第23話 祈り(1)

 ああ、こうなっちゃうんだ。


 SUVのリアドアから乗り出して手を伸ばしていたリュウくんが私に突き飛ばされて、泣き出しそうなになっている。


 でもリュウくんがいたところに投げられた剣が当たって跳ね返り、私がどうしてそうしたのかが判ったみたい。


 でも、泣きそうな表情は変わらないけど。


 ――ごめんね――


 それがとても申し訳なくて、だけど、凄く嬉しくて、


 ――ありがとう――


 考えるまでもなく、口を衝いて、


 ――大好き――


 その言葉が出た。


 でも結果、もっと泣きそうな表情になっちゃったけど。


 そしてそのまま降りようとするリュウくんを、さんが引っ張って中に引き摺り込んだ。凄く良い判断だよ、興里那さん。


 心情的にはサムズアップでもしたかったけど、まさかそうするわけにはいかないよね。


発射ファイエル


 SUVの声がして、それの後ろに出ているブースター(?)から青い火が噴き出し、物凄い風圧というか、それが周りに吹き荒れ始めた。


 あ、これちょっと拙いよね。風圧で吹っ飛ばされちゃう。


 そう思っていたら、金色の毛並みが私を包み込んだ。その風圧から守ってくれているそれは、さっき私が奏上そうじょうして顕現して貰ったたいよう


白面金毛九尾狐はくめんこんもうきゅうびのきつね


 私の実家、なんがくいん家が代々なぐさめていた、かつては神だった悪名あくみょう高い大妖。


 もっともその事実を知ったのはつい最近で、何の前振りも脈絡もなく勇檣ゆうしょうおじいちゃんと京瑚みやこおばあちゃんが、夕食の最中に雑談がてらサラッと教えてくれた。


 だから最初は「へーそーなんだー」程度にしか思えなくて、その後でいつも通りリュウくんとお風呂に入って身支度を整えて、だけど寝るときになってそれを思い返してから「え待ってそれ結構重要なヤツ!?」って気付いたほど。


 あと、おじいちゃんがよくレトルトカレーあげてるキツネのタマちゃん。もう判ってるだろうけど、あの子、殺生石から解放されて「けがれ」をそそいだなんだよね。


 そう、私が生まれて間もない頃の話し。南岳院家の「御役目」を妬んだ傍系の人々が、止せば良いのに良く判りもしないそれを勝手に行なったそうだ。

 でもそうしたところで巧く出来る筈もなく、殺生石から漏れ出て来る強烈な「しゅ」をまともに受けてしまったらしい。

 そしてそれを中途半端に解呪しようとしたり止めようとしたりして見事に失敗した挙句、あと数年で「穢」を灑げた筈のそれを全てぶち壊してしまったんだって。


 そうなってしまえばいくら「御役目」であっても抑止出来るわけもなく、でも両親はその命と引き換えに「穢」をかなり削いだそうだ。


 だけどそうしても、相手は大陸の国を最低でも二つ三つは滅ぼした実績持ちの大妖。滅ぼすべく集まった退魔師たいまし祓魔師ふつまし降魔法力僧ごうまほうりきそうやら呪術師じゅじゅつしをことごとく蹴散らした。


 そうして進退極まったところに、颯爽と勇檣ゆうしょうおじいちゃんと京瑚みやこおばあちゃんが登場したそうな。


 再封印を促す満身創痍のそれら人々を前にして、おじいちゃんは、


「別に、倒してしまっても良いのだろう」


 とイケボで言った(おばあちゃん談)直後、呪術や法力が効かないなら物理で殴れば良いじゃないという純度百パーセントな脳筋発言のあと、特製の式神〝護法善神ごほうぜんじん〟で読んで字の如く叩き潰したそうだ。


 聞いた話しではそんなところで、それ以上は知らないし訊いてない。食事の雑談だったし、改めて訊くのもなんだかなーって思ったから。


 それより今のこと。


 タマちゃんが丸くなって私を守って、その直後にSUVから物凄い熱と風圧が出て、同じく物凄い音がして、やっぱり物凄い衝撃波を残して消えるように飛び去った。


 なんか、色々と規格外な車だよね。さっきSUVが言ってたけど、どう考えてもあの頭がおかしい仕様は芙蓉ふようおねえちゃんが一枚噛んでいるどころか元凶だよ。確実に。


 守られている私はともかく、そうじゃない周りの人たちは豪快に吹っ飛ばされて石壁に叩き付けられたり、開けられた出入口の大扉から将棋倒しになっちゃってたりしていた。

 でもその程度で済んだ人たちはまだ幸いだろう。その真後ろにいた人たちは、高熱に炙られて炭化したばかりかそれすら残らず粉々になっちゃっていたりもしてるし。


 そしてSUVが飛び去り、きっとこの世界では有り得ないだろう出来事に唖然とした後で暫く呆然として、でもこの場に残った私に気付いて我に返り、有り難くないことに態勢を整え始めちゃった。


 このまま気付かなければ良かったのに。


 傷一つなく、それにきっと見たこともない獣を連れているように見えるだろう私に殺気を向ける兵隊さん。いや、騎士なのかな? どっちでも良いや。私にとって変わりないし。


「おのれ魔女め! 一体何をした!?」


 その騎士たちの中にいる、なんかちょっと派手な鎧を着ているおにいさん……いや、見た目おじさんが顔を真っ赤にしてそんなことを言い始めた。


 いや、私は何もしてないよ。指示したのは興里那さんだし、実行したのはSUVだから。

 私は自分の身を守っただけで、むしろこの状況に放り込まれた被害者だよ。そして被害者ぶってるアナタたちが加害者だからね。


 ……て言っても、理解出来ないんだろうなぁ。理解しないともいうけど。


 いつだって反撃された加害者は、この世の不幸を全て背負っているかのように被害者ヅラするものだし。


「公王陛下と王女殿下に危害を加えたばかりではなく、此処までの破壊行為をするとは! もはや我慢の限界! その素っ首、叩き落としてくれる!!」


 だから、私は何もしてないよ。王様の足を細切れにしたり大火傷を負わせたのは興里那さんとSUVだし、そもそも王女のあの有様は自爆でしょ。


 理不尽だわ。


 そんな私の不機嫌を敏感に感じたのか、タマちゃんが全身の毛を逆立てて、ついでに尻尾を振り回して周りを威嚇してる。

 ただ尻尾を除く全長が3メートル弱で、九つの尻尾の長さがそれぞれ4メートルくらいあるし、おまけにそれ自体が既に凶器じみているから、鎧で身を固めている騎士たちを木の葉のように蹴散らしちゃっているけど。


 そんなタマちゃんの、まだ攻撃ですらない威嚇でそうなっちゃっているからか、直接的な攻撃はしてこない。


 だけど、やっぱりというかなんというか、魔法や飛び道具やとうてきやらで攻撃して来た。ある意味では真っ当だよね。


 さて。どうしようかな。タマちゃんが張った結界でそれらを防ぎながら、私は思案する。


 本来のタマちゃんだったらこれくらいは難なく対処出来るだろうけど、如何せん今は全盛期の十万分の一の力も出せないだろう。そもそも全盛期っていったら、インドや中国の王朝をフツーに滅ぼしてたしね。


『……そろそろ良いかな?』


 そうやって思案している私に、例の王冠を被った美形なおにいさんが話し掛けて来る。


 ああ、そういえば待って貰ってたんだった。空飛ぶSUVが衝撃的過ぎて忘れちゃってた。


『先程の続きだが、魔女様。貴女の魔術で我らのうつしよいましめを解いて下さらぬか。さすれば我ら、魔女様にこの命尽きるまで生涯の忠誠を誓おう』

『いや公王様。我ら既に死んでおります』

『そうだった!』


 そのくだり、もしかして気に入ってるのかな? さっきもやってたよね。


 それはともかく。


「さっきも言ったけど、それをしてしまったら貴方たちは〝輪廻りんねえんかん〟から外れてしまう。貴方たちが生前に積んだ『德』はどれくらいか私には判らないし、だけどそれがどれくらいあろうと、その全てを失ってしまうの。貴方たちの『こんぱくの滅び』までどれくらいあるかも判らないし、そうなったらさら素霊それいになるか、悪くすれば消滅だって有り得るわ」


 輪廻とは生き物の肉体が滅びでもそれに宿っている魂魄が巡って再び現世に生まれることを指す。

 そしてそれは〝輪廻の円環〟と呼ばれるもので、原則その魂魄が消えることはない。

 でも諸々の理由――無自覚に死んだり強い恨みを持ったり、地脈に〝柱〟として縛られたり、そして子々孫々を護ると強く願って自ら「場」に残ったりした魂魄は、最終的には「巡る」けど特定の場所に残ることがある。


 あ。ちなみに〝柱〟って一応「神様」扱いになるんだよね。ほら、神様って「一柱二柱~」って数えるから。


 で、縛られる期間は様々で、現世で積んだ「德」とその間に積んだり無くしたりしたそれによって、また現世に生まれるときに才能だったり素養だったりに恵まれるらしい。


 コレはあくまで「そんな考え方もある」という程度で、それが全て正しいとは私も思ってはいない。

 そもそも死んだことないから判る筈もないし。更にいうなら、ちょっと判りたくもないかなーとも思う。

 いくら「自分が必ず死ぬことを忘れるな」という概念があったとしても、それは今すぐは経験も体験もしたくない。

 もっともその概念は、元々は「いつ死ぬか判らんから呑んで騒げ」といった、とても退廃的で享楽的な意味だったらしいけど。


 だけど「全面的に信じていない」は「それを否定する理由」にはならない。


 そうして「場」に縛られるべき期間を飛び消えてそれらを解放してしまった場合、その魂魄は在るべき「ことわり」から外れてしまい、良くて素霊に、悪くすれば滅びてしまうらしい。


 私は、そういう「悪いこと」が1パーセントでもあるのなら、それはすべきではないと思っている。


 でも、それを聞いた王冠のおにいさんは、目をしばたかせてから豪快に笑った。

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