第2話 シニオボエ

 魔力。それは絵本や小説の中の絵空事と思われていたエネルギー

 しかしそれは現実世界でゲートを通じて流れ込んできた

 そしていつしかその魔力もまた科学へ取り入れられ

 20XX年である現在。魔力を用いたツールや簡素魔法術式など一般人にも魔法という分野が及び


 誰でも簡単に魔法が使える時代を迎えている…

 ただ上位級魔法はレベル上げか才能かで決まる…すべての魔法を一般人が使えるわけでもなく


『使える人間は政府にすでに誘致されている』とも聞く。

 時代が変われど政府の黒い噂というのは後を絶たない。まあそんな事俺にはどうでもいいけど


 初期装備はゲームですでに装備状態にありレベルに応じて装備品が決まる。というのも最初から最強装備を身に着けていたら魔力を帯びた装備の負荷に肉体が耐え切れないからだ。だから弱い装備でスタートというのも誰しもが通る道。つまりここから総てが始まるという事。


「よし」


 意気込みダンジョンへ足を踏み入れる。すると


 ≪ようこそ、新しいハンター様≫


 どこからか女性の声が聞こえた。ナビゲーションシステムが起動したようだ。妖精らしき少女が姿を現し周囲を飛び回り俺の周りをくるんと回る


 ナビ。文字通り案内人。このシステムはゲームだけでなく現実のダンジョンにも対応しており


 メンタルケアやダンジョンにて生き残るためにアドバイスをしてくれる異世界風に言うなら妖精フェアリーだ。ゲームの説明書にも書いた有ったので驚きはしない。人々のつぶやきが世界中に伝播する時代なのだからそれを見ていなくても情報はある程度見聞きできる。


 ≪私はキャシー。貴方をサポートするナビゲーションAIです。

 ―貴方の水先案内人(ピロート)として生存(サバイブ)を保証(ギャランティー)します≫


 ピロート サバイブ ギャランティー。ナビゲーションAIの代名詞たるセリフだ。


 ギャランティーしますというセリフは保証しますしますと重複しているがまあそこはご愛嬌とSNSでは好評だ。ちょっとした意味の間違いジョーク。


 そんな場をにぎやかし親しみやすくハンターを鼓舞するのが彼女らの仕事だ。ちなみに性別指定もでき男性か女性かはプレイ前に選ぶことが可能。


「よろしくキャシー、鹿目でも雄一でも好きな方で呼んでいいよ」

 ≪では鹿目様とお呼びいたします。好感度レベリングに応じて雄一様あるいは雄一とお呼びしますのでその際は「あ、キャシー…ツンツンだったお前がついに俺を名前呼びで…っっ!」と喜びむせび泣いてください≫


「じゃあ君もヒロイン度をレベリングしなきゃね」

 ≪ふふ、素敵な返しです。これは案内が楽しくなりそうですね鹿目様。では参りましょう≫


 ユーモアを交えた会話でなごんで少し緊張が和らげた気がした。その意気で俺は初めて入るダンジョンの奥へ進むのだった


 ≪あちらに見えますのが、ギロチンの振り子ですね。切られればただではすみません≫


 ・・・初心者ダンジョンとは一体…というか序盤でこれとか難易度が高いダンジョンやばすぎるだろ

 まあ今はまだゲームの範疇。死んでもリスポーンするし痛みもないらしい

 ということで



 ギロチンへ向かい腹と背の部分の中央に刃が振り下ろされすっぱりと前面と後面が綺麗に両断された



────────────────

────────

────


 ≪何やってんだこのダボ≫


 辛らつな言葉で侮蔑を込めた視線で吐き捨てるキャシー。ええ、俺なんかしたっけな?あ、切られたんだった。リスポーンされたようでダンジョンの入り口に戻っている


「いやー、やっぱさ、経験って大事だなーと思って。切られたらあんな感じなんだ。あ、本当に初期の位置に戻ってる!!スゲー!!!」


 などと感心しているのと裏腹にキャシーは呆れたようにため息を吐き


 ≪ゲームとはいえ自ら切られるバカは貴方一人とカテゴライズ。ここまでのバカは見たことありません≫


「次の罠は何かなー♪」

 ≪ああ、こいつ…ダメだ…っ≫


 なんかもう、色々察して口調が丁寧語ではなくなったキャシーを尻目に


 次


 横から槍が射出され串刺しにされる罠。もちろん俺は嬉々としてその罠に飛び込んで死亡リスポーン


 次


 落とし穴。落ちた先に錆びた刃の筵地獄でまた串刺し


 次


 火炎竜出現。膨大な熱量の火球を放ち真っ先にその炎に飛び込み死亡リスポーン


 そしてなんやかんや色々なトラップに飛び込んでは死ぬを繰り返し

 今ではキャシーの視線がもはや汚物を見る目に変わるほど態度が変わっていた

 流石にヤベー変態という誤解を解くために弁明ではなく単純に合理をキャシーに伝える


「キャシー。もしかして俺が死ぬことに歓びを感じる変態だと勘違いしてないか?」

 ≪まごうことなき変態です。ガチで死ねばいいのに≫


 あらら辛辣ぅ、でもこれもちゃんとした方策でそれを今から彼女に説明しなければならない

 誤解なきように言っておくが俺はマゾではない。なんで自ら罠に飛び込むか。そんなの決まっている


「違う違う。俺は罠のパターン測定やダメージを受けた場合の痛覚無効による『どんな感覚か』慣れておきたかった」

 ≪つまり救えないレベルに真正の変態ですね≫

「ふっふっふ、残念。実はこれもこれからのダンジョンに向けての訓練だ」

「実は風の噂で聞いたんだけどトラップで死んでも経験値は減らないんだよね」

 ≪!≫


 それに察したのか先ほどの汚物を見るような目が変わる。


「つまり、その確認をしたんだ」


 経験値とはすなわち経験。ゲームでもたまに見る良いところまでレベルを上げたけど死んでしまった。けどその分の経験値が残りレベルが持続、そうすることで攻略がスムーズにいくという親切設計


 その法則がゲームで実証されているとSNSで小耳にはさんだ。つまりこのゲーム、デスペナがないのだ。


 話がそれたがつまり死んでレベルダウンというシステムはこのゲームにはなくダンジョンも同じ…一応ダンジョン内での死は僧侶(アコライト)によって蘇生できると聞いた。その際に検証されたとSNSで目にしたことがある。現実ではありえないが事実この世界自体が異世界によって歪められた設定。ゲームめいた設計に変えられていると仮定すれば矛盾はない。


 まあだからと言って好き好んで死にに行ったりそれだったら普通にモンスターと戦えば死ぬならわざわざ罠にはまる意味もない。そもそもレベルが上がらないのだから死に損だ。もっともだろうとキャシーもそれを指摘した


 ≪でしたらわざとトラップにかかる必要はないのではありませんか…?≫


 というのも当然の疑問。まあ本命はそっちなんだけどね


「そりゃそうだよ。。だって罠にかかるというのがミソだ。ここはダンジョンじゃないしいくらでも死に放題。だからどこにトラップがあってどうすればトラップが作動し『どの程度なら死なないか』を検証できるじゃないか?」

 ≪--------≫


 その言葉を聞いてキャシーは絶句する。だろうな。どの程度なら死なないか。なんて考える奴はいない。

 誰だって痛いのは嫌だし死にたくはない。だからこそ死なない術をここであらかじめ予習と履修しておく必要がある。


 幸いゲームなので痛覚機能は作動していない。だが経験を得ているのだから斬られた感触や火に焼ける感覚に串刺しにされる体感は機能している。

 何から何までゲームならばダンジョンの為のゲームと銘打っていない。つまり死の恐怖は避けられないし嫌な感覚や無痛の死を何度も経験できる。


 そんな俺に対し憐憫か悲観か、快くない感情を帯びた瞳でこう質問した


 ≪鹿目様・・・そこまでしてダンジョンへ赴きたいのですか?≫


 それは…さもありなんだ。俺は異世界に行ってみたいしダンジョンだって楽しみたい。

 その為にはまず生き残ることを前提としなければならない。

 だがダンジョンはハンターが攻略できるほどに生存率は高く死とはそこまで近縁という訳でもない。


 なによりシーカーがいればトラップの位置を把握でき罠にかかって死ぬというリスクを背負う必要もない。


 でもそれだけじゃダメなんだ。

 俺は異世界に生きたい。

 それは誰もやったことが無いし誰もやりたがらない。

 未知の場所というのは冒険であり危険でもある。

 皆は利益のみを追求し冒険を捨てている。

 それに異世界がこの世界同様とも限らない。


 ダンジョンと違いレベルが初期値に変わったりするというリスクも覚悟しなきゃならない。


 ・・・数多の可能性を想定し確実にダンジョンで経験値と人間としての経験を血肉に変え確実に攻略し異世界でも生き残れる自信と力をつけたい。

 それが俺の本音だ。だがそれを長々と説明する必要もないのでとりあえず今思っていることを素直にキャシーに伝える


「いや、俺の最終目標は異世界の魔王討伐だしなにより…」

 ≪何より…?≫


 そう、何より…だ何よりも重要な事。ある意味異世界に行くよりも重要なファクター。それは




「トラップの分のマップが埋まるしね!!」


 マッパーとして一マスたりとも惜しむわけにはいかない!!!!!!!!!!!


 ≪やはりあなたは変態です≫


 罠にかかった時よりも辛らつに彼女は言い放った

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