欠陥品の返品は、笑顔じゃないと受け付けません!

さーしゅー

第1話 どうせ何にもならないから

 その光景はあまりも突然に目の中に飛び込んできて、心の整理が追いつかなかった。


 キッチンからホールの声は聞こえなかったけれど、その表情だけで何が起こったか十二分にわかった。


 髪を茶色に染めた男は静かに席を立つ。席には、うなだれた少女と、伝票だけが残される。その悲しげな表情は、制服に似合わないほど煌びやかなメイクで覆われている。


 夕方時のファミレスはほどよくすいていた。居座られて困っている訳でもなく、追い出す理由も特に無い。だから、店員たちは腫れ物に触れるかのよう、視線を逸らしていく。


 しばらくして、バイト上がった私は、私服姿で店内に侵入した。そして、あまり面識の無いクラスメイトの向かいに座る。


「優崎さん、相席良いかな?」


 『優崎さん』そう口にしたのは人生で初めてだったと思う。涙を流しながら暗い表情で黙り込んでいても、美人という物は変わらない物で、優崎さんは私とは住む世界が違う人種だと思った。

 だとすれば、私が目の前に座った事を、優崎さんは決してよく思ってないだろうから、ひとこと「……私でゴメンね」とささやく。そして、視線を大きくキッチンに逸らす。


「さっちゃん! オーダー!」


 キッチンの方に叫ぶと、私の親友兼バイト仲間の紗月は大慌てで駆け寄ってきた。


「ボタン押してって、言ってるよね?」


「良いじゃん、人少ないんだし、これなら確実にさっちゃん来るし」


「はぁ……それで、え~っと。オーダはー?」


 さっちゃんは、気まずそうに、視線を向かいに移す。優崎さんは相変わらず下を向いたまま。


「ピザとパフェ二つ!」


「うわぁ……はぁ……いつものやつね」


 彼女は苦笑いをしながら、オーダーを端末に入力する。カロリーとカロリーがかけ合わさって最強だと思うんだけど、さっちゃんはわかってくれないらしく、神妙な顔をしながら行ってしまった。


 そして、さっちゃんが去ると、すぐに静寂が訪れた。もともと会話なんて無かったから、元の状態にも戻ったと言える。

 彼女が、普通のクラスメイトだったら、ここで会話の一つや二つはあってもおかしくなかった。だけど、クラスの王子様、クール系美少女の優崎 悠姫が、男に振られて泣いている状態。どんなにコミュ力があっても会話は不可能だったと思う。


「ご注文のピザとパフェ二つになります」

 

 予想通り、さっちゃんがオーダを持ってきた時までに会話は一切無く、片や下を、片や道路をひたすらに眺めていた。

 そんなことは、キッチンからも見て取れたのか、料理を配り終えたさっちゃんが耳元でささやいた。


「……なにも話せてないけど大丈夫?」


 大丈夫かどうか、私は少し考えてから、さっちゃんにささやき返す。


「大丈夫だよ。私が何かしたところで、どうせ何にもなんないし」


 さっちゃんはあまりピンと来てないのか「……そう」と心配げにつぶやく。さっちゃんまで暗くなると、このテーブルの雰囲気は余計に重くなってしまう。だから、私は気を逸らすよう、せわしくピザにローラーカッターを走らせる。


「はいっ、どうぞ! これ私のおごりだから、ピザ勝手に食べていいよ?」


「えっ……」


 そんな戸惑いが、彼女の本日第一声。彼女は暗い顔を上げ、私とピザを交互に見つめる。

 そしてバックからブランド物の革財布を取り出すと、万札を数枚のぞかせる。ちなみにバックもブランドもの。


「ここで優崎さんにお金を払われたら、私は悲しいなぁ……」


 私は牽制のようわざとらしくつぶやいて、「いただきまーす!」と、彼女が何か口にする前に、つぶやきを打ち消す。


 私は、目の前の彼女を無視して、目の前のピザを手に取った。気まずい雰囲気だから、喉を通らないか心配していたけど、実際は全くの逆でいつも以上手が伸びた。

 彼女は、目の前でピザをバカ食いしている阿呆に呆気をとられていたが、しばらくしてピザをゆっくりと口にする。

 

 私が顔を上げたとき、彼女は涙を流していた。私はとにかく気まずくて、目の前だけに集中し、彼女から目をそらした。だから、彼女が涙を流したあと、どんな表情をしていたか、私にはわからない。


 最高速度で口を動かした私は、なんとか自分のパフェとピザを完食した。一方彼女はパフェがまだ半分以上残っていた。


「じゃあ、私帰るから! 優崎さんも気をつけて帰ってね!」


 私が突然立ち上がると、優崎さんは「えっ……そのっ……」とあたふたする。それは、普段の堂々とした振る舞いからは想像できないくらい自信なさげで。


「え、えと……。じ、じゃあ! 連絡先教えて!!」


 私をつなぎ止めるように、発した言葉は間違いなく真剣そのもの。さらに、その潤んだ瞳が見つめてくる。私は、その視線から目を逸らしつつ、もにょもにょと言葉を濁す。


「ごめんなさい、私携帯もっていないので……」


 私の言葉に彼女はぽかんと言葉を失い、キッチンからは「え~っ」微かな声が聞こえる。さっちゃんうるさい!

 私が取り直して、「ではでは」と帰ろうとすると、彼女はしがみつくように言葉をつなぐ。

 

「じゃ、じゃあ……な、名前教えて?」


 私服だからか、涙で視界がぼやけているのか、クラスメイトの名前がわからない彼女に、私は顔を近づけてささやいた。


「私は、大崎陽だよ。じゃあね!」


 彼女の「ありがとう」を待たずに、伝票を持ち去ろうとしたとき、ズボンのポケットから『ピロン』と、軽快な電子音が響く。私は思わずポケットを押さえてしまい、彼女は丸い目をして四角い膨らみにを見つめる。 

 冷や汗をかいた私は、私は逃げるようにその席を去った。


 スマホの通知画面には『大ウソつき!!』と表示されていた。だから、『バイト中にスマホを使うな!』と返しておいた。

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