第5話


「裕兄ちゃーん、久しぶり♡」

 そう、ひまわりのような笑みを向けて言った彼は、裕より三つ年下の――裕と研の従兄弟であった。

 『いやーこっちも暑いね』と言いながら靴を脱いで玄関に上がり込んでくる彼に、あわあわとしながら重そうな荷物を手に取ると『ありがとう!!』と顔を染められた。

 鈴音は裕の父親の姉の息子で小さい頃から交流があり、いつも裕にべったりとくっついていた。

 出した麦茶を飲み干した鈴音の話では、彼も来年裕たちと同じ高校に通うつもりなので、視察のために来たのだという。そしてすごく急だが、夏休みの間この家に泊まると言い出したのだ。本当に急なことに、いつも冷静な裕も少しだけ焦った。

 二杯目を飲みながら、『だって前もって知らせたらダメだって言うじゃん。バカ研が』と唇を突き出す。


 突然の鈴音の訪問・・・裕がそれに焦る理由はずばり、研と鈴音の不仲である。

研はそれほどではなかったのだが、何故か鈴音は初対面の時から研のことを嫌っており、それから研は鈴音のことを苦手に感じているのである。鈴音と初めて会ったのがもうすでに根暗になっていた時期だったから、さらに凹む研を励ますのに沢山の時間を費やしたのだ。

「昼はそうめんかぁ~って、あれ、これ賞味期限切れてるじゃん。僕買ってくるよ!行ってきまーす」

「え、え!?ちょっと鈴、待っ――って・・・・・・行っちゃった・・・・・・っそうだ!研に連絡しなきゃ!!」

 台所を覗いたかと思えば側に置いてあるつゆを手に取り、賞味期限が切れていることを知るとすぐに出ていってしまった。その勢いに、裕は研が買ってきてくれていることも言い出せずに見送る。

 良い子なのだ・・・・・・すごく。だが人の話を聞かず早合点したり、こうだ!と思ったら突っ走ってしまう節があるだけで。

 今ちょうど家に向かっているだろう研に向けて急いで打ったメールは、『家の前で鈴に会うかもしれないから、他人のフリをして』という内容だ。

 おそらく研は今家に向かっている途中で、そこに店に向かう鈴音とばったり会うと考えられる。本来ならば、研とは会って欲しくないのだ。


 何故なら今の研は、ものすごいイケメンだからである。

 何故イケメンな研と鈴を会わせたくないのかといえば、従兄弟の鈴音は、度を超えた面食い、だからであった。


 昔から鈴音は裕にべったりで、『かっこいい』と『好き』は何億回聞いたかわからない。それからテレビを見ても女優になどお構いなしで俳優ばかりに言及する。だが最後は『やっぱ裕兄ちゃん以上の人はいないね』で終わるのだ。その時はそれほどまで賞賛されて擽ったい心地だったが、正直研の素顔はその裕をも越えるかも知れない美形なのだ。

 格好良い男が好きな鈴音が、今の格好良い研を見たら・・・・・・十中八九一目惚れをし、さきほどの家を出ていった勢いで告白でもしそうなのが想像でき、裕は顔から血の気が引くのを感じた。

 しかも、そのイケメンが研だと知ったら・・・・・・。絶対に今までの態度を180度変え家にいる間中研にべたべたとするのが目に見えている。一瞬にして裕の脅威になること間違いなしだ。

 だって、鈴は可愛いのだから。

 もしも研が鈴のことを好きになってしまったら・・・・・・と嫌な未来を考えてしまい、何でもいいからなんとか他人のフリをして鈴音を誤魔化してほしいと思うのだった。


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