第18話

「お嬢ちゃんたち、どこから忍び込んだんだ?名前はなんて言うんだ?大人はいるかい?」


 二人に詰め寄るスキンヘッドの男に、30代くらいの角刈りの男が聞こえる程度の小声で耳打ちをした。


「主任、盗掘者どもの娘では?最近は連中もなりふり構わず財宝を狙いに来ていますから。子供らに忍び込ませるつもりだったのかもしれませんぜ」

「ふむ、可能性はあるな。お嬢ちゃんたち、ちょっと事務所まで来てもらおうか」


(ちょっとちょっとお、何なのよこいつら。私たち尋問されちゃうわけえ?)


 ただただアタフタするだけのポレットとは対照的に、アポリネール家をしょっているコリンヌは胸を張って男たちに対峙した。


「お下がりなさい。あなたがたは主人に対して弓を引くのですか?」

「主人だあ~?お嬢ちゃん、今が冗談を言うタイミングだと思うかい?」


 コリンヌの一言はどうやら状況を悪化させただけらしい。


(大人をからかいやがって。事務所で散々絞ってピーピー泣かせてやるわい!)


 顔を強張らせたスキンヘッドが一歩前に出て何かを言いかけたその瞬間、後ろから甘くピリッとしたハスキーボイスが男たちを耳を貫いた。


「その方々は盗掘者ではありません!」


 マチアスが颯爽とポレットたちの元に駆け付け、ジュリアンも息を切らせながらそれに続いた。顔を見合わせて安堵のため息を付くポレットとコリンヌ。スキンヘッドの男がマチアスをギロリと睨みつける。


「なんだあ色男?盗掘者の一味か?いや……結婚詐欺師ってツラしとるな」


 スキンヘッドはどうやらイケメンが嫌いらしい。マチアスは動じることなくリーダー役であろうその男に一礼をした。


「マダム・アポリネールの秘書を務めるマチアス・オビーヌと申します。本日はアポリネール家に伝わる試練のためにこちらに伺いました。こちらが証明書になります」


 マチアスはリュックサックの中からバインダーを取り出し、その中の書類一枚を主任と呼ばれた男に手渡した。紙をひったくるように受け取ったスキンヘッドはマチアスから手渡された書類を数十秒間凝視した後、一転して温和な表情になった。


「申し訳ない!」


 男はマチアスに向かって大仰に頭を下げた。


「いやあ、ご無礼をお許しください。最近ジュネ各地で遺跡盗掘が問題になっているでしょう。ピレアンの警備本部から厳しく対処するよう強く言われていましてね」


 マチアスにペコペコする男の姿はどこか如何わしいセールスマンを思わせた。スキンヘッドの態度を見た他の男たちはマチアスの前で一斉に気を付けの姿勢をした。


「アポリネール家の御一行様ですね、お待ちしておりました。ではそちらの坊ちゃまが……?」

「はい、当家の御子息であるジュリアン・アポリネール様が本日の試練を受けることになります」

「これはこれは……ええ、伝書鳩のメッセージ通り確かに4人ですね。まさか女の子も同行するとは思わなかったものですから」


(で、伝書ばとお?)


 マルムの辺境ぶりはことごとくポレットの予想を上回った。ピレアンではもはや必須といっても過言ではない最新の通信手段である電話もマルムではまだまだ普及が遅れていたのだ。


(一気に前世紀に戻っちゃったわね……流石ド田舎だわ。この分だと電気も通ってないんじゃないかしら)


「ちなみに女の子たちも遺跡内部に同行するので?」

「ええ、試練に同行者は認められていると聞いておりますが」

「もちろん問題ありませんよ。試練と言っても形式的なものでしょう?宝を持ち帰ったらあそこの詰所に寄ってください。一応帰る前に身体検査が必要になるんでね」


 男はそう言って崖を抜けてちょうど右手にある掘っ立て小屋を指さした。小屋の手前には大量の酒瓶が散乱していた。


「ごくろうさまです。それでは遺跡の中に入らせて頂きますね」


 マチアスが再度一礼をして遺跡の方へ歩こうとしたその時、スキンヘッドが真面目な顔をしてコリンヌを伏し目がちに見ながらゆっくりとこうべを垂れた。


「マドモアゼル。先程"主人"と仰いましたよね。貴方はもしやアポリネール家の……?」

「ええ、わたくしコリンヌ・アポリネールと申しますわ」


 コリンヌがそう名乗ると、スキンヘッドは彼女の前で片膝を地面に付いて右手を胸に当てた。これはジュネ特有の目上の者に対する謝罪方法である。ちょっと古臭いが貴族や年配の間ではまだまだ廃れていない習慣だ。


「ご無礼をお許しください。アポリネール家のご令嬢だとは存じ上げませんで。もしやもう御一方おひとかたも?」

「いいえ、彼女は友人です。非礼についてはご存知なかったのですから仕方ないですわ。もう気にしておりませんので顔を上げてくださいな」

「寛大なお心遣い、痛み入ります」


 スキンヘッドは神妙な顔で数秒間目を瞑ったあとに恭しくゆっくりと立ちあがった(これもマナーの1つなのだ)。そして今度は打って変わって悪戯っ子のような表情でポレットの方を向いた。


「ああ、そうそう。お嬢ちゃん」


 スキンヘッドがポレットにニヤニヤと話し掛けた。


「なあに、おじさん?」

「ここね、出るんだよ」

「出る?何が?」

「出るっていやあ1つしかないだろ。幽霊だよ、ゆ・う・れ・い。大昔にこの遺跡で迷子になった子供の霊が未だにさ迷っているんだ」

「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ、ゆーーれい!?」


 ポレットの青くなった顔を見た男たちが膝を叩きながら大笑いした。


「うわっははははは!主任、子供を怖がらせちゃいかんですよ。そんなんだからお孫さんに会わせてもらえんのです」

「わはははは、冗談だよ冗談。お嬢ちゃん、くれぐれも怪我だけには気を付けてな」


 男たちはゲラゲラと笑いながら見回りに戻っていった。警備員の無礼な態度に気分を害したジュリアン。


「なんだよ感じ悪いなあ。あれでもうちの社員かよ、ってポレット?平気なの?」


 無理やり笑みを浮かべるも顔を真っ青にして体中を震わせているポレット。口の端をひくつかせて目にうっすらと涙すら浮かべている彼女は、怪談なんぞを耳にした日の夜はコアラのようにシモンに引っ付かなくては眠れないほど幽霊やら怪談やらが大大大の苦手であった。


「ヘ、平気、平気ヨ~。ソンナモノコノ世ニイルワケナイジャナ~イ」

「ポ、ポレット?全然平気そうに見えないよ?」

「へへへ平気だって。あああらあら?どど、どこぞのお嬢様も膝をプルプルさせているじゃな~い」

「あ、あらあ?やだわあ、これは武者震いよ」


 プライドの塊であるコリンヌは真っ青にしたのは何とか首まででとどめていたものの、膝の震えまでは隠し通すことができなかった。生まれも性格も正反対の二人の数少ない共通点の1つは”お化けが苦手”であった。


「そ、そうだった。コリンヌは吸血鬼の映画で気絶したことがあったもんね」

「ジュリアン!余計なことを言わないで頂戴!」

「ご、ごめん……」


 ジュリアンは頭を抱えた。無理やりついてきた形のコリンヌだが、いざこのような姿を見せられると今まで双子の姉に頼りっぱなしだったジュリアンは嫌でも不安になった。


(ふふふ、良い話を聞いたわ。完璧無比の優等生の弱点をね。ふふふふふ~)


 泣き笑いのような表情を浮かべるポレットだが、コリンヌに関する貴重な情報を手に入れたことで心の中では精一杯虚勢を張ることができた。彼女たちの様子を苦笑いを浮かべながら見ていたマチアスは、ポレットとは対照的に心の中で深くため息をついてしまった。


(やれやれ、今日は思った以上に重労働になりそうだな)


◇◇◇

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