君が、月に帰るまで

高野百加

第1話 プロローグ

「お前を2週間の地球謹慎処分とする。いくら月の姫君とて、罪は免れない。地球へ行き、頭を冷やせ!!」


月の宮殿で、大王は娘の月夜美谷之命つきよのうつくしだにのみことにそう言い渡していた。


「お父さま、なぜですか? あまりにもひどすぎます。私は悪いことなどなにもしておりません!!」


父親の前で、家来たちに拘束された姫は、必死の形相で反論した。着せられた十二単が乱れる。


「黙れ!! お前のしたことは月の行く末を欺く行為。許されることではない」


「お父さま!! お願いです、ご慈悲を!! お前たちもやめろ! 離さぬか!」


じたばたと暴れる姫を家来たちはぐっと押さえ込む。


「謹慎先は、もう決めてある。そこで過ごすように。家主にはさくがついていき説明する。朔、家主には相応の礼をすると伝えよ」


「御意」


大王の隣で控えていた、家来の朔は頭を下げてそう返事をした。


「謹慎先……!? それはどこですか?」


「行けばわかる。姫よ、よく反省するがよい」


抵抗も虚しく、姫は宮殿から連れ出され、無理やり飛車に乗せられた。


謹慎処分という割には、豪華な飛車に乗り、美しい十二単を着せられて、ずいぶん待遇のよい犯罪者だ。


月の住民からの、蔑んだ視線が飛車の中に刺さる。


「ううっ……」


その場に座り込むと涙が出た。いったい私が何をしたというのだ。自分の心に正直にいることがそれほど罪なのか。


姫は思わず着物の合わせをぎゅっと掴む。情けなくて前屈みに突っ伏すと、お腹に違和感があった。


何だろう。石……?


長袴を少し引っ張って中を覗くと、小さな巾着袋が挟まっていた。中には、かわいらしい翡翠の勾玉の首飾り。


ぎゅっと握ると、想念が流れてくる。


月夜つきよ……きこえますか?』


満月みつきお姉さま?』


曾祖母ひいおばあさまの翡翠の勾玉に、まじないを施しました。これで地球にいても連絡が取れます』


『ありがとうこざいます、心強いです』


『あなたの無事を祈ります。それと……』


『わかっています。月が出ている間は、謹慎が解けるのですね。この翡翠から出る力のおかげでしょうか』


姫は、目を閉じたまま翡翠を抱きしめて満月に想念を送り続ける。


『はい、そうです。謹慎が解けている時ならば、話ができると思います』


『わかりました。それもお姉さまの計らいですか』


満月は黙っている。秘密にせよと言われているのだろうか。何にしても、ずっと謹慎していなければならないと思っていたので、姫はありがたかった。


『翡翠はいつも身につけていなさい。わたしはいつもそばにおります』


姫は黙って頭を下げる。想念はやがて小さくなって消えた。翡翠の首飾りをそっとつける。ほんのり暖かい。


外の様子は御簾でよく見えないが、もう月を出たのだろう。雰囲気が変わったのが姫にもわかった。


よくもまあ犯罪者をこんなにご丁寧に地球まで運ぶものだ。曾祖母様のときもこうだったんだろうか。呑気な音楽がかなでられている。


姫はどーんと後ろに倒れて大の字に寝転がった。起きたら謹慎先の家だろう。


謹慎中はどんな姿なのだろうかと思いを巡らせる。曾祖母はまだ罪が軽かったから人の姿のまま。姫は重罪人。きっと人ではない姿にさせられるだろう。死罪とならず、謹慎処分で済んだのはお父様の慈悲。


だけど、何も悪いことなどしていない。自分の心に正直にいただけ。それで罰せられるなんて、おかしな世の中だ。そう姫は思うが、それに抗う術もない。


外の雰囲気がまた変わる。今度は地球に入ったのだろう。


「姫さま、そろそろです」


朔の声が聞こえる。姫はだんだん瞼が重たくなってきた。大の字に倒れたまま、目を閉じる。


曽祖母さま以来、地球謹慎処分になったのは姫が1300年ぶり。快挙だ、これは。


あんなに行きたかった地球。

こうしていざ行くとなると怖い。

しかも重罪人として行くのだから、思ってたのと違う。


謹慎先ってどこだろう。

あの家の少しでも近くならいいな。

謹慎している姿でも、ひと目あの人に会ってみたい。


姫は謹慎の不安と期待でざわざわする頭をなんとか鎮めて眠りに入った。

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