山田さんの心臓マッサージは35cm

香散見 羽弥

第1話 山田の珍解答

 


 誰しも間違いの一つや二つあるものである。


 どれだけ頭の良い人であっても、どれだけ仕事ができる人でも、その魔の手から逃れることは不可能でありその縁は切ろうとしても切れるものではない。


 自分では正しい答えや文を書いているつもりでも、何故か、気が付くと存在する。それがミスというものだ。


 これはそんなあるあるを元にした、どこにでもある、だれにでもあることを描いた物語である。





 とある部屋に男女4人の姿があった。


 4人が着ている制服は同じ紋章が描かれたもので、同じ学校の者であることがわかる。

 4人は一様に下を向き、部屋は重苦しい空気に包まれていた。



「みんな、件のものは持ってきた?」


 黒縁の眼鏡をかけた茶髪の女の子が口を開く。

 それに応えるかのように各々が頷いた。


「ちゃんと持ってきたよ」

「本当は誰にも教えたくないけど」

「仕方ないよねぇ」


 どうやら満場で意見が一致しているようだ。



 各々の手に握られていたのは答案用紙だった。


 眼鏡の女の子――山田晴子やまだ はるこは自身の手にもある答案用紙を見ると、重苦しいほどの溜息をつき顔を隠すように手を広げた。



「……それじゃあ恥の暴露大会、始めようか」

「「「……おー」」」



 そう。


 この部屋で行われていたのは学校の定期テストの珍解答暴露大会だった。


 何故そんな馬鹿げた事をやっているのか。

 それは自分が仕出かした珍解答にあまりにもダメージを受けたからに他ならない。


 自分だけがこんな恥ずかしい思いをしているなんて信じたくない。いや、むしろ信じる訳がない。



 何ならいる~きっといる、きっといる。というリズムを刻みながら歌ったほどだ。


 そういうことで自分の他にも同じような思いをしている者を集めてその解答を笑い飛ばすことで自分のダメージも笑い飛ばそうと思い立ったのがこの会の始まりだった。


 一つ弁解しておくとしたら、彼らは決して頭が悪いという訳ではない。

 むしろ優秀な生徒の部類に入るだろう。


 授業態度も良好、成績も中の上以上である。



 だからこそ、テストでも自らふざけた解答をするわけがなかったのだ。

 ……だからこそ、珍解答にダメージを食らったのだが。



 山田はごくりと生唾を飲み込むと4人で囲んだ丸いテーブルの上に答案用紙を置いた。



 山田晴子の珍解答

 科目:保健体育

 問題:心臓マッサージの正しい圧迫の深さを答えよ


「ああ、これか」


 黒い固そうな短髪の男子、水野康介みずの こうすけがつぶやく。


「あったね。確か0~5cmを繰り返すんでしょ」


 それに答えたのは長い黒髪を肩口で二つに縛った三輪佐知みわ さちだった。

 もう一人、比和野楓ひわの かえでもうんうんと頷きながら机に置かれた解答用紙を表に向ける。




 山田晴子の解答:0~35cm




「「「おっほっ」」」


 3人は一斉に笑い転げた。


 笑いすぎで腹を抱えている三輪、泣きながら息継ぎができないでいる水野、机をたたいて苦しんでいる比和野。


 そのあまりにもな笑い方に山田はタコのようになりながら拳をプルプルと震えさせている。



「開幕出オチッ! 心肺蘇生の方法だって言ってんだろっ!!」

「殺意高いじゃん?? 誰か嫌いな人でも想定したんか??」

「完全に仕留めに掛かってて笑う」


 笑いながらも的確なツッコミを入れていく3人。


「うるさいうるさいっ! 確実に心臓動き始めるじゃん絶対! 大は小を兼ねるだよ!! 」


 山田は机に突っ伏し抗議の声を上げた。


「これを大とは言わないし」

「心臓動き始める前に突き抜けてるんですがそれは」

「蘇生する気ないでしょ」


 抗議の声もむなしく散々な言われようである。


「違うもん! 5って数字は記憶にあったから(15? いやでもなんか違う。じゃあ25……うーん。あ、35! これだっ! )ってなっただけだもんっ!」


 突っ伏していた机から顔を上げ周りの面々を睨む山田。

 残念ながら、ここには味方はいない。



「いや、そうはならんだろ」

「圧倒的にあほの子」

「落ち着いて考えたら35cmって体の厚み突き破ってるからね?」


 皆にやにやしながら痛いところをついてくる。



「うわー―――!!!!」


 山田は発狂した。

 床の上を顔を抑えたままゴロゴロと転がっている。

 一人目の脱落者だった。


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