三十九話 深夜の葛藤
深夜、時計の針が進む音だけが聞こえる。
眠くない。有紗のことを考えたら、寝ていられるわけがない。
窓からチラッと様子を伺うと、プリウスは今も停っていた。こちらの様子を伺っているのか、窓が僅かに開いている。
高校生相手にここまでしてくるのか……。
現状、有紗を助け出すことは、とても難しい。
悪い考えばかりが頭に浮かぶ。どうして無理してでもクラブを休ませなかったのか。婚約が迫っている事を知っていたにも関わらず。
完全に僕の落ち度だ。
今、何かあっても有紗を助けてあげることができない。このことが本当に辛い。
僕は有紗の彼氏になれる資格があるのか。
八方塞がりで、山下社長に頼ることしかできないなんて、本当になさけない。
することが何もない。寝ることもできない。勉強机に座って無駄だと分かりながら検索をする。もちろん、どこを探しても有紗のことなど出ているわけがない。そんな折、通知音が鳴った。僕は震える手でLINEを開いた。
(起きてるか?)
(有紗のことを考えたら、とても寝てられません)
(だろうな。俺でさえキツいわ)
平気な声に聞こえるが山下社長でも、やはり辛いのか。
(有紗のこと愛されていたんですね)
(当たり前だろ。たったひとりの娘だ。約束だったから会わなかったけど、茜を通して有紗のことはずっと聞いてた)
(別れてからも奥さんと会ってたのですね)
(嫌いになって別れたんじゃないからな)
意外だった。自分の可能性を信じ、飛び出した社長と家に残った茜さん。正反対な人生を選択をしたと思っていたが、ふたりの気持ちは繋がっていたのか。
だから、茜さんは僕の言葉を全力で信じてくれたんだ。
(茜さんを愛しているのですね)
(まあな、それよりLINEをしたのは、有紗が泊まっているホテルの場所が分かったからなんだ)
(えっ!?)
山下社長は、理由もなく連絡してくる人ではない。新しい情報が手に入ったとは思っていたが……。
(平の連絡を聞いてすぐ、編集社の人間に連絡を取ったんだ。仲間の編集者にも連絡を取ると言ってくれて、さっきその報告が来たんだ。待ってるんじゃないかと思ったから、深夜だけれど、連絡させてもらったんだ)
(ありがとうございます。何もできない自分に押し潰されそうになってました)
(だろうな。僕が君の立場なら同じように苦しむ。それで友人の報告だが、いいかよく聞け)
(分かりました。お願いします)
山下社長は、ゆっくりとした口調で話し出した。
(明日、会長主催のセッションがプリンスホテルで用意されてる)
(太一と有紗の婚約ですか?)
(うん、きっと婚約発表とふたりのお披露目だろう)
理解はしていたが、客観的事実として婚約が迫っていることを今更ながら知る。これだけの大舞台で有紗が太一との婚約を拒否する事など、できるわけがない。
(でだ、ホテルの宿泊リストをネットから、少し拝見させてもらったんだが……)
(そんなことできるのですか?)
(これは違法だがね。一番最上階だけ泊まってるのに名簿がないんだ)
(えっ! そんなことってあり得ますか?)
(一般客なら無理だ。もっとも最上階は著名人などVIPしか滅多に泊まらない。泊まっている事実を知られたくない場合、名簿に載せないこともありうる。今回であれば有紗の宿泊になるな)
(すぐに助けに行かないと!)
(まあ、早まるな。今行っても、部屋の前どころかホテルのエレベーターにさえ辿り着けないよ)
(えっ、なぜですか?)
(ホテル関係者に警戒を強めろと連絡が入ってると聞く。今や厳戒態勢だ)
望んでも手に入らないと思っていた有紗の居場所が分かった。助けてあげたい。行動しないで、こんなところで婚約の時を待つなんて、とてもできない。
「一か八かでも良いです。有紗の望まない婚約をどうしてでも阻止したい」
「うん、僕も同じ気持ちだよ。ただ、行動するのは、今じゃ無い」
「今、太一に襲われてるかもしれないんですよ。そんな悠長なこと言ってたら、有紗は……」
貞操観念の強い有紗のことだ。きっと僕の言葉は届かなくなる。
「だから、今は大丈夫だ」
「なぜっ、分かるんですか。もしかしたら、もう間に合わないかもしれない」
「こう言う時こそ、冷静さが必要だ。有紗のお爺さんなら婚約前に太一と結ばせたりしない」
「なぜ、分かるのですか?」
「大企業のトップと言うのはまず世間体を気にする。知らないところで関係したのならいざ知らず、こんな公の場に出す前に交渉させるなど、絶対あり得ないんだ」
「山下社長の言う事を信じれば、今はそうかも知れません。でも、お披露目が終われば……」
「そうだな。明日の夜が初夜になると思う。学校を休ませてでもな」
そうなれば終わりだ。有紗の心は囚われてしまう。方法はないのか。有紗のことを助けられない。その事実が重くのしかかってくる。
もう無理だと思っていた僕に山下社長は意外なことを言った。
「君もセッションに参加するんだ」
「えっ? そんなの無理ですよ。ホテルにさえ入れないのに」
「行けないのは客室だろ。会場なら、招待客ならば入れるよ」
「呼ばれるわけないじゃないですか!」
「出版社以外にも招待されてる客がいる。その中に君も入るんだ」
「無理ですよ」
何を言ってるんだ。僕が呼ばれるわけがない。
「そうじゃない。このセッションだが、出版社には会社ごとに数名単位で参加枠がある。そして、社長なども呼ばれることから、秘書の控室もあるんだ」
「でも、僕の顔は割れてるって……」
「うん、だから少し変装をしてもらう」
「明日、10時に銀座近くのカフェで話そう。俺の連れも紹介するからさ」
「分かりました」
何をするのかさえ分からないが、今は山下社長を信じるしかない。窓の外を見ると白のプリウスがまだ監視していた。
「山下社長。やはり無理ですよ。僕は監視されてるようです」
「あぁ、白のプリウスのことか。ちょっと眠ってもらったから、24時間は目を覚まさないと思うんだけどな」
「えっ!?」
「舐めてるよねえ。監視役、一人だけで充分と思ってるところがねぇ」
☆
読んでいただきありがとう
そろそろクライマックス
有紗はどうなるのか
良いね、フォローまつてまーす
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