此花と二番館興業(セカンドラン)

 <春一番>

 春爛漫、花まさに盛りなり。そんな季節、新興住宅地の町山田市にあるごく平凡な一戸建ての家も親子喧嘩の花盛り。通勤前の静かな住宅地にやかましく響く親子の声。誰かこの喧噪を断ち切る手立てを知らないものか、と思える怒鳴り合いであった。


「わたしぜったいタカトシツバサのライブ行くからね! 冗談じゃない。折角勉強して合格したんだからいいじゃない」


 必死に涙目になって訴えているのは十八歳の娘、神戸こまち。翌日に控えたライブに行くといって懇願、抵抗している。



「合格祝いで、家族で食事に行くって決めていた日なんだ。家のルールに従いなさい。だいたいどっちが名字でどっちが名前かも分からないような歌手の音楽など聴きに行っても仕方ないだろう」



 父、神戸あさひは自分では決定的な説得力と思った。よくできた言い回しの台詞と感じ、瞬時に自分がはいた言葉に酔いしれた。しかしその自分にとって小気味のよい言い回しも口論の相手には逆効果で、芯から相手の怒りの炎に油を注いだことになる。


 あさひは新聞を手にしてしかめっつらでこまちに目を合わせようとしない。気まずいのだ。大人のわがままを家の用事と称して押しつけている後ろめたさを少々無意識のうちに感じている。ワナワナと煮えたぎる感情。手持ち無沙汰にコーヒーカップの取っ手を掴んで、飲みもしないの口元までやる。僅かに含むとソーサーに返す。この行為を二、三回繰り返していた。


 さすがに見かねた母あおばがキッチンから出てきて、「お父さん早く行かないと遅れますよ」とけしかけた。エプロンの下裾で手を拭いながらあきれ顔のあおばだ。どっちも子どものように感じていた。


 あさひは腕時計をちらりと見ると椅子から立ち上がり、「とにかくあしたのお祝いはお前のためのものなんだ。外出はゆるさないぞ」と念を押す。あおばに「行ってくる」とだけ小さく告げると新聞を食卓において玄関へと去って行った。


「なによ。あの横暴さ。まるで絶対王政ね。暴君。時代逆行、封建社会だわ」


 怒りのおさまらないこまちはソファーのクッションを殴る。涙目で抑えきれない感情を言葉にしていた。もちろん実感のわかない受験勉強で覚えた単語をおもいつくまま羅列させただけだ。その証拠に暴君は古代ローマで覚え、絶対王政は近世社会、封建制は中世で覚えた単語。時代が滅茶苦茶である。


「大丈夫。森はうごくわ」とあおばはこまちを笑顔で諭した。そしてまたキッチンのほうへと引っ込んでしまった。キッチンの窓から見えるみどりの小高い丘で木々がそよ風にさんざめいていた。



 神戸宅は町山田の駅からバスで十分ちょっとのあたりにある。玄関を出ると目の前は古くからの農家で、その裏山が日月さまという神社になっている。それは小高い丘とため池をかねた神池からなる。したがって目の前は水田とみどりの丘というのどかな風景だ。バス通りに面した農家の反対側の一角が分譲地として売りに出された。その一軒が神戸宅ということになる。


 あさひが門の金属製の扉を押し開けると、ちょうどお向かいさんの農家のご主人も出勤のため庭先に出てきたところだった。


「やあ。おはようございます」

 先に声を掛けたのは農家の主人不二春彦だ。実際に農家をやっているのは春彦の父だ。

「やあ。すっかりご無沙汰になってしまい……」

 軽く会釈するあさひ。

「これからご出勤ですか」と春彦。

「ええ」とあさひ。


 それを聞いた春彦は「よければ、ご一緒にどうですか。駅までお送りしますよ」と笑顔で誘った。

「いいんですか? 私は助かっちゃいますけど」とあさひ。

「なに、通り道ですから」と人のよい優しい笑顔が手招きをした。



 誘われるまま春彦の車の助手席に乗り込むとあさひは「恐縮です」と笑った。

「お互い子どもたちが小学校の時は、子供会などで顔を合わせる機会も多かったのに、今じゃあまり会いませんもんねえ」


 エンジンを掛けて春彦は車を走らせる。

「たしか一つ違いだから夏夫君は高校三年ですね。たまにお見かけしますよ。一眼レフのカメラ持ってお辞儀してくれます」


 春彦は照れくさそうに「新しいカメラが欲しくって家族皆に援助要請をして回ってますよ。参考書よりカメラのカタログ読んでる姿の方が多くて困っちゃいます」と笑う。


「うちのこまちはタカトシツバサのライブに行くんだって、合格祝いの家族の食事会を蹴っ飛ばそうとしまして、朝からやっちゃいました」とあさひは苦笑いだ。


「そっか、一つ違いだから受験だったんですね。おめでとうございます。学校訊いても差し支えないですか?」

 ハンドルを握りながら笑顔の春彦。

「ええ、丘の上女子大の文学部なんです」とあさひ。

「そうですか。うちの家内と一緒だ」

「ええ、そうなんですか? 前に知っていればいろいろとお訊ねできたのになあ」


「いやいや、大学も随分変わっているらしいから、もう昔話ぐらいしかできないと思いますよ」


 ハンドルを切りかえしながら、「ところで大丈夫なんですか? こまちちゃんのほうは」と少々神妙な顔つきで心配をする春彦。


「また帰ったらバトルなのかな………。サクラが咲いているのに我が家は突風、春一番ですよ」と頭を抱えるあさひ。


「まだご帰宅までに時間はありますから仲直りの妙案が浮かぶかも知れませんよ。うちは女の子、育ててないので想像もつかないんですけど……」と春彦が意味深に、優しさをこめて言ったところで、私鉄の町山田駅高架下の駅前ロータリーにハザードをつけて停車させた。シフトレバーをニュートラルに落としてサイドブレーキを引く。


「はい。着きました」

「今日も試験場のほうですか?」とあさひは訊ねながら、ドアを開く。

「ええ。そろそろ、田植え用の苗をハウスで育てる時期なので」

 笑顔で応える春彦に「おつとめご苦労様です。送っていただきありがとうございました」と深々とお辞儀をしてドアを閉めた。

 それを見届けたところで春彦は軽く会釈をすると、勤務先の農業試験場に向かって車を出した。



 <年下の男の子>

 列車に乗ってうとうとしていたあさひは、ふと終点に着いた気配で目を開けた。けだるさとまどろみの入り交じった感覚でカバンを持ち直すと列車を降りた。辺りを見回すと見慣れた駅の風景がなんとなく違う。その違和感もさることながら、体が軽いのだ。無理をすると伸ばした筋肉などが違和感を感じる年になったあさひの肉体が、ジャンプすら苦痛にならない。



 内ポケットに入っている定期券を取り出すと、懐かしいパスケースが出てきた。「これは十代の頃に使っていた定期入れじゃないか」とつぶやく。しかも中の定期券は紙にハンコの日付だ。当時親と住んでいた世田谷の団地の最寄り駅から新宿までの区間になっている。よく見れば、携えているバッグも通勤バッグではなくセカンドバッグになっていることに気付いた。


「どうなっているんだ?」という思いとともに、ようやく辺りの異変に気付いた。ホームに停車中の私鉄の電車が全て白地に青のラインである。ステンレスの金属色など一両もない。そしてホームを歩いた行く手には有人改札が存在していた。そのまた先、改札の向こうで一人の女性が手を振っている。春らしい淡いピンクのワンピースに前髪を斜めで挟んでとめたデコレーションのついたヘアピン。


「おかあさん」とつい、いつもの呼び名で声を出すあさひ。その声にあおばは首をかしげながら確かめるように後ろを振り向く。誰か自分の後ろにいるのか確認したのだ。


 あおばは不思議そうな顔をして「誰か知り合い?」と再び首をかしげながらあさひに訊ねてきた。


『若い!』


 彼は心中でそう叫んだ。そしてその彼女の姿を見て、彼は恋女房のあおばに再び恋をしてしまう気分だった。そこで合点がいく。

「タイムスリップか……」とつぶやく。


 そして薄れかかっていた記憶の糸をたどると、この光景が一九七八年四月三日であることは容易に想像がついた。あおばとの交際一周年を記念して新宿の映画館で『未知との遭遇』を見る約束だったからだ。この冬二月に公開の映画であったが受験が済んでからという約束でこの時期になった。通路を歩く途中、鏡で自分の姿を映し見てみれば、大学生の時の自分だ。正確には入学前なので大学生準備期間のような時期である。


 あさひは沈着冷静に物事を判断する性格のため、さほどこの状況に驚いてはいない。とりあえず不自由がないかという意味で自分の財布を確認する。聖徳太子が三枚、伊藤博文が五枚、岩倉具視が一枚、彼の財布の中にはいらっしゃる。しめて三万五千五百円である。


『お金もそっくりそのまま当時のものに変わっているだけだ。しばらくは大丈夫だ』


 改札を抜けると、愛しいあおばの笑顔が彼を出迎えてくれた。


「まってたぞ! パフェごちそうだな」といたずらに笑うあおばの笑顔が初々しい。どことなく娘のこまちの表情にも通じるものがある。この当時二人の間で遅刻の時は、遅れた方が待った方にお詫びとして、パフェかナポリタンをごちそうすることになっていた。


「OK。ごちそうするよ。お姫様」

 向かい合って笑顔を交わすと二人は自然と歩調を揃えて東口へと向かう地下の自由通路に向けて歩き始めた。

「合格おめでとう。商学部だよね」とあおば。


「これでやっと同じ大学生だ」とあさひ。「キャンパスでも会えるね」と加える。


「履修科目にもよるけどね。一般教養の授業がある日は会えそうね」


 あさひはあおばと同じ大学の商学部に入学する。彼女はこの春、家政学部の二年になる。


「でも三年間だけなんだよね。同じ立場でいられるのは」とため息のあおば。

「留年すれば?」と意地悪な顔のあさひ。ちょっと子どものような悪戯顔だ。

「バカ言わないでよ。女子で留年なんてしたら親戚や近所の笑いものになって、しかも学校にも居づらくて、就職先にも苦労して、大変なことになるわ。いいことないんだから」



 この当時の女子大生の社会的な立場をそのまま言い表した台詞だ。現在のように物怖じしない自由な風潮は大卒女子にはまだまだ与えられていない時代でもあった。……といっても制度というより、この時代のしがらみや風習などから来る気まずさがそうさせているといった方がいいのだろう。気にしない人は堂々と開き直っていたはずである。ただそういった女子はごく少数に限られていた時代だったのも確かだ。


 あおばはこの当時流行っていたポシェットというショルダーバッグの小さいものから映画のチケットを二枚出した。


「持ってきたよ。あさひが持っていてくれる」

「了解」

 そういってあさひは彼女から映画のチケットを受け取る。

「ねえ。このピン留め、なんか思わない?」

 そう指さしたあおばの可愛げな表情を見て、あさひは、「ランちゃんと同じだ」と笑顔する。


「ぴったりおんなじではないんだけど、似たようなものを探してきたんだ」

 後ろで手をまわしてスキップすると「あさひ、好きでしょう?」と笑う。


 十代後半の頃の稚拙ながら清涼感のある振る舞いは、青春時代だからこそ楽しめるし許される愛情表現である。好きな男性の理想のタイプに近づきたいという乙女心の顕れだ。これがもっと手前の十代前半だとおおよそ男性も女性も好きな異性に対してわざと意地悪をしたりする。あさひの方はまだこれに近いのかも知れない。人が愛の表現を覚えていく正常な進化の過程なのだろう。


「わたしも栗色の髪にしてみようかなあ。軽くパーマして」とあおば。

「そんな似せなくても、あおばらしいのがいいよ」と彼は返す。そして一息つくと、「映画館は東口だ。そこの階段から上がろうよ」と地上に上がる階段を指さした。


 <アン・ドゥ・トロワ>

 かつて新宿駅の東口にあった駅ビルマイシティの階段を上がると、東口の国鉄駅舎みどりの窓口と切符売り場に出る。


 ガラス越しの正面には東口の駅前広場とカメラのさくらや、ワシントン靴店などが並び、ここは若者の集うショッピングタウンであった。


 現在も変わらずにあるのは大手書店とそのホール、規模の大きなフルーツパーラー、後に中華まんで有名になるカレー店などであるが、これらの店がその知名度と人気を築きあげたのが七十年代、ちょうどこの頃。


 新宿のデートコースといったら、ここから新宿通りを三丁目方面へと歩き、赤いカードの月販百貨店や老舗百貨店までの歩行者天国になる区間であった。数坪規模のソフトクリームやクレープを売る店が小路には散在して、大金を使わなくても小遣い程度の金額でデートができるため中央線沿線や私鉄沿線にある大学生が休日を満喫していた。


 またこの当時は家庭用のビデオデッキが一般に普及するまでには至っておらず、見逃した映画ももっぱら映画館というのが当たり前であった。つまりは初回封切期間やロードショーの時期の過ぎた映画は現在ではレンタルビデオ店や動画配信で探すのが一般的だが、このころはそういった公開終了の人気作品のみを扱うミニシアターも存在した。ミニシアターには棲み分けもできていて、ジャンルや用途毎に分かれていたと言っても過言ではなく、嗜好性に合わせて得意分野が存在した。


 例えるならここでは年始年末、お盆の時期の映画などに代表される人気上映作品を見逃したり、再度見たい人のための上映館、かつての名画と呼ばれる文芸作品を上映し続けるもの、他では採算の関係上上映が難しいようなヨーロッパやアメリカの日本国内では関心度や知名度の低い作品を扱う上映館なども存在した。


 いまでも探せば無いわけではないが、一般レベルでこういった上映館が多数点在していた時代だった。当時流行語であった「シネマニア」なる造語があったように映画、とりわけ洋画や文芸作品の映画は完全に大人の健全な娯楽、趣味、教養であった。大人への第一歩を味わう大学生たちは、こういった通好みの映画館の常連になることもひとつの箔づけのようなものだった。この手のミニシアターは八十年代中頃、レンタルビデオ店の大ヒットや家庭用ビデオデッキの普及、制作作品の減少などの様々な社会変化の中で役目を終えて、しだいにその数を減らしていった。


 その中のひとつが新宿にあり、ヒット後二ヶ月を過ぎた頃に上映を再開してくれるありがたい劇場がふたりの目的地である。『未知との遭遇』はハリウッドを映画の聖地として復活させた鬼才スティーブン・スピルバーグがSFXの超大作として世にはなった作品だ。


 同時期に発表されるジョージ・ルーカスの『スターウォーズ』シリーズも含めて、それ以前とそれ以後のSFXの作品は全くといって良いほど異なる。今日では映画界において、ジャンルは異なるが、アニメーション制作分野で言うところのウォルト・ディズニーに匹敵するほどの大躍進と同等に位置づけられている。その後の『インディージョーンズ』シリーズや『E.T.』へと繋がっていく金字塔を打ち立てた話題作品であった。


 当時の大学生であったあさひもこの映画を見るのをとても楽しみにしていた。そこへあさひとデートができる良い口実と思いついたあおばが誘ったというわけだ。


「この映画ではね、最後のシーンのマザーシップとの交信シーンが見物らしくてね、光と音の美しい映像ショーを見ているようだ、なんて評されているみたいだよ」

「へえ。そうなんだ」

 あおばは特に興味も無くただあさひが好きそうな映画なので誘ったという理由、つまりはなにも知らないのである。そもそも映画監督や作品にも明るくない。


「スピルバーグはね、『ジョーズ』でヒットした監督だよね。映画雑誌によるとこれからハリウッドを担う重要な若手制作者なんだって」

「うん」


 手に持ったシェークをストローですすりながら相づちのあおば。興味なさげな態度だ。


「時間までちょっとあるから第二外国語のサブテキストでも目星つけようかな」

 あまり話題についてこないあおばにあさひは気を遣って通りすがりの大型書店に入ることにした。

 持っていたシェークの空き容器をゴミ箱に放ると、書店のエレベーターのあるエントランスに向かう。

「あおばは何とってる?」とあさひ。

「第二外国語?」

「うん」

「私は表向き栄養学や食品関係なので、料理に強いフラ語にしているけど……」

「表向きって何?」

「フラ語の先生の方が優しくて通してくれやすいってウワサを信じて履修した」

 あおばは済まなそうにぺろっと舌を出して白状する。

「で、一年やってみて本当のところは?」

「ドイッチェの先生とそう変わりなかったらしい……」

「そっか……」


「でもあさひの行く商学部はスペイン語とイタリア語も履修できるはずだよ」

「英語もろくすっぽできないのにスペイン語って、いきなり無理でしょう、このおつむじゃあ」と笑顔で自分の頭を軽く叩く。


「たくさんの参考書の選択肢があって、履修者の多い科目をとるよ。そのほうがなにかと便利そうだから」


 あおばはあさひのこういう状況判断や分析力が好きだった。なにげない行動パターンのクセの一種なのだろうが、先を見据えて無理をしない選択をする。真面目なのだ。事なかれ主義とは一風、ひと味違う安心指向の考え方である。もちろんその国の言語がとても好きで履修したい人もいるのだろうが、そこまで好きなら仏文科や外国語学部に行くはずである。必要な単位のための勤勉さは自分の専攻する学科によって立場も変わるものである。


エレベーターの扉が開き、目の前に語学書売り場が広がる。春の語学書売り場はやはりそういった諸外国語の本が並んでいる。目移りするくらいだ。


「お薦めはどれ?」

「ぎりぎりで単位が通っている私に聞くの?」

 悪戯顔で「先輩、お願いしますよ」とあさひ。

 苦笑いのあおばは「先生が授業中言っていたのはこの紫の表紙のやつがわかりやすいってさ」と棚に平積みされていた一冊を手に取る。

「『フランス語アン・ドゥ・トロワ』か……。タイトルが良いなあ」とつぶやくあさひ。


 少々あきれ顔のあおばは「言うと思った。キャンディーズの歌だもんね」と納得する。


「OK。じゃあこれにする」


 そういうとあさひはレジカウンターへとそのアンドゥトロワの本を携えて歩いて行った。「そんなんでいいのか?」と突っ込みを入れたくなりそうな即断即決であった。


 彼がレジで会計待ちをしているあいだ、あおばはパラパラと近くにあった洋書に目をやった。『未知との遭遇』が載っている洋雑誌である。書いてあることは難しくてあまり分からないが、スピルバーグの名前と経歴らしき文章がそこには記されていた。


「映画通なのかな? あさひ」

 意外に近いようで知らない部分も多いあさひに不思議を感じるあおばだった。


「わたし、恋っていうお酒に酔ってる? なんてね……」

 もちろんこの一人ジョークもキャンディーズの歌の内容、場面をもじった台詞である。


 <その気にさせないで>

 映画館を出ると屋外の日差しのまぶしさに目がくらむ。外の光になれるまで数分かかった。二人は程なくして一軒のフルーツパーラーへと入った。もちろん約束のパフェをごちそうするためである。カラフルなサンプルメニューが並ぶパーラーの入口で、二人はあまりの多さに戸惑った。


「パフェだけでこんなに種類があるんだ」とあおば。

「こまったねえ」とあさひ。



 しばらく考え込んでいたあおばは、納得がいくと「きめた」とつぶやく。

「何にするの?」とあさひ。


「このプリンパフェアラモードがいいわ」と笑う。


 あさひは内心『そういや、この頃プリンパフェって流行っていたっけ。ミニチュアの傘がアイスに刺さってついてくるやつだよなあ』と思い出に浸る。

「じゃあ、おれ特大アイスパフェ」と大きな器のひとサイズ大きなサンプルを指さす。当時の記憶を思い起こして同じ行動をとる。


「すごい。食べられるの?」

「どうかな? がんばるよ」

「こんなことでがんばらなくてもいいと思うけど……」

 少々あきれ顔のあおばである。


 ウエイトレスの指示で窓際の席を勧められた二人は、メニューを渡されるが、すでに決まっていたので早々に注文を告げる。


「プリンパフェアラモードと特大アイスパフェ」とあさひが言うと、ウエイトレスは少々はにかんで「かしこまりました」と一礼をすると去って行った。

「私が食べるって思われてないよね? 特大のやつ」とあおば。

「なんで?」

「大食いに思われたら困る」


 そういう女性の心理に疎いのか、あさひは首をかしげる。このあたりの感性は大人になっても養われていないと言うことだ。


「大食いのあおばでも愛していける自信あるけど」と平然と返す。

 その言葉を聞いて「こういうとこ憎めないのよね、あさひって。」と顔を赤らめて笑う。


 一般的な答えを返したと思っているあさひと、「愛していける自信ある」だけが強調、増幅されて脳裏に響いている恋するあおばの心情の温度差と言ったところだろうか。あおばだけがこの調子でいつもその気にさせられることが多い。……というよりあおばだけが勝手に意識してしまうというほうが正しいのかも知れない。褒め言葉がピンとこないあさひは少々困惑、やはりまた首をかしげていた。


 注文の品がテーブルに届くと、あおばは嬉しそうにスプーンを握りしめ「どれどれ」と最初の一口をよそって、口に運んだ。


「うーん。おごりのパフェは格別!」とほっぺを手で覆ってみせる。


 ところがその彼女の様子もお構いなしに、あさひはせっせと目の前にあるアイスクリームの塊で造形作品を手がけている。これは彼の配慮で、当時と同じことをせっせとこなしているのだ。


 あんぐりと口を開けたあおばには彼が何をつくっているのかも十分に想像できた。


「あさひ、訊くまでもないけど、それって映画の中に出てきたロックマウンテンよね」と横目、あきれ顔で彼に話しかける。


 すると彼は分かってもらえて嬉しそうに「そう」とだけ言って手を休めない。映画『未知との遭遇』では第三種である宇宙人とのコンタクトの象徴として、五段階のコンピュータ音と頂上の平らな岩で出来た山のシェープが使われている。その山の形を映画の主人公さながらにアイスクリームで造形しているのだ。


 まだ目の前であんぐりと口を開けて呆れているあおばは、「なに? 宇宙人でも呼ぶの?」と軽く嫌みを言ってみる。


 するとまた輝いた目で「そう。音楽も鳴らそうかな」と嬉しそうに応えた。彼女の半分呆れた嫌みは届いていないようだ。ただ彼の側に立って説明をすると、当時と同じことを演じないといけないと思っている。だから自分がこの場面でとった行動を思い出して演じているに過ぎない。実年齢は当然五十を過ぎているので、心の中では『おれってバカだったんだなあ』としみじみ涙ものの実感をしていた。


 勿論あおばはそんなこと知るよしもないので、『こいつ、どこまで本気なんだろう? ウケを狙って私に見せているのかな?』と猜疑心である。判断と理解に戸惑うあおばだった。


 <わたしだけの悲しみ>

 二人が映画を見て、ショッピングをして地元の駅に着いたのは夜七時過ぎのことだった。二人の家は同じ団地の敷地内にある。あさひの家は六号棟、あおばの家が十二号棟である。一区画六列に建てられた団地なので二人の家は前後向かい合わせの棟であり距離が近い。団地行きのバスに乗り込むと一番後ろの席に二人で座った。終点まで十数分程度の乗車だ。


 腰を下ろすやいなや、あおばは持っていた紙製の手提げ袋から百貨店の包装紙の包みをあさひに差し出した。


「はい。入学祝い」

「えっ?」

 反射的に受け取ったあさひは、帰りがけ新宿三丁目にあるデパートの文具品売り場であおばが突然一人の買い物をし始めたことを思い出した。

『あのときだ』


 待っているのが苦手な彼は、百貨店の向かいにある甘味屋さんで一息入れていた。当時は全く気付かなかったが、さすがに大人の思考回路を多少なりとも手にしたあさひは彼女の行動を今回は認識できた。



「開けてもいい?」とあさひ。

 その言葉に「もちろん」と笑顔のあおば。

 丁寧にセロハンテープをはがしながら、少しずつ見えてきたその贈り物は、贈答用の化粧箱に入ったシャープペンシルとブックバンドであった。このプレゼントを見たときあさひはかつての記憶が少し戻った。



『そうだった。あおばは文具品をプレゼントしてくれたんだよなあ……』

 ここで一九七八年を知らない読者に説明しておくと、この当時のシャープペンシルとブックバンドは決して安いものではない。シャープペンシルは今でこそ百円程度で買えるものが主流になっているが、この当時は安くても五百円以上、平均で千円前後はする代物であった。多くの学校で、小学生などは持ってきてはいけないアイテムだった。一般的なものは当時の物価水準で二千円から三千円はしていた。万年筆の一歩手前の高価な贈り物という位置付けだった。これがボールペンと入れ替わるタイプの一本で二役のシャーボとなるとさらに高級感のある商品だった。


 そしてブックバンドのほうは当時のカレッジアイテムの一つである。大学生のお兄さんやお姉さんが難しそうな「~原論」とか「~における理論」、「~学概論」などと表題のついた灰色や黄土色の箱に入った本をバンドでくくって持っているのを電車の中などで見かけると、中高生は羨望の眼差しで見る者も多かった。当然それが流行アイテムなので、いろいろなバリエーションのブックバンドがお店には並び、商品の選択肢も多かった。その後、クリアケースが主流となり、トートバッグなどが主流となったカレッジアイテムの変化の中で、ブックバンド自体はカレッジアイテムとしては、すたれていった。


 話を戻すと当時のクールアイテムの二つを贈られたあさひは感激である。大学生になった実感を得られるアイテムなのだ。


「いいの? 高かったんじゃない」

 少し遠慮の気持ちも生じた彼に「いいの。今日は最初からそのつもりだったから」と笑って応える。

「ありがとう。大切に使わせていただくよ」とあさひ。包みを戻しながら、大切そうにカバンへとプレゼントをしまう。


 その作業を横で見ながらあおばは「今日って、夜ヒットにキャンディーズでるよね」とテレビの話題を始める。


「うん。いよいよだもんね。チケットとれなかったからテレビで見るんだ」

「そう。残念ね。ニュースでね、三日で完売だったっていってた。でも受験生だったんだもんね」

「ただ、今日はいとこの時夫にいちゃんが、あしたのコンサートを見るために泊まりに来るからそれも楽しみなんだよ」とあさひ。



 その「時夫」という名前を聞いてあおばは絶句した。顔面が引きつっているのが自分でも分かる。


「来るんだ。あの人……」と思っていたつもりが言葉に出てしまった。

 あさひの家とは家族ぐるみで付き合うことの多いあおばなので、話題の人物である時夫のことも当然知っている。通称「とき」。あさひの母は「ときちゃん」と呼んでいる。その守ってあげなくていはいけない保護鳥のような愛称とはうらはらにお騒がせ人物なのだ。根は悪い人ではなく、比較的優しい人物なのだが、無神経でずぼら、思い込みが激しく人の話を聞かないため、若い女性にとっては少々やっかいな性格だ。しかも町中でしゃれとは言え、突然『電線音頭』を踊り出す。そのときはあおばもさすがに慌ててそばを離れた。今風に言えば「ドンびき」である。しかしあさひは嬉しくなって一緒になって踊っていたのである。あさひにとってあまりいい相乗効果をもたらさないと彼女は考えている人物だ。


 その風貌はカーリーヘアに、だぶだぶのジーンズの裾を引きずって、似合わない大きな縁の赤くて広いサングラスをかけている。七十年代の流行ファッションのひとつだ。したがって、もちろんいけてないと感じるのは、あおばの個人的な感想である。関西の中堅私大の七回生、つまり留年すること数回。


「キャンディーズ命」のはちまきを締めているにもかかわらずピンクレディーの応援にも出かける。「オールキャンディーズ応援連盟」で本気の追っかけをしながら、かたや翌日には平気で南沙織、山口百恵のレコードコレクション。まことしやかな噂話なのだろうが、よく一般の大学生が出演するテレビのお見合い番組に出て、「かぐや姫」という設定の恋人募集の一般女性にふられたという話もあった。さらに彼女にとって一番の追い打ちは、愛するあさひが彼を大好きと言うことだ。


 あおばは両手で頭を押さえながら『あいつがくるのかあ……』と憂鬱な気分になった。絵文字で表すなら「(T_T)」な感じである。


「今日うちによって行く?」とあさひ。


「ごめん。わたし来週早々提出のレポートがあるから」と軽く断る。

「そっか。勉強じゃしょうが無いね。ときにいちゃんくるのに残念」


 そう言い終わったあさひの言葉に、作り笑顔のぎこちないあおば。完全に頬の筋肉が引きつっているのが自分で分かる表情だ。しかしこのお断りは、あおばの方からしてみれば残念ではなく安堵なのだ。


『あいつに会わなくて済む』


 そのひとことである。喜びのあさひとは対照的に、彼と同じ空間に存在することは彼女にとって自分だけの悲しみなのである。そんなやりとりの中でバスは終点に着いた。バスを降りると、彼女は足取りも軽やかにあさひに別れを告げる。そして自分の家のある十二号棟にスキャットを口ずさんで入っていった。


 <あなたたちに夢中>

 階段を上り三階にある我が家にたどり着いたあさひは金属製の玄関の扉を開けた。そこはいつもの我が家の夕餉ゆうげの光景が広がっていた。

「あれ?」と第一声、父ひかりと母さくらに目をやるあさひ。


 その仕草に気付いた母さくらは、笑みをうかべると「ときちゃんならさっき一度顔を出して行っちゃったわよ。せっかくごちそうつくったのにねえ」と返してきた。


「ときのやつ後楽園球場で応援してくるっていって出て行ったぞ。夜ヒットのナマ歌唱が聴けるとかで。それが済んだら戻ってくるそうだ。元気だな、あいつは」と父が加える。すこしがっかりしたが、会えないわけでもないようなので「うん」とだけ返事をする。


 そしてあさひは自分の勉強部屋に荷物を置きに向かう。そのとき途中でさくらが声をかけた。

「なにその三重丹百貨店の包み」


 あさひが持っていることに違和感を感じた包装紙に彼女は気付いた。彼は普段百貨店の包装紙などあまり持ち歩かないからだ。興味があるようだ。


「あおばがくれた。入学祝いだって」

「見せて」と興味津々のさくら。

「いいよ」と手渡す。

 丁寧に包装紙をはがすとあのブックバンドとシャープペンシルが出てくる。

「いいわねえ。大学生って感じね」


 贈り物をしみじみと見つめるさくらは嬉しそうである。もちろんあさひの知っている最近のさくらは、「あっちこっちがいたい」と湿布を貼りまくっている姿の印象の方が強いのだが、この嬉しそうな顔を見て、彼は自分が親になってから見るこの母親の笑顔には格別の喜びがあった。そしてその心情に大学生である等身大の自分として共感できることが嬉しかった。


『かあさん、若かったなあ』


 その後あさひは用意されたごちそうをそこそこたいらげて、風呂につかる。ちょうど風呂上がりのところでキャンディーズへのインタビューが始まっていた。かつての後楽園球場のバックネット前である。雨で巨人阪神戦が中止になったおかげで、セットの設営も早目に始まっているという。そしてメンバーそれぞれの解散へいたった心境と明日の公演への心構え、ファンへのメッセージなどが語られている。見覚えのある茶の間に置かれた家具調テレビ。この当時家の中で一番大きなものはテレビと冷蔵庫だった。冷蔵庫の方はきっとフリーザーの中にレディーボーデンのアイスクリームのが入っているはずだ。当時としては画期的な高級アイスクリームの草分けだ。いまでいうならハーゲンダッツあたりだろうか? 冷蔵室の片隅には三角柱のかたちをした脱臭剤が入っているはずである。辺りを見回し昭和五十年代初頭の生活の懐かしさに感無量である。


 再びテレビのキャンディーズに目をやる。『微笑がえし』というラストシングルを後楽園球場からの中継で歌っていた。この曲は意外にもキャンディーズでは唯一、一位をとった曲である。レコード売り上げ枚数を調べる有名なチャート誌で初の一位になった曲だ。ヒット曲を連発しているイメージのあるキャンディーズ、トップテンヒットは多いのだが一位はこれだけ。やはりピンクレディーとのライバル競争を週刊誌などに書かれていてネタにされることの多いエピソードのようだ。


 その歌の最中、すでに昼間の疲れが出てきたのだろう。ベッドでうとうとしているうちにあさひは寝てしまった。結局、時夫は戻ってこなかったようだ。


 <今がチャンスです>

 眠りからしだいに戻りつつある意識の中で、誰かが家の扉をドンドン叩き、呼び鈴を連続で鳴らしている音が分かった。

「はいはいはい」とガスコンロを止めて玄関に小走りする母のスリッパの音があさひの耳の左から右へと移動していった。

「ステレオ音響」と彼はつぶやいた。


「はい」とさくらがドアを開けると、かぶせるようにあおばの興奮気味の声が鳴り響く。


「おはようございます! あさひいますか」


「ええ。まだ寝ているけど、よかったら……」とさくらが言いかけるやいなや、「失礼します!」とあおばは慣れた間取りの家をあさひの部屋に向かって入っていった。



 そしてあさひの部屋のドアを開けると「あさひ起きて! 朗報よ」と彼の掛け布団をはがした。さすがに四月の上旬ではまだ朝は少々肌寒い。


「なに?」

 少し憤慨気味に返事を返す。

「今日の解散コンサートのチケット手に入ったの!」とあおば。

「えっ?」

「一緒に行こうよ。ランちゃん、ミキちゃん、スーちゃん見れるよ」

「えぇー?」



 夢現ゆめうつつに近い状況のあさひにはまだ実感がわかない。

 あおばは手にする二枚のチケットを彼の目の前に示す。大きなサイズの黄色いチケットに「雨天決行」の文字。グランド内の席だ。そして『キャンディーズ ファイナルカーニバル 後楽園球場』と印刷されている。


「すごくいい場所の席ってわけじゃないけど、そこそこの場所よ。うちのパパの知り合いがいけなくなってね。そのまま元値で譲ってくれたのよ。ゴーゴーよ。キャンディーズのコンサートへ」


 チケットを見るという視覚的作用があさひを現実の世界に引き戻した。実感がわいてくる。本当の意味であさひにとっては「朝の目覚めはゴーゴーキャンディーズ」になった。一応説明を入れておくと当時放送していたキャンディーズの朝のラジオ番組のキャッチである。



「うわーっ」

 半分泣きべそである。価値観形成の多感な時期、それは芸能人への憧憬もあるが、希少価値のチケットが入手できたと言うだけで感激なのだ。もうキャンディーズに夢中のあさひであった。


 その様子を見ていた出勤前の父ひかりがあさひの部屋に入ってきた。

「あおばちゃん、ごめん。今日はあさひの合格祝いを兼ねた晩餐を近くのレストランでするんだよ。もう予約もしてあるんだ」と話しかけてきた。


 この言葉はその場にいた三人、つまりあさひ、あおば、さくらの三人を瞬時的に凍らせた。三人のそれぞれの心情を探ってみる。


 あさひは『正気かよ父さん。この流れでその話はデリカシー無いんじゃん。あおばに悪いわ』という具合だ。


 続いてさくらは『どうしてこのひとは空気読めないのかしらね。いつも自分の立場や予定を優先するんだから』と思っていた。


 最後にあおばは『まずいこといっちゃったかな。せっかくの家族水入らずの予定のあるときに……』という罪悪感にさいなまれた。


 気まずい時間が廊下を挟んであさひの部屋と玄関先とで流れる。沈黙だ。次の言葉を発するひとに責任がおそってきそうな雰囲気もした。


 その気まずさを断ち切ったのは母さくらであった。


「お父さん。せっかくあおばちゃんが気を利かせて持ってきてくれた合格祝いを無駄にする気なの?」



「えっ?」とあさひとあおばは同時に声を発した。面食らった状態で。

 あさひにすれば、母が夕べあおばからの合格祝いを自分がもらっていることは知っているはずだ。明らかに方便であることは理解できた。


 あおばの方は合格祝いのつもりで持ってきたわけではないので、さくらが勘違いしていることをここで訂正すべきなのか少々戸惑っていた。ただ家族間の会話に図々しく割り込むこともできず立ち往生といった具合だ。



 当の本人、ひかりは予想外のさくらの抵抗に鳩が豆鉄砲を食ったように立ちすくんでいる。その理由は彼の立場で考えれば簡単なことで、彼は今日の家族の食事会をすることはとても喜んでもらえることであり、自分がいい父親であると自己満足に浸っていたからだ。ところが空気を読めなかったばかりにとんだ疫病神扱いである。


「お父さん。私たちのお祝いは予定を合わせればいつでもできるけれど、この子たちの楽しみにしているコンサートはその日一日限りなの。この瞬間、今がチャンスなのよ、この子たち。物事の希少性を考慮して状況を判断してあげないと……」


 さくらはひかりに優しく諭す。もともとやっつけ仕事のように家族サービスで機嫌取りをするこの当時の父親像は、忙しい時代のサラリーマンにとっては仕方の無いことであった。そのおかげで日本の高度成長期中盤の技術立国への躍進、経済拡張時代は成立していたとも言われている。


 その影で子どもたちの自由や社会的安心の確保に重要な役割をしてきたのが母親だった。イクメンや男性の家事がほぼ平等の扱いを受けつつある現代社会とは随分かけ離れた家庭像の時代だ。「核家族」という言葉がようやく一人歩きをして社会用語として確立、認知された時期だ。反面核家族で、祖父母の同居しない、パートつとめのため、母親のいないひとりぼっちの時間を過ごす「鍵っ子」という言葉も一緒に生まれていた。


 ひかりはまだいい方で、こうして家庭を顧みている父親だったが、妻に任せっぱなしという家庭も決して少数ではなかった。


「そうか……」とひかり。

 そしてひと息つくと、「お母さんがそういうのなら、また日程を見直そう。そのときはあおばちゃんにも来てもらおうかな?」と笑顔で付け加えた。

 さくらが目配せのウインクを子どもたち二人に送ると、あさひとあおばは顔を見合わせて笑みを浮かべた。


 そしてあおばはあさひの枕元、耳元の至近距離まで近づいて、「ほら、そういうことがいつの時代も大切なのよ。それが二十一世紀になってもね。忘れちゃダメよ。思い出して」と優しくささやいている。コンテキストの繋がらない会話内容だ。


 あさひは寝ぼけ眼を振り切るようにベッドから起きる。するとそこはかつての団地ではなく、町山田の戸建ての我が家だった。

『デイドリームか?』

 あさひにはすこし頭の整理が必要な過去と現在が錯綜する不思議なフラッシュバック体験であった。


 <微笑がえし>

「お父さん。ご飯食べちゃってくださいな。それとこまちがなにかお願いがあるみたいですよ」


 二十一世紀の我が家には薄型液晶のテレビにデジタル放送のニュース画面が映し出されている。あさひはあおばの声に押されてベッドから出た。着替えをするとリビングの食卓で新聞を広げてコーヒーを飲み始めた。

 娘のこまちが髪を整え終わって、洗面台から戻ってきた。少々緊張気味のこわばった面持ちの様子だ。


「お父さん。実はね。入手不可能と言われていたタカトシツバサのライブチケットが買えたの。それでね、当選した日が明日だったの。合格のお祝いの夕食も分かっているんだけど……」と言いかけたところで、あさひはコーヒーをソーサーに戻した。


 あさひの反応に、こまちが少し俯いているのが分かる。そしてちゃんとのぞき込むと、詫びているような、ばつの悪そうな表情をしているのも彼女の顔色から読み取れる。


 前回は怒りでこんな表情を見過ごしていた。彼は心中穏やかに『同じ轍は踏まないよ。仕切り直させていただくとしよう』とつぶやいた。


「行っておいで。今日会社に行ってお父さんはスケジュールを見てくるから、もう一度空いている日のすりあわせしよう」と笑顔で返す。


 その言葉を聞いたこまちの顔はスローモーションの動画ように、みるみるうちに満面の笑顔になっていった。彼女は詫びる気持ちから少し解放された感じだ。そのすまないという気持ちに笑顔で応えてくれた父の優しさに、実直な感謝の心が芽生えたからである。押さえ込むことよりも、押しつけることよりも、頭ごなしになじるよりも、大切なのは相手の気持ちだ。いつの時代も互いに認め合う感謝の気持ち、「お互い様」と「おかげさま」の気持ちを忘れないことが大切なのだ。


「お父さん、ありがとう」

 こまちはそういうとあさひの肩に後ろから抱きつき、「今のところは世界で一番好きな男の人だからね」と元気よくお礼としての追従を述べた。そして軽く手を振ると「じゃあ、許可が出たってのぞみに連絡してくるね」と携帯電話を片手に自分の部屋へと走り去った。


 あさひは少し照れながら「今のところは……か」と四つ折りにして新聞を食卓に置いた。そして「たまには世田谷の親父とお袋のところに連絡でもしてみるか」とひとりごちた。


 ふとキッチンを見るとあおばがそわそわしている。

「どうしたの?」とあさひ。

「なんかね。虫の知らせっぽいのよ。ちょっとそこの鎮守さまにおまいりしてこようかしら?」


 彼は意味が分からない彼女の行動と言動を客観視していると玄関のベルが鳴った。

「おれが出よう」とあさひ。


 小走りに玄関へと向かう。あさひが鍵ノブを回すと、あちらからドアを開けてきた。そして次の瞬間ダブルのスーツがよく似合う七三頭の身だしなみの整ったミドルエイジが笑顔で手を振った。

「よう! あさひ」と第一声。

「ときにいちゃん!」


 嬉しそうに驚き声を上げるあさひ。その声は当然キッチンにいたあおばにも届いた。


 そこには手のひらでおでこを押さえるあおばの姿があった。

「予感は当たった……」

 一歩遅かった。


『脱出失敗』と心中つぶやいた。


 あおばは観念して作り笑顔であくまでも大人の対応で挨拶をしようと、玄関先へ向かい始めた。……とその矢先だった。


「あっ、それ。は、どっこい」


 玄関先で手拍子とともに合いの手が聞こえている。

『電線音頭だ』

 それを耳にした瞬間、あおばの足は止まり全身が固まった。突然の宴会芸に驚いたこまちが慌ててキッチンへやってきた。


「おかあさん。大変よ。ときおじさんが玄関先で変な踊り踊っているんだけど……。しかもしらふで。うるさくて電話できないよ」


 こまちからの苦情だ。あおばはこまちに手招きをすると、「勝手口から表に出ちゃいましょう。日月さまに行くからこまちも公民館にでも行ったら? 外の方が静かに電話できるわ」としかめ面である。

「うん」

 あおばは携帯電話を握りしめたこまちを連れて、そっと勝手口から表に出た。


「ときおじさんね。悪いひとじゃないのよ。キャンディーズのおっかけから芸能事務所のマネージャーになってね。いまでは統括する責任者に上り詰めたひとなの。お偉いさんのひとりなのね。職業の適性って、とっても大切だなって、再認識させてくれるいいお手本なんだけどね。うん。なんていうか、普段は礼儀も節度もわきまえているひとよ。そうなのよ……」


 あおばはすでに自分に言い訳をしている風に見える。その様子を察してか、母が何を言いたいのかこまちは分かっていて、「言い訳はいいよ。お母さん。明らかにおちゃらけモードになったときおじさん、苦手でしょう?」と笑う。

「ちょっとね。十代の頃からね。でも悪口を言うほどの悪い人じゃないのよ……。むしろいい人なのよ」


 親指と人差し指で輪っかをつくるジェスチャーのあおば。指で示した「ちょっと」では足りないぐらい苦手なことをよく知っているこまちだった。


 上手に玄関先を迂回して、勝手口から通りに出ると家の前には、時夫の乗ってきたロータスエスプリがピカピカに光っていた。


「おじさん格好いい車持っているねえ」とこまち。

「ロータスエスプリって言ってねえ、〇〇七の映画でジェームズボンドが乗っていた車なんだって。もう生産中止なんだけど、大切にきれいにしながら乗っているそうよ」


「よく知っているね」というこまちの言葉に、苦笑いをしながら「これ買ったとき、うちに来て、一晩中その話していたからそのまま覚えちゃったのよ。なんでも天神さまの懐古自動車まつりでは大活躍だったとかで……」と返すあおば。


 さほどスポーツカーに興味のないこまち。「ふーん」とありきたりの相づちのあと「きっと少年のまま大きくなっちゃった人なんだろうな」と笑った。

 少し考え込んでから「そうね」とあおばも頷く。微笑みを返した。


 二人は鎮守さまの参道にさしかかったところでわかれると、あおばはお供えにと持ってきた小瓶サイズの日本酒を握りしめて石段を登り始めた。こまちはその傍らにある地区公民館の小さな建物の軒下で柱にもたれかかると、再び友人ののぞみにリダイヤルをした。青空がきれいな桜の季節。花曇りが多いこの時期には珍しく快晴であった。

             了

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