女王様のお言葉 Ⅰ

 アタシこと、妖精ウェンディは、子分の妖精カールと一緒に集会のある女王の間へ向かっていた。

 位置は、千年樹を中心に里の東側にある。妖精の長である女王様がいらっしゃるところであり、時に里のみんなを集めて会議や|催〈もよお〉しを行う重要な場所だ。


(女王様のお話、はじまってなければいいんだけど……)


 幸いなことに、門はまだ閉じられていなかった。入口にある花のアーチを越えて、門番当番の妖精にウィンクをしてから、アタシたちは女王の間のなかに飛び込んだ。


「間に合ってよかったね、ウェンディ」

「うん。でも壇上だんじょうの前のベンチは、もうほかの子たちでいっぱいみたいね。垣根の席に行きましょう」

 

 女王の間は広く、扇状の形をしている。中央の奥には大きな切り株の壇上があり、その手前の芝に横長のベンチがいくつも設置されていた。ベンチはすでに満員で、妖精たちの丸い頭がみっちり並んでいた。

 まわりを囲むヒイラギの垣根にも、ブランコのような長椅子の席がくくられている。運よく二人分のスペースを見つけたアタシとカールは、そこに座ることにした。


「さっすがに窮屈きゅうくつね。里中の妖精が一度に集まっているだけのことはあるわ」


 垣根の席から、全体を見渡してアタシはつぶやく。

 どこに顔を向けても妖精だらけ。あっちこっちで、みんなそわそわ羽を動かしているのか、淡いライム色の光がまたたいた。 集まった妖精たちの顔を一目したのち、アタシは奥へと視線を向ける。


 切り株の壇上の奥にある大きな椅子に、あの方はいらした。

 妖精の女王様である。


「――以上が、今日のシンコーをつとめましたギチョー当番からのごあいさつでした」


 壇上に立っていた妖精がおじぎをする。周囲のまばらな拍手を受けて、彼は台本のロールをクルクル丸め出した。


(……さぁ、いよいよ女王様のお言葉だわ)


 待ちきれず、アタシも自分の体をゆすった。おなじく、女王の間につどった妖精たちもみんな、ざわつきはじめる。

 前回の集会はいつだったか。里にいるすべての妖精を集めて、女王様がお話をなさる機会なんてめったにあるものじゃない。

 はたして、よい知らせか。

 それとも……悪い知らせか。


(ううん。きっと、いい知らせにちがいないわ)


 アタシは思わず席から前に乗り出して、壇上奥にいる女王様を食い入るように見つめた。

 やがて議長当番の妖精が壇上から退しりぞき、奥の椅子から女王様がすっと優雅に立ち上がった。


 なんという、美しい身のこなしでしょう。

 こじんまりした妖精とはちがって、女王様の身丈はその何十倍もある。すらりと伸びた細身と、若木を思わせる長い手足……足下まで届く波立つ光の髪は、天上からの木漏れ日を浴びてキラキラと輝いていた。


 細糸のような白い髪といい、どことなく儚げな雰囲気をまとっている。しかし、その碧色の瞳はいつだって小さな妖精たちへの慈愛に満ちていることを――里のみんなは知っていた。

 壇上の中央まで移動し、女王様は場を眺めた。集まった妖精たち一人ひとりの顔を確認するように、やわらかな微笑びしょうを一同に投げかける。


「あ」


 突然、場がどよめく。ぐらり、と女王様の体がよろめいたのだ。


「じょ、女王様! 大丈夫ですか?」


 脇に退いていた議長当番の妖精が、慌てて前に飛び出て女王様の肩を支える。うつむく女王様の顔を心配そうにのぞき込むその姿に、アタシたちもつられて席から飛びだしそうになった。


「……ええ、大丈夫。少しよろけただけですから」


 女王様はかすかに首を横に振ると、ふっとほほ笑み返した。姿勢をささっと直すと、そのまま壇上の前のほうへと足を進める。顔をまっすぐ上げて、いま一度、集まった妖精たちと向かい合った。

 片手には千年樹の太枝でつくられた杖を、額には青い宝石が光るティアラを身に着けている。どちらも、妖精族の長である証を示すアイテムだ。


 誰も彼もが、この妖精の女王様をしたっていた。

 それはもちろん、アタシやカールも含まれている。とりわけ、アタシは女王様の品のよい美しさや里のみんなを守る強さに……昔からずーっと憧れを抱いていた。


「今日はみなさんに、重要なことをお伝えします」


 女王様の優しい声が集会所に響く。

 なんだろう、と周囲がざわざわしはじめた。となりでカールが緊張で身を震わせたのがわかった。アタシも息をのんで、まじまじと女王様のきれいな顔を見つめる。


 みんなが見守るなか、女王様はすぅっと呼吸を整えた。

 そして、そのうるわしい唇を動かす。


「この妖精の里は……」


 彼女は愛する妖精たちに、にっこりほほ笑み――こう言った。


「滅びます」


 …………。

 

 時間が止まった。

 ……ような、気がした。


(いま、なんて言った……?)


 言葉を忘れてしまったアタシは、しばし女王様の美しい微笑だけをぽかんと眺め続けた。


「えっ、あの、女王様……?」


 場のなかで、一番早く動いたのは議長当番の妖精であった。

 なにやら、せわしなく台本のロールをまくっている。本来の打ち合わせと大幅にちがっていたのだろうか……遠目からでも、彼のうろたえた顔色ははっきり見てとれた。


 そんな小さな妖精を見かねてか、女王様は少しだけ顔を横に振り向かせて、やっぱり優しい微笑を浮かべる。

 そして再び、形のよい唇が優雅に動いた。


「ええ、滅びます」


 にっこり。

 みんなに愛された笑顔を見せながら、女王様ははっきりした声で妖精の里の滅びを宣言された。

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