ヤマトナデシコ決戦式~小鳥遊怜の下着事情~

藤村灯

第壱話

 一陽来復いちようらいふく

 いよいよ明日は待ちに待った風間かざま君との逢瀬おうせの日です!


 正確せいかくにはショッピング。

 剣道部けんどうぶで使う竹刀しないを買うのに、風間かざま君の行きつけのお店を案内してもらうだけなのですが、わたしがデートのつもりでのぞめば、その瞬間しゅんかんからそれはデートなのです! 

 少なくとも、わたしのなかでは。


 なによりも、付き合ってもらったお礼に、食事に誘う算段さんだんは何パターンも計画済み。

 機略縦横きりゃくじゅうおう! 何ごとも策士さくしのごとくなく、です。


 お風呂にはいつもより長く、一時間も掛け入念にゅうねんに身体をみがいたのでばっちりです!

 あまりに長く入りすぎて、お母さんにしかられた上に、少々のぼせ気味ぎみではありますが。


 明日着ていく服はすでに準備完了じゅんびかんりょう


 お洒落魔人しゃれまじん異名いみょうを持つエリカに頼み込んで、部活ぶかつ帰りの間食奢かんしょくおごりり三回分を代償だいしょうに、見立みたててもらったお出掛でか


 当日とうじつあわてないよう、しわばして衣紋掛えもんかけにるしてあります。


 下着したぎもおろしたて。

 ミントグリーンの可憐かれんなものを、お風呂ふろ上りに穿きました。

 いや、見せる予定はありませんけど!


 もしも、もしものことがあった場合、くたくたパンツではおやがいガッカリじゃないですか。


 そなえあればうれいなしというものです。

 あとはとこき、ゆっくり英気えいきやしなうだけ。

 おやすみなさい!



 ……まって。まってまって。



 せっかくの下ろしたてのパンツ、一晩ひとばん穿いたら使用済しようずみになってしまうじゃないですか!


 どうしてこんな簡単かんたんなことに気付かなかったんでしょう!

 あわてて布団ふとんけ起き上がるも、あとまつりというものです。


 ろしたてにこだわるなら、明日あすの朝、シャワーをびてから穿えるべきでした!


「あ”~~~~う”~~~~……」


 五分ほどまくらに顔をうずめてうめいた後、気を取り直して次善じぜんさくを考えることにします。


 武道家ぶどうかたるもの、どんなときでも冷静れいせいに、クールダウンできる手段を持っているものです。常在戦場じょうざいせんじょう


 よくよく考えてみれば、ろしたてのパンツではゴムの状態がベストでなく、最適さいてきのパフォーマンスを見せられないかもしれません。


 なによりおこづかいが足りず、おそろいのブラを持ち合わせてはいません。

 明日のあさシャンは、上下そろったお気に入りのパステルピンクの下着したぎ着用ちゃくようすることにしましょう。


 これでいい。むしろこれがいいのです。塞翁失馬さいおうしつば


 やすらかな気持ちになり、とろとろとまどろみに落ちかけたとき、いきなり隣室りんしつへだてるふすまが引かれました。

 顔をのぞかせたのは、としはなれた可愛かわいいわたしのいもうとりんです。



れいねえちゃん……」

「どうしたの?」


 ふすまを開ける前に声を掛けるよう、もう何度目かになる忠告ちゅうこくをしたあとやさしくいかけると、寝巻ねまきのすそにぎったりんは、足をもじもじわせながら、上目遣うわめづかいにうったえます。


「おしっこ……」


 長幼之序ちょうようのじょ

 婦女子ふじょしたるもの、幼少ようしょうの者はいつくしむべしです。

 かくいうわたしもおさなころは、ははともなわれてでなければ、夜中よなかにご不浄ふじょうに行けなかったものです。


 夜勤やきんに出かけて不在ふざいの母に代わり、わたしはいもうとの手を引きご不浄ふじょうへ向かいます。


「ドア、けておいてね?」


 不安ふあんげにうったえるりんうなづいてみせ、わたしはご不浄ふじょうのドアの前でたたずみます。


 ご不浄ふじょう怪異かいいといえば花子はなこさんや赤い紙青い紙。

 おさなころのわたしもずいぶんおびやかかされたものですが、ことわり高校生こうこうせいにもなればおそれるものではありません。


 りんちょうずれば、それらは学校のご不浄ふじょうにしかあらわれないものとるでしょう。


 うちのご不浄ふじょうにでるとすれば、がんばり入道にゅうどうくらいのものです。

 がんばり入道にゅうどうホトトギス。

 まじないを知ってさえいれば、怪異かいいなにするものぞ!


 ようませたりんかしつけたあと、布団ふとんに入ったわたしの脳裏のうりに、ふとるとはなしにはいったいもうとのパンツがかびました。

 明日あす着用ちゃくようする予定よていの、わたしの下着したぎと同じ色の。


 うん? 小学生しょうがくせいと同じ色?


 些細ささいではあるものの、何故なぜ容易ようい見過みすごせない懸念けねんいだいたわたしは、起き上がり布団ふとんの上、正座せいざ長考ちょうこうに入ります。


 いやいや、色が同じだけじゃないですか。

 わたしの下着したぎりん穿くお子さまパンツとはちがい、女子高生じょしこうせい相応ふさわしいはかなさと可憐かれんさをそなえ、それでいて煽情せんじょう華美かびに走らぬつつしみみのあるしなのはず。


 自らの記憶きおく審美しんび信頼しんらいしきれないわたしは、箪笥たんすからした下着ちたぎめつすがめつながめます。

 それでも「これだ!」という確信かくしんを持てないわたしは、こっそり部屋を抜け出し、母の寝室しんしつへと向かいました。


 このまよいをらすには、パンツの手本てほん必要ひつようであることは自明じめい。ならば、ここはとら覚悟覚悟が必要な場面でしょう。

 虎穴虎子こけつこし


 ははの帰りは未明みめいになるはず。

 わたしはいもうとを起こさぬよう注意ちゅういはらい母の寝室しんしつに向かうと、明かりをしぼった部屋へやの中、箪笥たんすの中をさぐはじめます。


 母は二人の子をんだとは思えぬほど若々わかわかしい人です。

 わたしと二人で出掛でかけると、姉妹しまい間違まちがわれることもあるほど。


 もちろん世辞せじ半分半分なのでしょうが、むすめであるわたしにとって、ほこらしく思える自慢じまんの母親です。


 引き出しの中には、年齢ねんれい相応ふさわしい補正下着ほせいしたぎおさめられています。

 けれど、その印象いんしょうを消し去る鮮烈せんれつはなやかさで、レースの綾目あやめなまめかしい、大人おとなっぽい色使いろづかいのランジェリーであふれています。


 セクシー! まさに千紫万紅せんしばんこう


 圧倒あっとうされている場合ばあいではありません。わたしは持参じさんした自分の下着したぎを母のものとならべ、頭の中でりんのパンツともくらべてみます。


 んんー? 年相応としそうおう、やはり二者にしゃ中間ちゅうかんあたりのデザインじゃないですか。

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