第7話 恋中さんとおっぱい

 現実世界にも伏線が存在している。

 ちょっとした発言や行動が未来に繋がったり、人の行動を左右したりする。


 恋中さんは紙の皿を机に置いた。

 その皿には特徴的な卵料理が乗っている。


「おっぱいオムレツです!」


 俺は彼女に背を向けて両手で顔を覆った。


「ごめん、ちょっと待って」


 伏線回収、早過ぎるだろ。

 俺、マジで「おっぱい大好き星人」だと思われてるらしい。


 落ち着けと自分に言い聞かせる。

 そして深く息を吸い込み、冷静に問う。


「どうして、そのチョイス?」


「お好きでしょう?」


「……何が?」


「もちろん、おっぱいです!」


 どうすんだこれ。どうすればいい? 誰か教えてくれ。俺はどうするべきなんだ。


 一応、理由をたずねてみようか。


「……どうして、そう思った?」


「だって、よく見てるじゃないですか」


「……何を?」


「私のおっぱいです」


「恋中さん、聞いてくれ」


 俺は振り返る。

 それから彼女の顔を見て、


「ほら、今もチラッと見ました」


 存在感がデカ過ぎるんだよチクショウ!


「違う。見てない。とにかく、誤解なんだ」


「べつに遠慮しなくて良いですよ。見るだけなら気にしないですから」


 彼女はそれを強調するように両腕を寄せ、どこか挑発的な表情で俺を見て言った。


 ごくりと唾を飲む。

 本人が良いと言うのならば、遠慮なく目に焼き付け──違う。違うんだ。誤解なんだ。


「触るのは絶対にダメですからねっ」


 彼女は身を守るようにして腕組みをした。しかし、胸の下で組まれた腕はより強くブツを強調してしまう。


 ……見るな見るな見るな。


 俺は必死に目線を上げた。

 そして彼女が恥ずかしい気持ちを隠すような表情をしていることに気が付いた。


 ……KDPのためってことか。


 友達を作るためならば、ある程度は手段を選ばないという強い意志が感じられる。


 俺が言葉を探していると、彼女は急に不安そうな顔をして、相手の機嫌を取るような態度で言った。


「夏になれば、お友達特典として、水着までなら頑張れますので」


 だから少なくとも夏までは一緒に居てください、とでも言いたげな上目遣い。


 それを見て気がついた。

 俺が無言だったから、嫌われたかもしれないと不安に思ったのだろう。


「勘違いしないでくれ」


 俺は腹に力を込め、


「俺は、そういう目的で恋中さんと一緒に居るわけじゃない」


「……なら、どういう目的なんですか?」


 難しい質問だ。俺はこれまで友達に条件を求めたことなんてない。たまたま同じクラスだった人と話をしたら、それで友達だった。


 多分、恋中さんは違う。

 彼女にとって友達は「特別」なんだ。


「目的なんて無い」


 だけど、だからこそ、言うべきだ。


「一緒に居て楽しい。それだけ」


「……よく分からないです」


「分からない? 何が?」


「だって、私なんかと居て楽しいわけない。ネガティブで、めんどくさくて、面白い話とか知らなくて、歳の近い人とは話が合わなくて、気が付いた時にはいつも一人で……」


「じゃあ」


 俺は途中で口を挟む。


「相性が良かったんだよ。きっと」


「……相性、ですか?」


「これまでの恋中さんは、相性の悪い人と話をしていた。だから仲良くなれなかった。俺は違う。恋中さんと過ごす時間は楽しい。俺が言うんだから、俺にとっては真実だ」


 彼女の表情は、まだ半信半疑。

 だから俺は言葉を加えることにした。


「ひとつ要望を言うならば、俺は、おっぱいよりも、楽しそうにしてる恋中さんを見る方が、好きだ」


「……おっぱいよりも、好きなんですか?」


「おっぱいよりも好きだ」


 かなり恥ずかしいことを言っている気がするけれど、ここで変に引き下がる方がきつい。だから俺は、背中をつねることで真剣な表情を維持した。


「じゃあ、たくさん笑います」


 彼女は顔を上げて俺を見る。

 そして照れたような笑みを浮かべた。


「スマイル無料です。えへ、えへへ」


 俺は、金縛りにあったような気分だった。

 このまま何も考えなければ、心から浮かび上がるような感情に支配されてしまう予感があった。だから、それを振り払うために声を出す。


「オムレツ、食べようか」


「そう、ですね」


「椅子ひとつだから俺は立って食べるよ」


「そんな、悪いです。私が立ちます」


「じゃあ、間を取って二人とも立とうか」


「あ、それ良いですね。そうしましょう」


 恋中さんは直ぐに椅子を退かした。

 そして「隣にどうぞ」という目で俺を見たので、遠慮なく隣に立つ。


「冷めちゃってますけど、温め直しますか?」


「大丈夫。このまま頂くよ。お金は、さっき机に置いといたから」


「あ、はい、これですね。受け取りました」


 恋中さんが百円玉を受け取り、俺は手元に用意された割り箸を手に取った。


 個包装された最初から分かれてるタイプの割り箸……竹箸?


「普通の箸は使わないのか?」


「洗うのが億劫なので」


「そっか。お皿も使い捨ての奴だよね」


「はい。私はSDGsに抗う女です」


「何それ。でも、この前のお裾分けはタッパーでくれたよね」

 

「あれはKDP……ああ、いえ、えっと、その、なんか部屋にあったやつです!」


「……そっか」


「……はい、そうです」


 会話は普通にできる。


「美味しい」


「……ありがとうございます」


 だけど、どうしてだろう。

 食事の間、俺は彼女の顔を見られなかった。


 

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