第12話 「人は見かけによらない」

 僕はちょっと浮かれてたんだと思う。

 好きな先輩と一緒にお昼ご飯を食べて、一緒に帰る約束をして、青春の一ページみたいだなって。


 校門の外に立っている女の人を見つけるまでは。

 そこそこ温かいのにトレンチコートを羽織っている、長い髪の毛を無造作に一つにまとめている二十代後半くらいの人だった。

 後ろ姿でも分かる、ランさんだ。

 何でここに。いや、昨日制服だったから、僕が通っている高校なんて一目見たら分かってしまう。

 逃げたこと根に持ってる? 報復しに来た?

 どちらにせよ、もう関わりたくない。


 僕は黙って横を素通りした。下校時間だから他の生徒も多く、無い個性を殺して紛れ込む。

 うん、バレてないバレてない。このまま裏門から入り直して、昇降口で先輩を待つことにしよう。

 そう思ったのも束の間。


「おや、昨日の少年」


 後ろから声をかけられる。

 うわぁ、バレた。

 僕は足を止め、振り返った。

 反応しないほうが良いんだろうけれど、明日も待ち伏せされたらたまったもんじゃない。さっさと解決してしまいたかった。


「変態お姉さんじゃないですか」

「君、なかなかに失礼だなー。もー少し別の印象ないの?」

「悪ノリがすぎる自称研究者さん」

「分かった分かった、おねーさんがちゃんと大人だってことを証明してあげよー」


 おなしゃーす、と気の抜けた声と共に名刺を差し出される。

 端の折れた名刺に彼女の性格が一目で分かる。いや、昨日のビルの一室で嫌というほど体感してるけど。

 早く受け取って帰りたいなんて思ってた。

 ある四文字を見るまでは。


〈深瀬 ラン〉


 名刺には、そう書かれていた。

 何回瞬きをしても、何回目をこすっても、確かに記されている。


「深瀬って……もしかして先輩の家族?」

「先輩?」

「深瀬藍って三年生の……ここに通ってる、髪が短い女子生徒で……」

「家族、家族かー……まあ、そーともいうね」

「母親じゃなさそうですよね」

「えー若いって褒められてる?」


 照れるなー、とランさんはボサボサの髪を掻いた。

 分かりやすく調子に乗るな、この人。


「ただの事実確認です」

「なんだー、いきなり積極的になったと思ったのに」

「で、ランさんは先輩のなんですか?」

「うーんと、藍は兄さんの子供だから……叔母かな?」

「おばさん……」

「さんをつけるな、叔母」


 ランさんはムッとした表情を浮かべた。

 この人と先輩が親戚? 本当に?

 信じられないが僕からこの話題を出したし、わざわざ嘘を付くメリットも見当たらない。

 よくよく見ると、まあ似たナニカはある気がする。見た目っていうよりも、子供っぽい言動とか、そっち方面で。恥じらいって感情については対極にいるけれども。

 というか、気になる単語の羅列が名刺に綴られている。


「この『夢学研究技術班』って何ですか?」

「あー、本業。検索すると一応出てくるよー」


 コートのポケットからスマホを取り出して、すいすいと操作する。


「ほら、あたし」


 差し出されたバキバキの液晶画面には、ネットニュース記事が映し出されていた。

 スーツを着た大人が横一列に並んだ写真、右から二番目には今よりも身なりを整えたランさん。パンツスーツをびしっと着こなし、茶色の髪はアホ毛一つなく纏められている。隣には、いかにも偉い人っぽい雰囲気を出している老人が数人。

 凄い賞でも貰ったのか、ガラス製のような盾を持っていた。


「えぇ⁉ こ、これ?」

「そー、二年くらい前のだけどね」

「本当に研究者だったんですか⁉」

「もちろんよ。それだけじゃ儲からないから、明晰夢の店もやってるけどね。昨日来たでしょー?」

「明晰夢? あのビルで!?」

「そーそー、まあお客は殆ど来ないんだけどねー。世知辛いねー」


 露草が夢の研究は進んでるとか言ってたけど、まさかここまでとは……

 というか、最悪の出会い方をしたお姉さんが夢の専門家で先輩の親族だったとは。新情報が多すぎる、昨日帰らずに相談するべきだったかもしれない。


「思ったよりちゃんとしてるというか、想像以上に凄い人っぽいんですね」

「ひどいなー、これでも青春全部捧げてきた身だよ」

「その結果が身体を差し出そうとすることになるとは」

「君、だいぶ根に持ってるねー?」

「不審者には近づかないよう小学生の頃から言われてるんで」

「変態の次は不審者かー」

「学校の前に居座ってるって結構あやしいじゃないですか」

「そんな人と一緒にいていーの?」

「ここで待ち合わせしてるんです」

「おー君、冴えなそうな見た目してやることやってるねー」


 ランさんは下世話なことを考えているような笑みを浮かべる。

 何しに来たんだ、この人。ていうか、校門前で待ち伏せしてた理由って何だろうか?

 

 そう言うランさんは何でここにいるんですか? と聞こうと思った。けれども、口から出ることはなかった。


「なんで、ここにいるの?」


 僕の心の中を代弁するような声が後ろから聞こえたから。

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