幼馴染のわたしはモブでいたいのに、なぜかヒロインの恋愛対象になっている。

白藍まこと

01 幼馴染はモブになりたい


 わたしは教室の席に佇んでいた。


涼奈すずな、今日も一緒に帰ってやってもいいぜ?」


 目の前には黒髪の少年が、こちらを見下ろしている。


 ……おかしい。


 ここは初めて見る教室で、この少年とも言葉を交わしたことはない。

 

 それでも、わたしは知っている。


 ここは星藍学園せいらんがくえんで、少年の名前は進藤湊しんどうみなと


 どうしてか良く知っている。


 その理由を探ろうとして、すぐに思い当たる。


「……ああ、わたしが最後にやってたゲームの世界じゃん。これ」


 “俺のとなりの彼女はとにかく甘い”


 通称:カノアマ


 ……だったかな。


 とにかく、そんなタイトルの恋愛ゲームをわたしはやっていた。


 この世界はそのゲームと酷似している。


 まさか……これが言わゆる転生というやつだろうか。


「は、ゲーム……?どうしたいきなり」


「あ、えっと、何でもない。それより進藤……くん。今、わたしのことを何て呼んだ?」


「は?変なこと聞くな……涼奈は涼奈だろ。他になんて呼ぶんだよ」


 ああ……マジか。


 彼が呼んでいる少女の名前は雨月涼奈あまつきすずな


 ヒロインの一人で、ポジションは幼馴染。


 わたしは、そんな登場人物の一人として生まれ変わってしまったわけだ。


「ほら、どうせ今日も帰る相手いないんだろ。俺が一緒に帰ってやるよ」


 進藤湊と幼馴染の雨月涼奈はいつも登下校を共にしている。


 だが、見ての通り湊は涼奈に対して横柄な態度が目立つ。


 今もなぜか一緒に帰ってやるみたいなオーラを出されている。


 けれど、涼奈はとにかく優しい。


 幼い頃から進藤湊に恋心を抱き、それを隠したままずっと友人として過ごしてきたのだ。


 だから、こんな態度をとられても笑顔で返事をする。そんな健気な少女。


 彼女らしく受け答えをするのなら、ここは一緒に帰るのが正解だ。


 ……だけど。


「一人で帰るから、大丈夫」


 我ながら愛想のない声で、はっきりと自分の意思を告げた。



        ◇◇◇



 見慣れない廊下のはずなのに、勝手知ったる我が家のように道が分かる。


 雨月涼奈として、この世界の記憶は共有されているということだろう。


 わたしは真っすぐ玄関へと向かう。


「お、おい……涼奈、どうしたんだよ。なんだ機嫌でも悪いのか……?」


 だが、その後ろを付いて来る男の子がいる。


「悪くない」


「じゃ、じゃあ……なんで一緒に帰らないんだ?いつもそうしてたじゃん」


「いつもそうだからって、今日もそうとは限らない」


 というか、後を付いてこないで欲しい。


 男の子に近寄られるのは、ちょっと怖い。


「涼奈に、なんかしたか俺?」


「……心当たりある?」


「え……あ、いや今日も宿題見せてもらったりとか、寝てる俺を授業直前に起こしてもらったりとか、掃除当番変わってもらったりとか……それか?」


 そう、この男の子はとにかくだらしない。そして何でも女の子に依存している。


 この世界のヒロインは、主人公をとにかく甘えさせる。まるでダメ男しか好きになれないルールでもあるかのように。


 高校二年生にもなる年なのに、彼を甘やかすばかりで叱ることは一切ない。


 その中でも特に甘いのが、この雨月涼奈というヒロインだ。


 幼馴染というだけなのに、とにかく昔から彼の世話を顧みない。


 常に下手に出て彼の顔色を伺い、いつだって優しく接している。


 正直、プレイヤーであるわたしには理解できなかった。


 この主人公は得意じゃないし、それに恋する涼奈の気持ちもよく分からない。


 感情移入がさっぱり出来なかった。


「そういうことかも」


「え、それにしたって、なんでいきなり……」


「とにかくわたしは一人で帰るね。ばいばい、進藤くん」


 だから、わたしは攻略なんてされない。


 好きじゃない男の子と付き合うなんて、いくら恋愛ゲームの世界と言えどもお断りだ。







「……やっと諦めたんだ」


 校門を過ぎて振り返ると、そこに進藤くんの姿はなかった。


「でも……、言い過ぎちゃったかな」


 去り際に放った一言で、進藤くんが傷ついたような表情を浮かべて押し黙ってしまった姿が頭から離れない。


 はっきり言わないと分かってもらえなさそうだったとは言え、無闇に傷つけたいわけでもない。


 恋人という面倒なポジションに収まらなければいいだけだ。


「ほんと、ゲームの世界でも人間関係上手くいかないとか勘弁してほしい……」


 少しだけ、元いた世界を思い出して溜め息を吐く。


 どこにいたってわたしは思うようには生きられないのだろうか。


「やめよやめよ。新しい人生なんだし、せっかくなら楽しまないと」


 そう、何も悲観することばかりではないはずだ。


 新しい人生を歩むことで何か違ったものが得られるかもしれない。


 幸いにして、雨月涼奈は他者から嫌われるキャラクターではなかった。


 上手くやればそれなりの学園生活だって送れるかもしれない。


 主人公には攻略されないヒロイン、いやもういっそモブになって、慎ましい学園生活を送ろう。


 平穏な生活がわたしには合っている。


 何となく、今後の生き方の指針が決まると心が落ち着く。


 足取りも少しだけ軽くなって、帰り道を急いだ。







 繁華街を通る。


 建物が急に大きくなり、人通りが多くなるこの空間はあまり得意ではない。


 さっさと通り過ぎようと足を速める。


「だーかーら、興味ないって言ってんじゃん」


 ……ん。


 どこか聞き覚えのある女の子の声が耳に届いた。


 声のする方へと視線を向けると、ブラウンの髪をゆるく巻いたばっちりメイクの少女が、安っぽいスーツを着た男に絡まれていた。


「君、可愛いからさ。一日1~2時間だけでもすぐに稼げるようになると思うよ?」


「は?なにそれ怪しすぎ、怖いんだけど。あたし別にお金に困ってないし」


 その少女は、わたしと同じ制服を着ていた。


 だいぶ着崩していて、かなり軽薄な印象に様変わりしているけれど、間違いなく同じ学園の生徒だ。


「うそだ、そんなチャラい恰好して興味ないわけないじゃん。全然怪しくないからさ、まず話聞くだけで嫌なら断ってくれていいから」


「もう断ってんじゃん。マジしつこいって」


 ……ああ……。


 わたしはその光景に頭を悩ませる。


 このイベント、見覚えがある。


 本来であれば、今日の雨月涼奈は進藤湊と帰っているはずだった。


 進藤くんは、いつものように涼奈に大口を叩いていて。


『俺は可愛い女の子のためなら、何だってするぞ』


 と、結局見た目という身も蓋もない発言をするのだ。


 だけど、涼奈は素直な子だから……。


『そっかあ。じゃあ困った女の子がいた時は湊くんにお願いしたら安心だね』


 という、のほほん回答を返す。


 そしてこの場面に遭遇するわけだ。


『ねえ湊くん、あの子、困ってそうだよ?』


『……ああ』


『女の子のためなら、何だってするんだよね?』


『…………ああ』


 自分の不用意な発言で引き返せなくなった進藤湊は、半ばヤケクソでスーツの男に突撃する。


 男は分が悪いと思ったのか、それで退散するわけなんだけど……。


「わたしのせいで、進藤くんいないじゃん……」


 つまり彼女を助けるはずの主人公が不在だ。


 罪悪感が更にわたしにのしかかる。


 流石にこれを無視をするわけにもいかない……。


 胸に沸き起こる恐怖心を押し殺して、わたしは歩調を速めた。


「ねえねえ、いいから。ちょっとだけ、ほんの少しだけ」


「いや、ちょっと触んないでよ。マジ、キモいって」


 とうとう強引になってきた男の勧誘に、見てるわたしも焦りを覚える。


 早足になって、そのまま……。


「あ、ああー。ごめんごめん、待ったー?」


 わたし2人の間を割って無理やり声を掛けた。


 慣れない台詞に声が上擦っている気がする。


「え、ええと……?」


 急に声を掛けてきたと思ったら、約束もしていないクラスメイト。


 そりゃ彼女も面を食らうだろう。


「先に買い物?ほら、時間ないし早く行こ」


 わたしはそんなことは意に介さず、派手な女の子の手を取って歩き出す。


「あ、おい、ちょっと待てよ!」


 尚も追いすがろうとするスーツの男相手にわたしは口を開く。


「お兄さん、この子はわたしと用事があるんです。それにあんまりしつこいと警察呼びますよ。未成年相手ですし、噂になったらお仕事にも影響出ちゃうかもしれませんけど、いいですか?」


「……ちっ、なんだよ、いいよ別に」


 明らかに面白くなさそうな態度に手の平を返す男。


 まあ、でもこれで必要以上に絡んでくることはないだろう。


「行こう、日奈星ひなせさん」


「あ、う、うん!」


 わたしはそのまま彼女――ヒロインの一人である日奈星凛莉ひなせりりの手をとって、街を後にした。


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