⑩冬の来訪者



 この集落、【ヨセアツメの谷】には時折、余所者が訪れる。


 大抵の連中は次の目的地を目指す為、僅かな時間だけ滞在する。交易所を訪れてな対応を掻い潜った猛者だけが必要な物を手に入れて、或いは何も手に入れられず…次の目的地へと出発する。


 しかし、中には雪に行く手を阻まれて命からがらといった体で転がり込み、行くも戻るもままならぬ状態で途方に暮れる者も稀に居る。


 では、住人達は彼等に冷たく接するかと思えばそうでは無く、手厚くもてなして体力が回復するまで面倒を見た上、帰れるだけの装備と食料を分け与えるのだ。


 どうしてそこまでするのか、不思議に思った俺が住人達に尋ねた事が有る。すると彼等は口を揃えて、こう答えるのだ。


 「彼等が次に来る時は、きっと良い物を谷に運んで来るさ」…と。





 その男が【ヨセアツメの谷】に現れたのは、雪で足止めされて集落に滞在するようになり、暫く経った頃だった。


 「…ねぇ、あれ…矢じりをくれた人じゃない?」


 交易所にオオツノジカの毛皮製品を取りに行く途中で、サキが俺の手を引いて教えてくれる。するとクマの毛皮を着た大柄な男が俺とサキに気付き、のしのしと大股で歩きながら近付いて来た。


 「…暫く見ない内に、刺青が濃くなったようだな」


 男は出会った時と変わらぬ力強い声でそう言うと、俺に向かって掌を差し出して重ねるように促した。


 何をするつもりなのか判らなかったが、敵意の無い相手だと理解していた俺は、黙って彼の掌に右手の平を載せた。


 「…オオカミを従えたか。悪くない…しかし、まだ出会っていない獣は数多く居るぞ」

 「ご親切にどうも…だが、前から気になっていたが、あんたは何故そこまで俺達にご執心なんだい」


 俺が正直にそう尋ねると、男は暫く考えてから答えた。


 「…お前達は、俺達とは違う。この世に居ながら、しかしこの世の者でも無い」


 その答えを聞いた俺は、男がポンコ達と同じNPCなのだと気付いたが、同時に疑問も湧いて来る。どうしてこの男は並みのNPCと違う知識を持ち、そしてプレイヤー並み…いや、それ以上の能力を持っているのだろうか。


 「…なあ、あんたも俺も、どうして特別扱いされているんだ?」


 俺は余計な事を抜きにして、単刀直入に尋ねてみた。前に聞いた時は詳しく聞き出せなかったが、今度はどうだろう。


 「特別扱い…確かにそうだな。俺は他の者とは違い、自分自身の名前を知っているし、果たさなければならない使命も課せられている」

 「…使命?」


 男は今までとは違う饒舌さを見せ、その豹変振りに思わず問い返した俺に、彼は確かな口調で迷わず答えた。


 「ああ、刺青に関わる能力は、その使命を果たす為に与えられた力だ」


 それだけ告げた後、続きは用件が済んだら話してやると言い、交易所を指差した。




 毛皮職人の手を経たオオカミの毛皮、そしてオオツノジカの毛皮は、サキと俺の服へと姿を変えた。各々厚みの有る毛皮の服は結構な重さだったが、そのお陰で雪深い環境でも寒さに震える事は無さそうだ。


 「凄いなぁ…見てよこれ、ちゃんと頭から被れるフードみたいになってる!」


 そう言いながらサキはオオカミの毛皮服に袖を通し、頭の上に覆いの部分を載せると尖った耳がちゃんと立ち、切れ長の眼が目立つ彼女の姿に良く似合っていた。そうそう、裾の後ろにはフサフサした尻尾がちゃんと残されていて、歩く度にひょこひょこと揺れて面白かったが…着ている本人は気付いているんだろうか?



 サキと二人で交易所を後にすると、刺青の男が再び俺達の前に姿を見せた。


 「詳しい話が聞きたいだろう…ならば、付いて来い」


 そう言って男が目指して進む先は、俺達の家だった。どうしてそこへ向かうのかと声に出しかけたが、躊躇の無い歩みを見ている内に到着してしまった。


 「…えっ、どうしてここに…?」


 驚くサキの問い掛けに男が答えるより早く、入り口の編み藁が捲られたのでポンコが出て来るのかと思ったが、続いて現れた顔を見た俺は、彼女より更に驚いた。


 「…ヒゲとサキ、邪魔してる」


 そう言って切り揃えた前髪を垂らした顔を見せたのは、呪術師のワレメだった。




 「はい! 彼女は私のおねーちゃんです!!」


 …そう言いながらポンコがあっさり認めた相手が呪術師のワレメだった。しかし、姉妹と言われてハイそうですか、と簡単に納得出来ないのが当然だろう。


 「…ポンコ? …ぶふっ、見た目通り…」


 そう言いながら眉をひくつかせて笑いを堪えるワレメだが、表情に変化は全く無い。相変わらず能面みたいな奴だが、何だかんだ言って愉しげに見える。


 「…クマ、お前もお節介焼き」

 「…姉御も人の事は言えんぞ」


 しかし、まさか刺青の男…いや、クマと呼ばれたこいつまで、姉弟きょうだいだって言うんだから、血の繋がりから見ても無茶苦茶な連中だな…。


 姉→ワレメ、呪術師。

 弟→クマ、戦士。

 妹→ポンコ、巫女…?


 「なっ、何なんですか! どうしてポンコだけって、微妙な扱いなんですか!?」


 丸顔を更にプクッと膨らませつつ、ポンコが憤慨しながら抗議するが…ま、ほっそりとした容姿で、端から見れば神秘的な雰囲気も兼ね備えたワレメと、筋骨隆々で名前の通り猛々しいクマ。そんな二人と比べりゃポンコの印象を聞かれたら…俺にはヤマイモを抱えて小躍りしてるイメージしか無いんだよなぁ。





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