2話 幸福な日々

 その後リオネルは眠り続け、目を覚ましたのは2日後の夜だった。


「良かった! 全然起きなくて心配したんだから!」


 リオネルの目の前には緑色の目を涙目にしたティティがいて、次の瞬間には抱きしめられていた。

 胸に当たる控えめながらも柔らかな膨らみ。

 その時に初めて、ティティが"彼"ではなく"彼女"であることに気が付いた。

 だが、リオネルにとってティティが大切であり性別は些細なことだ。

 それよりも心配してくれたことが純粋に嬉しかった。


「申し訳ありません。心配してくださりありがとうございます」


 ティティは無言で抱き着いたままだったが少しして彼を離した。

 そしてリオネルを見上げてじっと目を見つめる。


「マスター?」


 彼が見つめ返しながら問いかけると、ティティは嬉しそうに口元を緩めていた。


「マスターじゃなくて名前で呼んで」

「承知しました」

「僕のことどう思ってる?」

「愛しております。何よりも大切な私の主です」


 リオネルが熱のこもった目で見つめれば、ティティは満足そうに微笑んだ。


「うんうん、ちゃんとかかってるね」


 安心したように小さく息を吐き、リオネルの頭を撫でる。


 ティティは生まれながらの吸血鬼ではあるが、その能力はとても低かった。

 持っている魔力も少なければ容姿も特段目を引くものではない。

 吸血鬼にとっての容姿は狩りに直結する武器の1つである。容姿が普通であっても魔力で補えば良いのだが、ティティはその魔力も少ない。


 対してリオネルは、非常に多くの魔力を持っていた。上位の吸血鬼であれば厳しいだろうが、中位であれば抵抗は可能であり、下位であれば抵抗せずとも影響を受けないほどだ。

 下位のさらに下に存在する底辺とも言えるティティの魅了が通ったのは、タイミングが良かったからでしかない。


 業務で魔力を使用しておりリオネルの持つ魔力はほぼ底をついていたこと。

 精神的に追い込まれた状況であり、全てがどうでも良くなっていたこと。

 ティティが彼を欲していることを口にしていたこと。

 【魅了の魔眼】、【魅了の歯牙】と段階を踏んで魅了したこと。


 これらが上手く組み合うことによって、ティティはリオネルに長期的な魅了をかけることができた。

 抵抗できていた魅了を彼自身が受け入れたのだ。


「僕の初めての従者。嬉しいなぁ……」


 そう嬉しそうに言うティティを見たリオネルは、両親に買ってもらった玩具を大事に抱え込んで喜んでいた子どもの姿を連想した。

 別に玩具でも何でも、彼女の傍に居られるのであれば良い。

 どうすればティティに飽きられないかということについてリオネルは思考を巡らせた。

 もし飽きられたとしても、役に立てることを証明できればずっと一緒に居られるだろうか?

 そんなことを回らない頭で考えていた。


「今はまだ無理だけど、できるようになったらちゃんと"家族"にするから待っててね」


 吸血鬼は自身の血と魔力を与えることでその生物を肉体的にも精神的にも支配することができる。吸血鬼に支配された者は吸血鬼へと変異し、魂すらも縛られ永遠にその吸血鬼へかしずくことになってしまう。


「嬉しいです。手伝えることなら私にもお手伝いさせてください」


 そのことを理解した上で、嬉しそうに微笑みを浮かべてリオネルは申し出た。


 その後、リオネルが知り合いに出会うと面倒になるという理由から2人は別の町へと移動することになった。

 ティティがいる関係で夜間のみの移動となってしまったが、空を飛べることもあってそれほど大変ではなかった。

 目的の町へと到着した2人は宿を取り、リオネルは冒険者となり路銀を稼ぐことになった。

 手伝える内容であるならティティも手伝った。


「どう? 美味しい?」

「凄く美味しいです」


 日中、外に出ることができないティティは主に家事を行っていた。

 これまで家事をしたことがなかったティティは失敗も多かったが、味覚は普通のようで焦げたりしていることはあっても、食べられないような料理を出してくることはなかった。

 それ自体もリオネルの助けになっていたが、それ以上に必要とされていること、ティティから甘えられることで彼の心は満たされていた。


「リオってあったかいね。ね、抱きしめてよ」


 ティティは吸血鬼ということもあり、体温が非常に低かった。

 体温が心地よいからと眠る時は同じ布団の中に入られる。抱きしめることを要求される。

 それだけでなく、リオネルが1日の出来事を報告すれば興味を持って話を聞き、時には「すごいすごい!」と彼を褒めた。

 ティティとの触れ合いや会話はそれだけでリオネルを幸せな気分にさせた。

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