第09話 勇者と聖女とその他一名(1)

 家の周りがおかしなことになっていて、俺――龍惺りゅうせいはその異常を確認するためサンダルを履いて慌てて外に出た。


 今それを思い返してみれば、相当迂闊うかつであったのだろう。


 そのせいで、俺は更におかしな現象に巻き込まれたのだから。


 いや、俺個人だけが巻き込まれるだけなら構わない。最悪なのは、いつも傍にいてくれている菖蒲あやめも巻き込んでしまったことだ。


 もっともそれを言ったら、確実に怒られるだろうが。なんでそんなこと気にするんだ――って。


 うん、怒ってる菖蒲も綺麗だし可愛いな、確実に!


 そんなことを考え、だが現状を把握するのが先決だと思考を切り替える。

 関係ないが、現状とは「現在の状態」であり、メディアでクッソ偉そうな、雨露しのげる場所でただ駄弁っているだけな無価値で無意味な司会やコメンテーターがよく使う「今の現状」という言葉は、ハッキリ言って美しくない。


 あ、いかん。結構大変な事態なのに余計な考えが浮かんでしまう。悪い癖だ。これでよく菖蒲に叱られるんだよな。……うん、悪くない。


「リュウくん、大丈夫?」


 そんな俺を気遣う菖蒲。いつも通りに優しい。


「ああ、大丈夫――」

「二つの意味で大丈夫? 絶対に今おかしなコトを考えていたでしょう」


 精神感応能力者テレパスかな?


 それはともかく、現状を把握するために周囲を見回した。決して菖蒲の鋭い指摘を誤魔化すためではないし、そのジト目から逃れるためでもない。


 ……菖蒲のジト目……ご褒美だな。


 ゲフンゲフン。


 俺たちが今いる場所は、ひとことで言ってしまえば駄々っ広い神殿のような場所だった。その石床一面には、あのとき俺の足元に出た円と同じ模様の巨大な円が描かれている。

 そしてその周囲には同じような貫頭衣? を着ている聖職者っぽいのが多数いて、「おお」だの「成功だ」だの言っていた。


 これは……もしかして「蒸発消失事件」ってヤツに巻き込まれたのか? 足元に光る円が出て消失するとかいう。そんな突飛なモンが有り得るのだろうか。確率として相当低いと思うが。


 でも「有り得ないっていうのは有り得ない」と、某強欲な人工生命体も言っていたしなぁ。

 あとそれを言うなら我が家の業種だって、ぶっちゃけ一般人には「有り得ない」って言われるんだよな。


「あれ、龍惺くんと……菖蒲ちゃん?」


 そうやって状況確認から全然関係ない方に思考をシフトさせて、隣の菖蒲のジト目をほしいままにしている俺は、その声と左腕の痛みで我に返った。ちなみに痛みの方は、菖蒲が抓っているだけだ。


「なんで此処にいるの? というか、此処って何処よ」


 携帯通信端末を片手に、その女性――長曾禰ながそねはSUVのリアドアを開いたまま呆然と独白した。


「あと、なんなの? あのキャソック着てる胡散臭い連中は。私は聖職者に囲い込まれるような心当たりはないんだけど」


 ああ、あの服キャソックっていうんだ。覚えていてもなーんの役にも立たないだろうけど。


 それと、どうして興里那さんまで此処いるんだろうか。おまけにいつもヤッさんを強制連行……じゃなくて迎えに来るときのSUVも一緒に。


 そんなふうに戸惑っている俺たちに、円から離れたところにある無駄に豪奢な椅子に座っている、王冠を頭に乗せた偉そうなサンタみたいな髭のじいさまが、酒盃片手になにやら口元をもっちゃもっちゃ動かしながら厳かに立ち上がってそれを一気にあおり、両手を広げて大きく息を吸い――


「よふほひらふぃはひゅうひゃほへいひょひょゲフガフオェッフ!」


 …………なんて?


 喰いカスを派手に撒き散らしながら激しく咽せるサンタ髭じいさま。どうやらなにか喰っていたらしい。そのサンタ髭には豪快に吹き出した喰いカスがバッチリくっついている。うん、はっきり言って汚い。


 まぁ、喰ってる途中で思い切り息吸ったらそうなるよな。慌てないで飲み込んでからにすれば良かったのに。


「よよようこそ我が神聖公国にいらっしゃいました。勇者さま、ならびに聖女さま。突然の召喚に応じて下さり、先ずは感謝を」

「ウエッフゲホガフゲヘゲヘグフォガハオェフォウイ!」


 なかなか咽せがおさまらないサンタ髭じいさまの代わりに、隣にいた金髪碧眼でスタイル抜群ボンキュボンで、それを強調するコスプレっぽい衣装のお姉さんが、若干噛んではいるものの、何事もなかったかのようにそう言いながら両手を広げた。


 なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、やっぱりこれって「召喚」なんだな。

 だけど、残念ながら召喚になんか応じてないよ。有無を言わさず選択の余地なくそうされるのは、いわゆる拉致で犯罪行為だ。


 もっともこの……何処だか判らないこの場で、それがそうだと理解されていなければまるで意味がない。


 自国の法を、他国は遵守しないから。


 これを理解していないヤツって意外に多いからね。


 それはともかくとして――


「――うん。ちょっと引くレベルでおっぱい無駄に大きいな。完全に守備範囲外。やっぱりおっぱいは菖蒲の大きさくらいがちょうどい――」

「リュウくん。声に出てるよ」


 ……今のは無かった方向でお願いします。


 左腕の痛みに耐えながら、俺は表情を崩さずそのお姉さんを上目遣いで見る。するとそのお姉さんは「ひ!?」と小さく呟き、俺から目を逸らした。


 おやぁ?


「もも申し訳ありません! 突然このようなことになり、そしてこう言われてお怒りはもっともでしょうが、こちらにも理由がありますのでご理解頂ければと……」

「ウェッフォゲハガハグフェゴハゲヘゲハグホゴヘオエ!」


 どうやら俺の上目遣いがめ上げているように見えたらしい。別に睨んでないよポーカーフェイスだよ失礼な。目付きが悪い自覚はあるけど、その反応はあんまりだと思う。もうあのお姉さんはねーちゃん呼びで良いや。


「大丈夫だよ、睨んでないし怒ってないって知ってるから」


 そんな風に一人で憮然としていると、即座に菖蒲がそう言いながら手を握ってくれる。


 あれ、女神だっけ? 微笑む菖蒲に後光が差しているのを勝手に感じてしまう。


「でもちょっとだけ鬱陶しいって思ってたでしょ。視線に殺気が乗ってたよ」


 何故バレた。


 それはともかく。


 俺が視線を外すと、そのコスプレねーちゃんは小さく咳払いをして気を取り直し、だが俺の動向が気になるのか、何度もチラ見しながら続けた。


「じじ実は我が神聖公国は、現在大変な危機に瀕しております」

「ゴエッフォゲファッフェオエッフォゲボハウウェ」


 指を絡めて手を握ってくれる菖蒲とちょっと見詰め合い、それで俺の視線から外れてホッとしたのかそのコスプレねーちゃんは唐突に語り始めた。


「我が神聖公国」って言ったのか? すると此処は、インド洋上に現れた「ファエラス神聖公国」なのか。というと、あの咽せ込んでいているのは公爵だろうな。


 関係ないけど、王国と公国の違いは、治めているのが「王」か「公」かだ。つまり、王族が統治していれば「王国」で貴族が統治していれば「公国」。テストには出ないけどね。


 どうでもいいけどじいさまい。


「我が神聖公国には、古くから魔王が封じられており、その封印を代々守っておりました。ですがそれが、四年前の『大陸転移』により解かれてしまったのです!」


 ああ、はい。良くあるヤツね。魔王討伐のために召喚したってのか。あとウチらは〝世界統合〟て呼んでたあの事象は、コッチでは〝大陸転移〟なんだね。


 場所によって呼び名が違うのは当たり前だから気にしないけど。どうでも良いし。


 あと。うん。ぶっちゃけ迷惑だな。


 というか興里那さんや。コスプレねーちゃんの話しを一切聞かないで携帯端末弄ってるのはどうかと思うよ。


 え? 位置情報の検索と現状報告? なるほど、サスガはキャリア官僚。がキチンと生えていらっしゃる。


 同僚どもは大体枯れてるって? さいですか。苦労しているんだね興里那さん。


「その魔王は、あろうことか我が神聖公国のへと渡り、暴虐の限りを尽くしていると聞きます。なんと恐ろしい!」

「ウォウェッフォウェッフェグファッフォイゲヘゲヘゲヘ!」


 んんん? それ聞いたことあるぞ。というかSNSで映像観た。

 紛争地帯に単騎で乗り込んで、総軍相手に某無双ゲーよろしく薙ぎ倒す、性別不詳な美丈夫魔王様。

 あと暴虐の限りは尽くしてないだろう。国が荒れて逃げ出した難民のために、テロ組織を屠ってただけだろうし。しかも死傷者を出さないで。

 同じくテロ組織を虐殺していた正義の勇者どもとは天と地ほども違うなぁ。


 ま、正義ってのは言ったもん勝ちだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る