⑦気の休まる時



 「ねえ! ヒゲさん…何かあったんですか!?」


 オオカミ達と共に戻ると、岸辺で待っていたサキが開口一番で尋ねてくる。そりゃそうだろうな、化け物の上に乗って暫くした後、訳も判らず気絶すりゃあなぁ…。


 「大丈夫だよ、サキ…ちょっと油断して感電しただけだから」

 「ちょっと油断してっ? …そんなっ、わぷっ!?」


 再びサキが口を開きかけた瞬間、1頭のオオカミがブルルルッ! と身体を振るって水気を撥ね飛ばし、近くに居たサキは盛大に浴びてしまった。


 「まあ、化け物は死んだんだし、コイツらの居場所も確保出来たんだから、良しとしてくれないか?」

 「…そうだけど…」


 まだ釈然としないサキだったが、すっかり大人しくなったオオカミ達の姿を目にし、たかぶっていた感情も下火になり、落ち着いて周りを見回せるようになる。


 「…そうね、判った。でもいくらゲームだからって無茶はしないでよ? 見てるこっちがハラハラさせられるんだからさぁ…」


 そう言ってサキが空を見上げると、薄曇りの空から雪が舞い降りてきた。


 「…じゃあ戻ろうか。それでコイツらには、自分達の住みかに帰って貰って…?」


 俺がサキに呼び掛けながらオオカミ達を見回すと、その場に座り込んで動こうとしない。近付いて頭を撫でてみても嫌がりはしないが、ともかく連れて帰る訳にも行かないし…と困っていると、手の甲がムズムズしてくる。妙な感覚に腕を挙げてみると、手首から先に向かって刺青が枝を伸ばすように広がっている。


 まさか、と思い周りを見回すと、オオカミ達の身体が引き伸ばされて光の玉になり、そのまま刺青に向かって吸い込まれていった。


 「…獣達が自分で決める、ってのはこんな形でも起きるのか…」


 そう呟きながら袖を捲ってみると、肘の上にオオカミが四肢を伸ばして駆ける姿が、刺青として現れていた。




 「ほほぉ、こりゃなかなか良い毛皮だ。傷も少ないし、毛並みも悪くない。初めて狩ったにしては上出来だね」


 【ヨセアツメの谷】に戻り、交易所の毛皮職人にオオカミの毛皮を見せてみると、太鼓判を押してくれた。


 「でもまぁ、オオカミ相手に無事に戻れて良かったね。大抵の駆け出し連中は毛皮じゃなくて怪我して帰るからさ」


 毛皮職人の女将さんがそう言いながら、二枚あった毛皮を丸めて縛り、2日程待ってねと言い、預かってくれる。これで防寒対策はそれなりに進むな。




 「…ヒゲ、サキ、おかえり」

 「んぅあっ!!」


 家に戻ると、留守番してくれていたニイとオトが出迎えてくれる。実は2人が居てくれるお陰で、日々の暮らしが快適な事に最近気付いた。


 「ただいまぁ~♪ 2人ともお利口に留守番してくれてたかなぁ~?」

 「…サキ、くっつくな…」


 …まあ、サキの過剰なスキンシップをニイが嫌がっているのはともかく、家の暖房管理はこの時期は特に欠かせない。帰宅していちいち火起こしから始める必要も無いし、何より適温を保ってくれている上、火の見番として火事を防ぐ役割りはとても重要だ。


 そうそう、火事と言えば…この世界はゲームでは一般的なモノが無い。まあ、原始時代じゃ当たり前なんだが、まず貨幣経済が存在しないのでお金が無い。だから家に余計な家財など無いし、生活する為に必要な最低限の道具しか無い。


 しかし、食う物に関しては集落の面々と共生関係を築いているので、特に不便な事は無い。やはり、クマとシカを獲った時の振る舞いが功を奏していたようで、その後やって来た他のプレイヤー達とは違う対応をされている。因みに今、ここを拠点としているのは自分達だけで、それ以外は門前払いの状態だ。どうしてそうなったのか詳細は判らないが、もしかすると…この集落が賄える部外者の数は、そう多くないのかもしれない。


 「…明日はまた、狩りに行くか…」


 雪が積もれば、獣の足跡は容易に辿れる。寒さは難儀だが、遠くまで行かなければ差程困難じゃない。それに…そろそろニイとオトの2人にも狩りを教える必要があるかもしれないな。




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