四十二話 婚約

 衣装室でメガネをつけカツラを被った。パッと見は僕とは分からない。ドキドキしながら、須藤さんとプリンスホテルに入った。


「スマホで合図するから、合図をしたら一番後ろの席に座れよ。そこからは手筈通りだ」


「分かりました」


 エレベーターで、5階に上がり偽名を書いて控室に入る。


 控室にはカメラを持った人や、ライター、社長秘書などがいて、戦場のように慌しい。僕は椅子に腰を下ろして、スマホが鳴るのを待った。


 ここまでは手筈通りだが、問題なのはこれからだ。心臓が痛いほどに鼓動している。気づかれて連れ出されたら終わりだ。


 失敗は許されない。今、身元がばれたら、排除しに来るだろう。そうなったら全てが無駄になる。


 スタッフは今も入退室を繰り返している。僕のことなど気にも止めていない。


 14時からの会合だが、婚約の話の前に会社説明があるため、14時半くらいになると言っていた。


 時計の針を確認すると14時ちょうどだ。会長の話が始まった頃に違いない。僕は息を潜めて合図を待った。


 ブーというバイブレーションの音が鳴る。これが合図だ。僕は不自然に見えないよう控室を出て、メインルーム後ろの扉を開けた。


 スポットライトに照らされた会長が前で今後の会社について語っている。僕は一番後ろから入り決められた席に座る。


 会場は暗くバレにくい。照明は一番前にだけ当たっているため、僕が出て行っても気がつきにくい。


 会社の説明が終わり、今後のメインテーマである合併の話へと移って行く。


「当社の埼都線は明治からある由緒正しい路線ではあることは、皆さんもご承知のことかと思います。ただ、こちらの路線には、ライバルも現れ打開策はないかと常日頃考えて来ました」


 会長は一旦、話を区切る。スポットライトの調整などのタイミングを計っているのか。少し待って話し始めた。


「そこで、我が社をより強い電鉄会社にするために、現在協力会社である都西線の近藤会長とある話を調整してきました」


 スポットライトが会場右手に移動する。そこには黒のタキシード姿の太一と丈の短い白いウエディングドレスを着た有紗の姿があった。


 ハッキリとこちら向いている太一に比べ、有紗の表情は下を俯き冴えない。


「ウエディングドレスとは趣味が悪いな」


 いつの間に座ったのか隣に須藤さんがいた。


「いいか、俺がタイミングを指示する。行けと言ったら何も考えずに行け!」


「分かりました」


 会長が嬉しそうに手を太一達の方に向けた。


「皆様、お分かりになられましたでしょうか。うちの有紗と近藤さんの息子の太一くんです。ふたりはお互いを好きになり、本日婚約する運びとなりました。二人揃って次世代の会社を支えるために、助け合っていきます。それと同時に会社も合併に向けて動き出します」


 可哀想に体調が悪いのだろう。有紗の顔は本当に青ざめ、寒くもないのに手が震えていた。


「こちらが婚約指輪です。太一くん、ここに来なさい」


 太一が会長の元に自信を持って近づき、婚約指輪を受け取り、有紗のところに向かう。有紗の左手を取り薬指に指輪を嵌めようとした。


「待った!!」


「なんだ、何があったんだ」


 会場に動揺が走る。僕は気づかれないようにゆっくり歩きながらステージ前に辿り着いたのだ。


 スポットライトが僕に当たる。眼鏡を外し、かつらを取り去った。


「平くんっ!!!」


 下を向いていた有紗がこちらを振り向く。涙に濡れた瞳が大きく見開かれ本当に驚いていた。


「なんで、お前が来るんだよ!」


 太一の大声と僕を睨みつける視線。僕は太一を無視して、有紗の方を向いた。


「誰だ、あれは。呼んでないぞ。誰かあいつを止めるんだ」


 会長の声に我に返った警備員が近づこうとした。


「恋路を邪魔するのは野暮のすることだよ」


 いつの間に横に来ていたのか須藤さんが警備員を取り押さえる。


「おいで、有紗」


「有紗、冷静になれ。こんな重要な会合潰して、今後まともに生きれると思ってんのか」


「離して、わたしはあなたとは絶対一緒にならないっ」


 有紗は太一の手を払いのけて、僕のところに飛び込んできた。


「うわっ、重……」


「重っ?」


「いや、ごめん」


 有紗のいい匂いがした。身体は、すごく柔らかかったけれど、落下する女の子を受け取るのは大変だ。僕はあわや倒れそうになったが、なんとか抱き抱え、そのまま後ろの扉に向かって走った。


 女の子と言えども抱えて歩くのは大変だ。落ちてくる有紗を受け取ったダメージが残っているからなのか、数十歩歩いたところで力つく。


「大丈夫だよ、自分で歩けるからねっ」


「ごめん、限界」


 僕の腕から降りた有紗は僕の手を握って、また走り出す。


「ちょちょ、ちょっと」


 有紗に引っ張られて、僕も慌てて走った。後ろ扉を開いて外に出る。

 扉を閉めるために振り向くと会場真ん中に山下社長の姿がチラッと見えた。


「有紗、下に降りよう」


 エレベーターのボタンを押すと運良く、すぐに開いた。呆然としている出版者の人たちを横目に一階のボタンを押す。


 プリンスホテルの入口を出るとタクシーに飛び乗った。


「運転手さん、ここまで」


 運転手に僕の住所を伝える。ウエディングドレス姿では、流石に走って逃げれない。


「有紗、おかえり」


「平くん、ありがとう。本当にごめんなさいっ」


 僕が有紗の頭を撫でると、嬉しいのか、くすぐったそうな表情をする。


「太一くんっ、ぐすっ」


「もう大丈夫だよ」


「うんっ、わたしもう離さないっ」


 有紗はぎゅっと抱きついてくる。柔らかくて、とても可愛い。


「ウエディングドレス似合ってるよ」


「バッ、バカぁっ」


 有紗はそれだけ言うと頬を赤らめて僕の身体に顔を埋めた。


 この先どうなるか、分からないけど、この可愛い存在がまた僕の手に戻って本当に良かった、と思った。





とりあえず、助けられて良かったですね


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