第31話 神頼み

優子の部屋からタクシーで帰り、用賀のマンションに着いたのは夜9時。

ちょっと遅くなってしまった。


「ただいまー」


私が玄関のドアを開けると、リビングから美咲ちゃんがバタバタと走って来る。


「りんこー、今日は遅かったねー」


「うん、ちょっと仕事がいっぱいでね」


「ごはん食べよー!」


「え?美咲ちゃん、まだお夕飯食べてないの?」


「うん、ちんのすけとねー、りんこが帰るの待ってた」


「えーっ、私が帰るの待ってたの?先に食べちゃえば良かったのに・・・お腹空いてるでしょ?」


「うん、お腹すいたー!」


リビング脇のキッチンカウンターには、料理が盛られたお皿が並んでいた。

カウンターの隅では珍之助がタブレットでアニメを見ている。

二人とも私が帰るのを待っててくれたんだね、ゴメンね、待たせちゃって・・・君達って優しいなあ。


「「「いただきまーす」」」


優子の事があったので、正直言って食欲がまったく無かった。でも、待っていてくれた二人に申し訳なくて、私は無理やりに食事を腹に詰め込んだ。


「ちんこ、身体の調子が悪いのか?」


「ん?何で?」


「いつもと違う。いつもはもっと喋る」


「りんこはねー、ご飯食べる時は髪の毛結ぶでしょー?でも今日は結ばないねー、どうしたのー?」


「そ、そうかな、ちょっと仕事で疲れちゃってね、今日は忙しかったからね・・・」


あまり関心が無いように見えて、実は二人とも普段から私の事を気にしてくれてたんだ。

次からは帰るのが遅くなる時はちゃんと連絡するよ。



食事を終えてお風呂に入った後、美咲ちゃんが入れてくれた紅茶を飲みながら、リビングのソファーで今日の事をボーっと考えていた。

相沢から今回の事件の真相を聞き出すって言っても、いったいどうすりゃいいんだ・・・

私一人でヤツの所に行ったら、それこそ”飛んで火に入る夏の虫”ってのになってしまう。何せヤツは私を殺そうとしているのだ。


じゃあ珍之助を連れて行くか?

K-1王者の岡島激斗を瞬殺するほどの力を持っている珍之助なら、最強のボディーガードになってくれるはず。

でも相手が複数だったら?何か武器を持っていたら?

いくら珍之助でもヤバいかもしれない。

それに相沢に会うって言ってもどこへ行けばいい?

ヤツの家に殴り込みするなんて自殺行為だ。警察なんか呼ばれたらこっちが捕まってしまう。

それに最大の問題は・・・優子の子供。

投薬を止められたら元も子もない。

優子の子供は人質に取られているようなものなのだ。


万事休す。


どうしよう・・・どうしたらいい?

でもきっと何か手立てがあるはずだ、だってどう考えても悪いのは相沢亮太なのだから。

考えろ、考えろ、考えろ、私!

だが、いくら考えても優子の子供があの病院に居る限り、こっちは手を出せない。

優子の子供の病気が治りさえすれば・・・


え?


優子の子供の病気が治ればいいんだよね?

だよね?だよね?

だったらメルティーや、あのハゲに頼めば何とかなるんじゃないか?

神様と女神様だぞ、それくらい出来るだろ?

そうだ、その手があった!


私はすぐにLINEのメッセージをメルティーに送ってみた。


Rinko -----

メルティー 元気?


Melty -----

おねーさん久しぶりー

どうしたの?

こんな時間に連絡してくるってことは、また何か頼み事だろ!


Rinko -----

さすが、察しがいいねえ


Melty -----

やっぱり

すげーイヤな予感がする


Rinko -----

まあそう言わないで

ちょっと山下新之助の部屋まで来てよ


Melty -----

えーーー!

めんどくせえなあ

まあいいよ、行くよ




----ボンッ!!----


いつものようにメルティーが白煙と共に、私の目の前に現れた。



「ったくよう、何なんだよ、またこんな時間に呼び出して・・・おねーさん、いつも人使い、じゃねえや、女神使いが荒いよ!」


「ごめんねー、まあいいじゃん、久しぶりなんだしさ、相変わらずでけぇパイオツだねえ!」


「おねーさん、下らない事言ってないでさ、早く要件を言いなよ。何?頼みって」


「あのさ、メルティーって人間の病気とか治せる?」


「あ~、そーゆーのやってねぇから、そーゆー事して上にバレるとさ、私クビになっちゃうんだよね~」


「って事はさ、出来るんだよね?病気とか治せるんだよねぇ?」


「だ~か~ら~、そーゆーのはやっちゃダメって決まりになってるのっ!」


「ふーん、そうなんだ。あのさ、私って広告代理店に勤めてるじゃん、知ってるよね?」


「知ってるよ。それがどーかしたのかよ?」


「大手雑誌の編集長とかさ、TV局のお偉いさんとかさ、良く知ってるんだよね~(ウソだけど)」


「だからそれがどうかしたの?」


「珍之助とさー、美咲ちゃん連れてさ、あ、ついでにEKMジェネレーターの機械一式とか持ってTV局や出版社に行ったら、すっごい話題になると思うんだよね~」


「お、おねーさん、何考えてるのさ」


「え?何考えてるかって?だからさぁ、珍之助や美咲ちゃんの事が世間にバレたら大騒ぎになって面白いかな~って」


「あ、あのさ、おねーさん、ひょっとして私を脅してる?」


「ええ~?私がメルティーを脅すぅ?そんな人聞きの悪い事するわけないじゃん!私メルティーの事大好きだもん。たださ、私の知り合いの子供が病気でさ、それを治してくれたらさっき言った事なんかキレイさっぱり忘れちゃうような気がするな~」


「・・・ったく・・・何でこうなるんだよ・・・あームカつく!超ムカつく!」


「メルティーどうする?私、明日ちょうどTV局に行く用事があるのを思い出したわ・・・あ、そうだ!その時に珍之助と美咲ちゃん、連れて行こっかなあ~」


「あ~っもうっ!わーったよっ!やればいいんだろ、やれば!でもさ、その子供の病気って風邪とかじゃねえんだろ?重い病気なんだろ?そーゆー病気ってさ、私一人の力じゃ治せねえんだわ、もう一人連れて来て二人とかでやんねえとさ、たぶん治せねえよ」


「ふーん、じゃああのハゲ連れてくればいいじゃん」


「ハゲ?あ~っ、部長か?いやいやいや無理無理無理。だってアイツ、私の上司だぞ!上司にそんな事言えるか?マジありえねーし」


「メルティーの会社の事情なんて、ワタシ知らな~い!あー、明日楽しみだなあ!珍之助と美咲ちゃんと三人でTV局かあ。楽しみだなぁ~!オラ、わくわくするぞ!」


「ハァ・・・・・わーったよ!わっかりましたぁ!じゃあ今から部長をここに呼ぶからさ、おねーさん自分で部長に頼んでよ」


「おっけー!メルティーは優しいなあ!」


「うるせぇ!下手したらボーナス無しだよ。ブツブツブツ・・・ったくよ」



----ボンッ!!----



メルティーが呼ぶと、すぐにハゲが現れた。


「お~!凛子ちゅわん、久しぶり~、元気ぃ?そんで何なのかに?梅松も一緒に居るけど」


「ん?うめまつ?梅松って誰?」


「あれ?凛子ちゃん、梅松知らんの?凛子ちゃんの目の前に居るじゃん。金髪で巨乳のギャルが。梅松よぅ、おめー今日もパイオツばいんばいんだな!うひゃひゃひゃ」


「は?梅松って・・・ひょっとしてメルティーの事?」


「そうだに、メルティーの本名って”梅松トメ”だからに。凛子ちゃん知らんかったのかに?」


「え~~っ!!こんなに美人で金髪で巨乳なのに、名前が”トメ”?うははは!マジ?メッチャウケる!”トメ”だって!うははははは!婆さんかよ!昭和ヒトケタかよ!ヤバイ、腹がよじれそうだ!腸捻転になるぅ!」


「おねーさんっ、そ、そ、そんなに笑わなくてもいいじゃんっ!私だって好きでこんな名前になったワケじゃねぇんだよう!」


「あ~っ、ゴメンゴメン!悪かった悪かった!ホントにゴメンね!ごめんねメルティー。じゃなくて、トメ・・・プッ」


「でさ、凛子ちゃん、こんな時間にメルティーじゃなかった、梅松と一緒に俺を呼び出したりして、何かあったのかに?」


「あーそうだそうだ、その話だ。あのさ、私の知り合いの子供が病気でさ、それを治してよ。アンタら出来るっしょ?」


「いやいやいや、凛子ちゅわん、無理言っちゃぁイケねぇよ。そんな事したのがバレたら、俺達は会社クビになっちゃうよ」


「あーそう。さっきもメルティー、じゃなかった、トメに言ったんだけどさ、珍之助と美咲ちゃんとEKMジェネ一式、TV局に持って行ったら楽しいだろうな~って。きっとワイドショーのいいネタになるかなぁ~」


「り、凛子ちゃん、それ、マジで言ってるのかに?」


「うん、マジのマジ、大マジですわ~。明日ちょうどTV局へ行く用事があるからさ、珍之助と美咲ちゃん連れて行こっかなあ、キャハ!」


ハゲとメルティーが私の目の前で何やらコソコソ相談し始めた。

あんたらの事情は良く分からんが、こっちは優子の子供の命が掛かってるんだ。それに私だって殺されかけそうになっている。

どんな手段を使ってでも、優子の子供の病気を治してもらうからな。


「凛子ちゃん、わーったよ、わっかりましたよ。その病気とやらを治してやるよ。でもな、こんな事はこれっきりだからな。さっきも言ったけどよ、こんな事したのがバレたら俺も梅松も超ヤベーことになっちまうんだわ。そこんとこヨロシク」


「マジ?ホントにやってくれるの?わ~!やったぁ!もう~!アンタもメルティー、じゃなかった、トメも大好きだよっ!キャー、愛してるー!」


「しゃあねぇなあ。でよ、その病気の子供ってどこに居るのかに?そんでもって病気ってどんな病気だ?」


「岡田明生っていう9歳の男の子でね、今は京英女子大附属病院の小児病棟の810号室に入院してる。病名はペニー・レイン症候群だって」


「そうか、オッケーだに。じゃあよ、明日の深夜に俺と梅松でそこに行って病気治してくるわ。でよ、俺達がその部屋に居る時はぜってーに誰も病室に入れて欲しくねぇんだわ。まあ5分くらいで終わるからよ」


「うん、わかった。深夜なら大丈夫だと思う。あ、それからさ、ついでにもう一つ頼みたい事があるんだよねえ、えへへ」


「はぁ?これっきりだって言ったじゃねぇか、凛子ちゅわん、もう勘弁してくれよぅ」


「まあまあ、アンタらだったら簡単な事だからさ。あのね、子供の病気が治ったら子供を病院から連れ出さなきゃならないじゃん、その時に病院の監視カメラに私が子供を連れて行く時の映像が録画されちゃうじゃん、だからそれを消去してほしいんだよね。あるいは監視カメラをその時だけ使えなくするとかさ、出来るっしょ?簡単っしょ?」


「え~~、めんどくせぇなぁ・・・まあいいよ、それくらいだったら何とかしてやっからよ、で、いつだ?子供を連れ出すのって」


「うーん、そうだなあ、アンタとメルティー、じゃなかった、トメが子供の病気を治すのって深夜だよね?じゃあその後、朝の5時とか」


「おう、分かったよ。じゃあ朝5時から6時まで病院の監視カメラに偽物の映像ぶっ込んでおくからよ、その間の一時間は凛子ちゃんの姿は録画されないようにするわ。これでええかの?」


「ンもうっ!ハゲ最高!ほんっと、愛してる!ハグしてあげる!」


「あー、貧乳のハグとか、そーゆーのいらねぇから。よし、じゃあ俺達は帰るかに。凛子ちゃん、バイバーイ」


----ボンッ!!----



やった!

取り合えず何でも言ってみるものだ。

優子の子供の病気が治ったら、こっちにはもう負い目は無い。

後は相沢亮太をとっ捕まえて洗いざらい白状させるのみ。


そうだ、子供の病気が治るってことを優子に言っておかなくちゃ。

でも何て説明しよう・・・まあいいや、優子が信用しなくても、子供の症状が治ったらイヤでも分かるはずだ。

アイツら明日の深夜に病院へ現れるって言ってたな・・・

よし、明日会社で優子に話そう。

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