人でなしに愛された少年
すおう
第一幕
第一章 “ナニカ”と“人でなし”
注意書き
・この作品はBL作品になります。
・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。
・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。
・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。
・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
___________________________________________
「失礼します。こちら今回の長旅のお土産になります」
そう言って頭を下げながら差し出すように父の友人に渡した。そのまま返事も聞かずに戸を閉めその場を後にする。
顔すら見ていない。彼が背を向けているのを確認してから喋り出し、彼がこちらを振り向いたとしても僕は顔を下げていた。そして彼がお土産に目線を移している間に戸を閉めたのだから。
もう何年も、人の顔をちゃんと見ていない気がする。父とも3歳の誕生日を最後にちゃんと会っていない。
『オマエが…ッ! 生まれたせいだろ!! 人でなしッ!!!』
そう言いながら父は当時3歳の僕の首を絞めていた。
幼少期の記憶でも鮮烈に残るその記憶だけが父の顔を思い出せる唯一のものだった。
父が首を絞めたきっかけは、何気ない子供の純粋な質問だったんだ。
でも時に子供の純粋さとは残酷なものなのだと後に知った。
父はすぐハッとした顔をして手を離していた。その表情は本当に取り返しのつかない事をしてしまったと自責の念に駆られているように見えていた。
この時に泣き喚いてでもいれば何か変わっていたのかもしれない。当時の僕はあまりの驚きに涙も出なかったんだ。
急な酸素に呼吸が追いつかず咽せる僕と、蹲って信じられないと言う顔で自分の手を握りしめる父。
自分の咳き込んでる声と一緒に聞こえたのは弱々しい父の声だった。
『すまない…っ、ごめんな、
そういえば、僕の名前を呼んだのはこれが最初で最後だったね。
父と母の愛の結晶で、母と似た容姿なのに母の様に屈託ない笑顔を持ち合わせていない。
父と似て聡明で、それが故に幼心にも悟ってしまった。
父と母の共通の友人は皆、僕に母の話をした。
『素晴らしい人だった』、『素敵な人だった』、『慈愛に溢れている人だった』、と話は続いて、
『あの人もきっと不器用なだけだから、多めに見てあげてほしい』といった、父のフォローで終わる。
そして時より目を細めて僕を通して母の面影を探すように見つめる。
皮肉な話だ。母を思い出すトリガーが母を死なせた戦犯なんて。
みんなに愛された女神の様な母。その女性が最期に置いて逝ったのが可愛くもない子供なんて、そりゃあ、嫌だろうな、と僕は周りの評価を素直に受け入れた。
長旅の出張の後だったので久しぶりに実家に戻ると、母の仏壇が目に入った。そこに立てられた数本のいつもより多い線香。大勢に愛された母の仏壇に線香が立たない日はなかった。家を出るまでは僕も毎日立てていたし、父もきっとそうだっと思う。友人達も父と同じ、陰陽師の仕事をしていて接点が多いため、よく立てにきていた。
仏壇から目を離してカレンダーを見た。
そういえば今日は僕の誕生日で母の命日だ。
僕は線香に火をつけて折れない様に握りながら目を閉じる。父達には悪いが、僕はこの時、母に何か語りかけたことなんてない。
会ったこともない母に何を言えばいいのか分からないのだ。
皆が心で母に語りかける仏壇は、僕にとってただの物だった。
僕の誕生日はいつだってこうだった。
母の仏壇に飾られている写真を眺めながらみんなで線香を立て、手を合わせる。
バースデーケーキなんて食べたこともない。
もしあったとしても僕のケーキには線香が立てられているかもしれないなんて、自虐的な考えに、父ならあり得るなと思い少しだけ笑えた。
線香を高級そうな装飾のされた香炉にさして立ち上がり、実家を出る。
そのまま父と別居しているため数年前から住んでいるマンションに向かった。
3歳のあの出来事の後、父にも心の整理が必要だと判断した周りの人達は父達の恩師に僕を預けた。そして11歳でマンションに移った。
暮らしにこれといって不自由はなかった。ほとんどが案件と仕事で1日どころか1週間、1ヶ月がいつの間にか終わるのだ。
家なんてシャワー浴びるだけの場所だし、長旅と言う名の出張もざらにあるため、本当に暮らしに困ったことはなかった。
預けたと言っても父達の恩師とこれと言ってほとんど関わりはない。恩師のあの人も母を大事に思い、その死に嘆いていた。よく僕に母の話をして、いかにも女の子が好きそうなマスコットやぬいぐるみを渡してくれた。
でも僕は母じゃないから嬉しくないし、上辺だけの喜びを口にするだけだった。今なら素直にごめんなさいと言うだろう。
その頃の僕は彼等が母の面影を僕に探していないと立っていられないように見えていた。
母の存在はそれ程までに大きいものだったのだろう。きっとみんなの、特に父の1番の心の支えだったのだろうという事は、両親の友人達や恩師、父を見ていれば一目瞭然だった。
僕に母と同じところがあるとすれば、本が好きなことだろう。本が苦手な父はそれに気づくことはなかったが。
でも母も読んでいた本で心に残った一節がある。
“ 幸せとは、けたたましく足音を立ててやって来て、泡の様に消え去る時に、深い深い傷跡を残すもの。”
本、ドラマ、映画、漫画、それらで知った普通の家庭とは無縁の僕の家。きっと他人から見たら可哀想と言う同情の対象なのだろう。
でも僕は知らない、お母さんのいる家庭も、僕を僕として見てくれる環境も、父が優しく語りかけてくれる日常も。
世間一般の幸せを享受していないのだから、深い傷なんてのも残らないから知らない。
だからこそ、いつか分かりたいと思った。幸せという感覚も、それらが去っていくときの傷跡の痛みも。
それらを知ることだけが生き甲斐みたいな物だろう。
マンションの部屋を開けるとパンッ!という破裂音が響いた。吃驚して瞬きをしたら数人の影が見えた。
「おめでとう! 響」
「えっ、」
「今日は響の誕生日じゃろ」
1番最初におめでとうと言ったのがシキ、おじいちゃんみたいな話し方をしているのがダイラ。後の二人は一人称が私のミョウと、あまり話さない男の子のチョウ。二人は双子らしい。
「おめでとう! 響ちゃん! このケーキ私が作ったんだよ!」
幼い子供が親や兄に褒めてもらいたい様な仕草を向けて来たミョウに笑いながら頭を撫でる。
「…おめでとう」
そう言って照れたようにそっぽを向いたチョウの頭を撫でてればシキが顔を顰めた。
「最初に言ったの僕なのにー、僕も撫でてよ」
「みんな、ありがとう。でもなんで?」
そう言いながら僕の頭より上にあるシキの頭を撫でる。
「人間はこうやって祝うんじゃろ?」
「そう、だけど、みんなは人間が嫌いなんじゃないの?」
人間の真似事なんて、と絶対しないと思っていた。
気持ちよさそうに頭を撫でられていたシキが口を開いた。
「嫌いだよ。でもだからさ。無関心じゃなくて、嫌いだから興味がある」
シキは楽しそうに笑った。
この4人は、4人というかも分からないけど、人間じゃない。要するに普通は見えないはずの“ナニカ”だ。
幽霊や妖怪、あやかし、なんて呼ばれていた時代もあったらしいけど、今は全て在り方が違う為、総合して“ナニカ”と呼ぶ。
それも人間に完全な悪意を持って生まれた方のナニカに近い。
そして僕の両親、その友人含め、僕も、陰陽師という仕事をしている。
と、言っても昔の時代の様に表立って動けるわけじゃない。国に認められている組織管轄の下で働き、警察なんかに少し融通が効く程度。
有名じゃないお寺や神社の一般的には知られていない地下にある本拠地を拠点に秘密裏に活動している。
だからまぁ、本当はシキ達は敵、除霊対象に入るんだろう。それも人格があり、しっかりした姿が見えているし、僕たちとは違う次元で生きているはずなのに、この次元の物にも干渉できている。敵に回したらまず僕は勝てるか五分五分、良くて相打ちだろうな。
まぁ勝てる勝てない云々を引いても仲良くしていきたいのだ。気のいい奴らだから。
そんな風に考えている間にミョウとチョウがケーキを切って、ダイラはソファーに座り、シキは僕の手を引いて向かいのソファーに一緒に座らせた。
「シキ達は人間になりたいの? 人間を滅ぼしたいの?」
純粋な疑問だった。人間になりたいのか、人間を滅ぼして今の人間の立場につきたいのか。この二つは似てる様で全く違うのだ。人間になりたいのなら、人間が持ち合わせている善性を学ばないといけない。でも人間に悪意を向けるナニカとして人間の立場につきたいのなら善性は必要ない。
「もちろん滅ぼしたいよ。僕たちは本来どこまでも人間を痛ぶって殺すことにしか知識を使わない。ただこうやって好奇心や感情がある僕たちはイレギュラーなんだよ。本来はそう言ったものも理性もなく、ただただ人の滅びを望む」
知性も理性もないナニカが9割を占める中で僕の家に残りの9割に含まれるナニカが4人もいる事こそが何よりのイレギュラーだ。
バランス、均衡、そう言ったものが崩れて来ているのは確かだろう。
「えー私は響ちゃんには生きていてほしいけどなー」
そう言いながらミョウがチョウと一緒に切り分けたケーキを運んできた。
「それはもちろんだよ。響は僕の弟で兄で親で先生で生徒で師匠で弟子なんだから」
シキは自信満々の顔で言ってのけた。
この中でシキとが1番付き合いが長い。
僕が初めてシキを見た時、シキは生まれたばかりに見えるナニカだった。それからダイラと出会い、ミョウとチョウを拾った。
「シキだけずるーい!」
「…ずるい」
「まぁまぁ響はみんなに優しいからいいじゃろ」
そう言って場をまとめるのは流石は年長者。
「ところで響、お主また長旅の案件じゃったのか?」
ダイラが心配そうな表情で聞いてきた。
「うん。最近は繁忙期なんだ。ごめんね、あまり帰ってこられなくて」
僕だって毎日彼らに会いたいし、要らぬ心配をかけてしまったことに申し訳なくなって俯いてしまう。
「本当だよ!! 陰陽連の最高幹部の皆々様はロードーキジュンホーってしってますかー!!!!」
シキが斜め上を向いて届きもしない叫びを出した。
本当なら近所迷惑だろと言って叱らないといけないのかもしれないけど、それが自分を心配してのことだと思うとどうも強く出られなかった。
「シキだって知らないでしょ労働基準法。そもそも未成年の時点でアウトだよ」
「めちゃくちゃブラックじゃん」
そう顰めっ面でシキが言うと他のみんなも賛成の意を示していて少しばかり困ってしまう。
「あはは…」
困り果てて笑えば更にみんなが怒った顔をした。
「もう! 笑い事じゃないのよ!?」
「そうじゃぞ、響」
ミョウやダイラにまで言われれば本当に強く出れないなあと思いながら口を開く。
「ごめんね。みんなが心配してくれてるのは分かってるんだけどね、これが成約だからさ」
そう。成約。
陰陽師は基本、色々な戦闘スタイルがあるが、基本は気と呼ばれる“力”を使う。こればっかりは生まれ持ったもので後からはどうしようもないものだ。
気とやらは基本誰でもあるらしく、それを無意識下でコントールできてしまうのが素質ありの陰陽師。
あとはやっぱり昔ながらの札だったり刀だったりだ。
でも刀は持ち運びに不便だから基本は札と気を込めた拳や蹴りの体術に偏る。意外と物理攻撃に近い。
“成約”は気をコントールできるもの同士で、お互いに何か条件を出し、それを飲んだ上で交わすもの。破ったならそれなりの代償がある。殆んど破ってはいけない約束事のようなもの。
“誓約”と言うものもあり、これは先に代償を支払う約束の下で交わさられる等価交換みたいなもの。
“制約”はまた別で、これは強制性が強く、個人の尊厳を脅かしかねないので異例の事態を除いての使用は御法度になっている。
そして僕は陰陽連の最高幹部と“成約”を交わし、自分自身には“誓約”を交わしている。
最高幹部との“成約”は、父含むその周りの両親と面識のある友人、知人に命に関わる案件を回さない代わりに、僕にその人らとの接触を禁ずる。というもの。接触を禁ずる事は同時に僕のバッグが居ないことを表す。そうすればあとは最高幹部の思うままに動く駒だ。どうやら父やその友人知人達は相当に優秀らしい。陰陽連そのものを意味する最高幹部が敵に回したくないと言うのだからなかなかの物だろう。
「その成約ってなくせないの?」
シキが抱きつきながら甘える様に言う。
「んー出来ない事はないけど、無くすメリットがない」
「なんで!? 無くした方がいいじゃん。むしろあるほうがデメリットだらけだよ!」
シキは興奮した様に言う。
どうしてだろう?あってもなくてもそこまで変わらないし、これでみんなが命の危険に晒されないなら少しは母の代わりになってると思うんだけど。
「成約のおかげで父たちは危険に晒されないし、元々顔を合わせたら母の事を思い出して苦しそうだったから、一石二鳥みたいなもんだよね」
伺う様にシキを見たら更に怒った顔をしていた。
助けての意を込めてダイラ達を見ても、観念しろと言う顔をしていたのでお手上げである。
「はぁ!? 人間はどこまでも勝手だな!」
シキの言うことがごもっともである事も知っている。
「まぁ、そうだね」
だけどそれ以外に母が死んでしまった償い、というかその穴の埋め方を知らない。
「なんでそこまでしてあんな奴ら守るのさ、理解できないね」
シキはとうとうそっぽ向いてしまった。
それなのに抱きついたのは離さないから可愛いなぁと心配性な兄弟ができた感覚になる。
宥める様に頭を撫でてやれば幾分か機嫌は良くなった様だった。
「そういえばみんなってどうやって名付けられたの?」
場の空気を変えるための素朴な疑問だった。
出会った頃生まれたばかりのようだったシキですら自分の名前を名乗っていたのはずっと不思議だった。
「僕たちには死がないんだ。消滅してもまた時を得て生まれる。だから名前はきっと何百何千何万年前ぐらいにつけられたんじゃないかな」
シキは物知りだ。子供の好奇心の様な気もするが、シキの学習力は目を見張るものがある。
「響はなんで響って名前なの?」
シキに聞かれて初めて考える。
確か、両親の友人が言っていた。初めはキョウという読みだけ決めて、後から漢字を考えたらしいと。
狂、脅、凶、興。
それらの意味も含まれているなら少しはシキ達に近い存在になれる気がした。
生まれて初めて嫌な意味合いの多い自分の名前の響きを好きになれた。
「さぁ、なんでだったかな」
そう言って笑ってシキたちの顔を見た。
「響って不思議だよねー人間らしくない。だからかなぁ。僕たちを惹き寄せるのは」
「確かに言われてみればそうかもしれないのう」
ミョウとチョウはケーキを食べていて話は聞いてない。シキとダイラが僕を見ながら興味深そうに目を細めた。
「どういうこと?」
僕がそう聞くとシキはニッコリして答えた。
「人でなしだから、人でない僕たちを惹き寄せるんだね」
僕は人でなしでよかったと、これまた生まれて初めて思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます