④異文化からの使者



 相手の言葉は理解出来たが、俺達は簡単に警戒心を解けなかった。そりゃそうに決まってるだろ、相手の心理を掴み切れないんだからな。


 「…あー、言い方が悪かったか。あんたらは山向こうの集落の住人か?」


 くるぶし位の浅い雪原に現れた騎馬の男は、そう言ってこちらの反応を窺う。


 「ああ、そうだ。【ヨセアツメの谷】って集落に身を寄せてる。あんたは何処の誰なんだ?」


 俺が三人の前に立って視線を遮りながらそう言うと、相手は少しだけ口元を引き締めながら答えた。


 「…うむ、そうか。俺はコーケン国の外交者、バラダムという。それでお前は…集落の代表者か?」


 …なるほどね。こいつは国を代表して交渉する立場の人間って訳か。


 「…俺は代表者じゃない、只の住人だ。それにしても、あんたの国は何を希望しているんだ?」

 「ふむ、そうだな…集落まで案内してくれ。そこに着いたら話そう」


 …あまり良い展開を望めそうにないが、俺達はバラダムと名乗る男を【ヨセアツメの谷】まで連れていった。




 「…しょうとして、集落を管理する?」

 「ああ、雪が解けて春になったら、コーケン国は一帯の管理を始める事に決まった。その際、今まで在った集落は全て領地化されて、租税を徴収する」


 集会所に集められた集落の住人の前で、バラダムは落ち着いた調子で話し、住人達はざわつきながら隣同士と顔を見合う。そりゃそうだ、寝耳に水ってもんだからな。


 「なあ、租税ってのを払わなかったらどうなるんだ?」


 毛皮職人が質問すると、バラダムは淀み無く答えた。


 「…飢饉や不猟で納められない場合以外は、次の年から倍になる。その次も払わなかった場合は…廃領になる」


 言葉にトゲが無いだけで、バラダムが言っているのは侵略と支配、そして収奪だ。勿論、そんな話を持ち出すだけで脅しが見当たらない訳は…


 「…勿論、拒否する事は出来る。しかしそうなると、こちらとしても強硬手段しかない訳だ。だが、我々も無駄な犠牲は払いたくないし、領地が荒れ果てるのは望んでいない」


 そう言うバラダムの腰には、長い剣が提げられている。身に付けている革の鎧も十分な厚みが有り、貧弱な武装しかない原始時代の住人には太刀打ち出来そうに無い。…まあ、普通はそう思うだろうな。


 「直ぐに返事は出来ないぞ、それにここには住人以外の連中も結構来る。そうした者から租税を取るような決まりになるって事か?」

 「…3日後にまた来る。それまでに答えをまとめておいてくれ。来訪者から租税を取るかについてはそれから決めてもいいからな」


 バラダムはそう告げると外へ出て、馬に跨がって立ち去った。集会所に残された住人達は各々の思惑を口にするが、表立って反対する意見を述べる者は居なかった。




 「…ヒゲさん、どうする?」


 家に戻り、留守番していたオトと食事をしている時、サキが口を開いた。勿論、集落の領地化の事だろう。


 「…別にいいんじゃないか? …と、言いたい所だが、相手の思惑を知らない内には答えは出せないな」


 俺が答えると、そうよねと言いながら薪を焚き火の中に入れた。パチパチと燃える炎に勢いがつき、新しく入れた薪からオレンジ色の炎が湧き上がる。


 「…一度、コーケン国の様子を見に行ってみるか。その方が向こうの方針も判るだろうし、最悪の事態になっても動き易いからな」

 「そうね…で、コーケン国ってどこにあるの?」

 「…知らん」


 俺の返答にサキが半笑いになった時、それまで沈黙していたポンコが得意気に言った。


 「まーまー、そんな時こそ私を頼ってくださいよ~! こう見えてこの辺りの事は詳しいんですからねぇ~!」




 次の日になり、猟ではないのでニイとオトに留守番を頼み、俺達三人はコーケン国に向かって集落を出た。ポンコの話ではコーケン国は1日程歩けば着くらしく、武器は護身用のみにして、出来るだけ軽装で出発した。


 まだ雪の残る山の中で野宿する事になるが、雪洞と焚き火さえ作れれば春も間近なのでさほど厳しくは無い。サキはポンコを湯たんぽ代わりにして平気だと言い、ポンコも慣れたのか文句は言わなかった。


 …何なんだろう、俺だけ除け者感がするんだが。




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