られちゃって、そこらに落ちている葉っぱみたいにチリになるって話なの。

 その点、あんたは人間だったから、呪いの遺物にふれても平気だったみたいね」


「そ、そうなのか?」

「まぁ、この呪い自体が……昔、人間がアタシたち妖精族にかけたものだから」


 人間が?

 と、俺が目を大きくすると、それを察したカールが疑問に答えて話してくれた。


「ボクやウェンディ、この里に生き残った若い世代の妖精たちが、まだ生まれる前の話――」

 

 はるか昔のこと。

 妖精族と人間たちは、互いに交流を交わしていた時期があった。


 しかし、豊かな大地を育む千年樹とそのマーナの力をうらやんだ人間たちは、すべてを我が物にせんと妖精族に戦いを仕掛けてきたのだ。


 千年樹は妖精を生み、育む――命の源。

 大樹を守ろうと、妖精たちはみんなで力を合わせた。


 なんとか、人間たちの魔の手から大樹を死守することには成功した。だが、愚かな人間たちは望むものが手に入らないことを悟ると……。


「あろうことか、千年樹に呪いをかけた」

「…………」


 黙って聞く俺。カールの話は続いた。


「呪いは、少しずつ大樹をむしばんでいった。大地へ循環じゅんかんするマーナの量も減り、妖精たちもボクらの代を最後に生まれなくなった。

 人間たちとの戦いもあったから、妖精族の数は減少して……」


 妖精たちは、千年樹が生み出す特別に強力なマーナの元で生まれる。このマーナというのは、簡単に言えば植物由来の生命力だとカールは俺に説明してくれた。

 いま一つわからないが、妖精が飛ぶ時に輝く淡いライム色の光や、ウェンディがぶっ放す光の球ブライトボールも、マーナの力の恩恵らしい。


「女王様が呪いの進行を抑えてくれているから、ボクらはなんとかこの小さな里で細々と生き長らえているんだ。

 けれど、その女王様も……長い間受けてきた呪いの影響でお体がだいぶ弱ってしまってて――」


「そんなことが……あったのか……」


 話を聞きつつ、俺は目線を横にそらす。

 好奇心から足を踏み入れたが、本当に人間にとって禁忌きんきの場所だとは思わなかった。


「気にしないで。その……遠い昔の話だから」


 俺の表情を察したのか、妖精カールは静かに首を振る。

 

「ボク、信じてる。絶対にこの呪いは解けるって」

「カール、あんた……」


「絶対に解きたいんだ、妖精族の未来のためにも」


 妖精カールは、人間である俺をまっすぐ見ている。

 そこに恨めしく思うような負の感情はない。優しさと同時に、必ず自分たちの未来を手に入れるという固い意志を俺は感じ取った。


「さっ。遺物をさわっても大丈夫だって気づけたことだし、あんたにはもうひと仕事してもらうわよ」


 はきはきした声が、しんみりした空気を吹き飛ばした。ウェンディはひらりと飛んで剣の奥側へ行くと、両手を広げて俺にうながす。


「さぁ、抜いてみて」

「抜いてみて……って言ったって」


「じょ、女王様がね、人間をつれてきなさいって言ったんだ。剣を引き抜いてもらうために……呪いを解くために必要だって!」


 お願いします。と、カールは帽子を脱いで、ていねいに頭を下げる。反面、ウェンディはややふんぞり返って、どこまでも勝ち気な態度を取り下げなかった。


「ごちゃごちゃ言ってんじゃないの。もうここまできたら、アタシもヤケだわ。さっさとやってみなさい」

「…………」


 少しだけ躊躇ちゅうちょした。


(呪い……イヤな言葉だ)


 悟られない程度に、一瞬だけ表情を暗くする。すぐに顔を戻して、ゆっくり深呼吸をすることで気持ちをうまく切り替えた。

 きりっと表情を引きしめる。俺はもう一度、赤錆びた剣の前に立った。


「いいよ、わかった。俺がやってみよう」


 ウェンディとカール。二人の妖精が固唾かたずをのんで見守るなか、俺は両手を前に出して剣の柄を握った。


 赤錆に時の流れの重さを思い知る。と同時に、汚れた赤色が急におどろおどろしく感じてきた。


(いったい、誰がこんなものを……)


 足を肩幅ほどに広げて、ふぅっと息を吐く。

 ぱらぱらと青灰色の葉っぱが降ってくるが、俺は意識を手元にのみ集中させた。


 妖精の里、巨大な大樹、呪いの剣――。

 緊張でしびれている反面で、胸を躍らせている自分もいた。


 興奮しているのだ。かつてないドラマチックな冒険に。まるで子どものころに読んだ、冒険譚の主人公にでもなった気分だ。

 そして誰かのために、ようやくなにかを為しえる。


(俺は、さすらいの冒険者ノシュア)


 自分に言い聞かせるように、心のなかでその名を唱えたのはかっこつけるためか。それとも、子どもじみた高揚感に少しばかり抱いた罪悪感をぬぐうためか。


 なんにせよだ。

 頭を真っ白に集中させて――俺は両手に力を込める。


 そして、大樹に突き刺さる呪いの剣を引っぱった。

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