二十六話 有紗のお父さん

「有紗の元お父さんに昔、何があったのですか?」


「わたしだって直接知ってるわけじゃないのよ。茜さんの友達で先生になった人から、聞いた話。あっ、茜さんって有紗さんのお母さんね」


 有紗の話では、お母さんはお爺さんの言いなりだ。そのお母さんが親に反対して結婚した過去があったなんて信じられなかった。


「その先生は、今もこの学校にいらっしゃるのですか?」


「それがね、去年辞めちゃったの」


 僕は少し残念に思った。辞めていなければ、詳しい話を聞けたかも知れなかったのだ。


「でもね、わたしも詳しく教えてもらったのよ。だって、有紗さんのお父さんとお母さんの恋バナって興味あったからね」


「有紗のお父さんって、確か別れて家を出て行ったと聞きましたけれども」


「それはわたしも聞いて驚いたよ。若い時、親の反対を押し切って結婚したのなら、今も周りが恥ずかしくなるほどラブラブカップルだと思いたいけど、現実はそうじゃないのかな」


 少し残念そうな表情をする。永遠の愛なんて、お話の世界だけなのだろうか。僕もいつかは有紗への愛が冷めて、飛び出してしまうことがあるのだろうか。


「佐藤くん、そんな寂しそうな顔しないの。きっと事情があるんだよ。それにさ、わたしは思うんだ」


 西山先生は、相澤先生の方をチラッと見る。


「隼人もちゃんと聞いといてよね」


「あっ、ああ。俺にも関わることなのか?」


「もちろんよ。わたし達だって、将来どうなるか分からないよね」


「そんなことねえよ。俺はお前のこと……、ずっと昔から大好きだったからよ。この気持ちは永遠に変わらねえよ」


 西山先生は、頭を下げた。明らかに耳のあたりが真っ赤だ。


「もうっ、佐藤くんもいるのに、恥ずかしいじゃない」


「いや、お前が将来のこと、分からないなんて言うから」


「ありがとう。まあ、それはさておき、さっきの話の続き。大人になったふたりに何があったのかは知らないけどね。少なくともふたりは親の反対を押し切って、結婚したのよ。その事実は変わらないわ」


「お父さんに認めてもらうために、学年トップを取り続けたと言うのは本当なんですか?」


「そうらしいわね。お父さんって要するに冬月さんからすればお爺ちゃんでしょ。なかなか納得しなかったらしいのよ。認めたのは、首位を取り続けたからよ」


「どんな勉強をしたら、普通の成績から学年トップになれるのですかね」


「部活も一切やめて、勉強だけに打ち込んだらしいわ。もっとも、親が会わせてくれなかったから、勉強をするには、ちょうど良かったんじゃないかな」


 ここは僕と事情が異なる。有紗に教えてもらうことで、僕は成績が上がり三十位に手が届くくらいにはなった。


 ただ、このままでは一位を取るなんて無理だ。有紗とはずっと一緒にいたいが……。


「有紗の元お父さんの今住んでるところを知ることはできませんか?」


 有紗ですら太一に勝つことが不可能なのに、今僕のやろうとしてることは無謀の極みだろう。有紗が知ったら全力で止めるに違いない。


「自宅の住所は知らないけれども、会社の住所なら知ってるわよ」


「まじか、お前凄いな、それ」


「わたしも検索で偶然見つけたのよ。ただの好奇心だったけど、役に立つかも知れないわ」


 西山先生は、ノートパソコンを僕の前に置いてくれた。ネット検索のページを開ける。


「そう、そこにね。サイバーフロンティア山下雄也と入れてみて」


「えっ、冬月じゃなくてですか?」


「有紗さんの元お父さんは、冬月家に婿養子に入ってたからね」


 検索してみると、サイバーフロンティア 代表取締役 山下雄也でヒットした。ここから電車に乗り継いで、15分以内で行けそうだ。


 まさか社長だとは思いもしなかった。有紗のお母さんとなぜ別れたのか。何が彼を社長にしたのか、それも含めて聞いてみたかった。


「僕、そこに行ってきます」


「急に行っても会えるかどうか分からないわよ。時間だって遅いし……」


「でも、僕には時間がないんですよ」


「じゃあ、ダメ元で行ってみる?」


「今は会って話がしたいです。もしかしたら、勉強で太一に勝てる方法があるかも知れない」


「頑張って。相談なら先生、いくらでも乗るからさ」


「ありがとうございます。それと……」


「うん、どうしたの?」


「相澤先生、凄く面倒見が良くていい先生です。きっと西山先生のことも、寡黙かもしれないけども、凄く好きだと思います」


「こ、こら。子供が大人にそんなこと言わないの。分かってるからさ。だから好きになったんだしね」


 西山先生の顔が真っ赤だ。西山先生を見る相澤先生の顔もいつも見ないくらい赤に染まっていた。


「じゃあ、僕行きますんでっ」


「おっ、おぅ。頑張れよ」


「相澤先生もね」


「馬鹿野郎、大人をからかうんじゃねえよ」


 相澤先生は、そう言いながら嬉しそうに西山先生をじっと見つめていた。


 僕は相澤先生のマンションを出るとインターネットに出ていた住所に向かった。高層ビルの20階にその会社はあった。


「すみません、山下社長はいらっしゃいますか?」


 受付の女性に聞くと怪訝な顔をして、僕を見た。高校生にしか見えない僕が社長のお客さんであるはずがない、とでも思っているようだ。


「社長へのアポイントはありますか?」


「いえ、急いで来たのでありません」

 

「すみません、それではお通しできません」


 流石に来てすぐに会えるとは思えない。とは言っても電話を取り継いでもらえる可能性も低かった。


「ちょっと、だけでいいんです」


「ちょっと困ります」


 僕が無理矢理部屋へ行こうとすると、受付の女性が止めようとして来る。受付女性の声を聞いて一人の男性が部屋から出てきた。


「社長」


「どうしたんだ? 彼は?」


「知りません。社長に会いたいと言ってるみたいですけど……」


「押しかけてしまって、すみません。僕は、有紗さんのことで聞きたいことがありまして……」


 僕が有紗と言う名前を出すと、山下社長は、僕を真剣な目でじっと見た。


「話だけでも聞いてもらえないでしょうか」


 数秒見て、僕から目を離すと、受付の女の子に笑いかけた。


「あぁ、そうだそうだ。予定入れてたよな。確か、君は……」


「僕の名前は佐藤です」


「そうそう佐藤くんだった。三階のカフェに行こう。佐藤くん、先に行っといてくれないか。僕も後から向かうから……」


「えっ、でもこれから前園社長との商談があったかと」


 社長から言われた受付の女の子は、慌てた表情をする。


「あぁ、キャンセルしといて、ちょっと所用が入ったってね」


「またですか? そのうち本気で怒ってきますよ」


「まあまあ、とりあえず俺、三階のカフェにいるからさ。急用入ったら連絡お願いね」


「前園社長との打ち合わせは、急用じゃないんですか?」


「大丈夫だってさ」


 山下社長は、苦笑いしながら、さっき出てきた部屋に戻って行った。


 想像していた人と違い凄く爽やかだ。高校生の娘がいるなんて、とても見えない。ロン毛のイケメンで、二十歳代にさえ見えた。


 有紗はお父さん似なのかな。凄く気さくで優しそうな印象だった。



――――――



有紗のお父さんは中小企業の社長のようです。


有紗のお母さんと何があったのか。どうして別れたのか。


謎が深まりますね。


読んでいただきありがとうございます。


イイね、フォローも含めてよろしくお願いします。

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