権力の墓穴

羽弦トリス

第1話戸田警視の殺人

戸田岳留とだたける警視はアルファードを運転していた。

助手席にはキャリア組の渡辺アキト警部補が乗っている。戸田もキャリア官僚なのだが、愛知県警の捜査一課課長として4月に赴任したのだ。

戸田は華々しい経歴があるのだが、くじ運が悪かった。何故、愛知県警なのかと……。

そこで、長野県警に飛ばされた渡辺と大学の剣道部の繋がりで知り合い、時間があれば渡辺の所有する長野の別荘で2人で過ごす事が多くなった。

渡辺の親が息子のアキトに別荘を譲ったのだ。

「岳留君。今日は楽しもうね。実は、びっくりするもの用意してるんだよ」

渡辺は、身長が181cmの長身でジムで鍛えられた身体は、誰もが惚れ惚れする。

一方の、戸田は178cmでこれまた、筋肉のつき方が渡辺を凌駕りょうがする。

その、お互いの筋肉のつき方を直に肌で感じているのは、この2人だった。

2人はそう言う関係であった。

今日、10月3日は戸田の誕生日であった。

土曜日だが、仕事が立て込み別荘に着いたのは、夜の10時であった。

アルファードは雰囲気あるコテージの前に停車し、渡辺は両手に袋を持ち、戸田が解錠して部屋に入った。

取り敢えず、手荷物を2人はソファーに起き、渡辺が戸田の腕を捕まえると、軽くキスをした。

そして、渡部は戸田の誕生日の準備に取りかかった。

戸田はソファーに座り、タバコに火をつけテレビを見ていた。

「なぁ、アキト。うちの黒井川警部の事、知ってる?愛知県警じゃ、有名人なんだ」

そう、煙をくゆらせながら、渡辺に問うと、

「知ってるよ!相棒が循環器科の医師で、コンビで難事件を解決した、日本版シャーロック・ホームズって言われた刑事だよね」

「そうかぁ。その人がオレの部下になるんだよな。遣りにくいったらありゃしない。ノンキャリアのくせに、今日なんか『事件は観察眼が物を言う』って言うんだぜ!」

「アハハハハ。古いタイプの刑事だね。推理小説の読みすぎだってば」


大理石の灰皿をテーブルから本棚の上に退けて、テーブルには数々の料理が並べられた。

渡辺は料理が得意で、こうした今日のような記念日には手料理を振る舞う。キャリア組の仲間を何回も招待したこともしばしば。

しかし、2人の関係は誰にもバレないようにしてある。スマホにも、PCにも履歴はない。

「すっごく、美味しそうだ」

「岳留君、36回目のお誕生日、おめでとう」

2人はワインで乾杯した。

キャビアが赤ワインに良く合う。

2人は談笑しながら、誕生日を祝った。

戸田が先にシャワーを浴びた。嫌な予感がした。アイツから電話が無ければいいのだが……。ミスだった。電源を切るべきだった。

戸田は急いでバスルームから出た。

すると、渡部はタバコを吸いながら貧乏ゆすりしていた。遅かったか。

「ねえ、岳留君。出雲いずもって、女だれ?電話があったんだけど」

「あっ、出雲ちゃんね。うちの交通課の警察事務の人。仕事の話じゃないかな?」

「嘘つき!」

「何だよ!急に」

「僕に、彼女ですけどって言ってたよ」

やはり、電話は切るべきだった。最悪のミスだ。謝るしかないか。

「ごめん。ホントにごめん。ブロックするから」

「月曜日、そっちの交通課に出向いて全てを告白してやるっ!」

「まっ、待て!」

「うるさいっ!」

渡辺は戸田を突き飛ばした。

「今から帰る!あんたは、歩いてこの山道を下りな。15kmくらいで、街に出れるから。僕の車の鍵はどこ?」

戸田は鍵の横に置いてある、大理石の灰皿を思いっきり、渡辺の脳天に振り下ろした。


グハッ!


返り血を浴びた。戸田はしばらく呆然と突っ立っていた。

ふと、我に返り足で冷たくなった渡辺をつついた。

目を見開いている渡辺の顔にバスタオルを被せて、1人テーブルに着いた。

そして、赤ワインを飲んだ。ボトルのラベルを見た。

1987年モノ。渡辺が『びっくりするもの用意している』とは、このワインだったのか。

朝方まで、戸田は考えた。こんな事で捕まってたまるか!

僕の人生は始まったばかりだ。それに、ここは長野県。愛知県警の黒井川警察には関係ない。

戸田は低能な殺人犯と同じく、『捕まってたまるか!』の精神であった。

だが、誤算は続く。


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