第3話 王立スクーパ特務財団

 エレベーターが上昇し、階数表示に「艦橋」の文字が見えた直後のことだった。艦内放送がけたたましいブザーを鳴らし始めた。

「総員、第一種戦闘警戒配置に付け!第一種戦闘配置への移行準備を整え第一種戦闘警戒配置に付け!第一及び第二主砲塔、射撃指揮管制装置F C S及び主砲装填準備装置を起動!一番から六番副砲塔も同じく、砲塔旋回装置を待機状態へ!各区画に通達、ダメージコントロールを最優先で戦闘準備を整えろ!ダメージコントロール班は待機所にて待機!本放送は演習にあらず、繰り返す、これは演習ではない!艦長、至急ブリッジへ来てください」

 その放送を聞きながらエレベーターの扉がゆっくりと開くのを見ていた艦長は、扉が開ききるのを確認して駆け足でエレベーターを出る。艦橋後部の扉の開ボタンを連打して扉が開くと、艦橋士官のほぼ半数が艦長の方を見ていた。残る半数は忙しそうに周辺の状況を確認している。窓の外では、手が届きそうな距離で竜王城址製造都市の外縁市街が燃えていた。

「本港管制室より連絡、直通港湾は入出港不能状態!本港に停泊中の艦艇は至急出港せよとのことです!」

「出港中の戦艦シヴァより連絡、マクマトス艦長より直接です!」

「最優先回線でつなげ!」

 ハル艦長の言葉に応じ、シヴァからの通信は速やかにアヴァターラ号に届いた。

「こちらシヴァ、艦長のマクマトスだ。アヴァターラ号に先ほどユディシュティラ号から暗号化回線で届いた情報を共有する。技術復興省の下部組織として設置されているスクーパ財団……そちらの艦長が詳しいから終わってから質問してくれ、まあその財団が管理していた有史以前の遺跡から何か巨大な怪物、おそらくは古代兵器の上位機種が活動状態を回復して飛び出してきたらしい。現在のところスクーパ財団の船が対処に当たっているようだが大型艦は二隻しか港を出られておらず、戦況もあまり芳しくないという。スクーパ財団はいざとなれば竜王城址製造都市の街区全域を潰しても出てきた何かを滅却するつもりのようだ。もうすぐ夜が明けるから早めにこの空域を離脱してほしい、とのことだ。本艦はこれより離脱する。アヴァターラ号は本艦とは別方向に離脱してくれ。怪物はどうやら起動状態の浮遊機関を稼働している船を追跡しているようだ」

「こちらアヴァターラ、艦長のハル。情報感謝する。本艦は出航までにまだ時間を要する。本艦はもやいが解ければすぐに貴艦とは逆の方向へ離脱する。幸運を祈る」

「ありがとう」

 シヴァ号の通信はナラシンハ号からの通信に割り込まれてかき消えた。

「こちらナラシンハ号、可能な範囲で救助を要請するがそちらの離脱を最優先にしてほしい。急げ、スクーパ財団の船は怪物にかなり手を焼いている。このままでは滅却装置がいつ起動するかもわからん」

「こちらアヴァターラ号、艦長のハル。こちらは了解した。可能な範囲で救援に向かう」

 ハル艦長は通信を切ると艦内放送用のマイクを握った。

「全乗組員に告ぐ、軍人の誓いを忘れるな。我々は『国家の民、国家の財産、国土の安全のために全力を尽くす』のだ。第一種戦闘配置!舫解け、機関最大出力!ひとまず三千メートルまで上昇し、怪物との距離を保つよう努める。対象の反応は特定できたか」

「はい!センサーで古代兵器に近い浮遊機関反応を確認しました、竜王城主塔上空に停止しています!光学的にも補捉、対象はイカと紡錘形の殻を合わせたような姿です」

「よし、竜王城主塔から距離五万を保って都市北方の多雨森上空域に侵入、同空域に対象を誘い込む。狙撃砲、高速徹甲弾を装填し挑発射撃を準備せよ!発砲警告電波発信用意!」

 艦橋の空気は一瞬凍り付いたが、舫が解かれ船体が上昇を始めたときには攻撃準備の号令とともに活発に活動していた。航空主任は艦の操作をてきぱきとこなし、艦は上空へと昇りながら北上を始めた。そして狙撃砲が狙いを定め、まさに撃とうというときになって通信士官が暗号化通信の受信を報告した。

「シヴァから暗号化通信です!」

『こちらシヴァ、艦長のマクマトスだ。アヴァターラ、ご厚意は立派だが減速し撤退しろ。スクーパ財団によればこいつはアトミカル叙事詩六記にある生体兵器マハラーティに比定される古代兵器らしいぞ』

 ハル艦長はほんのわずか眉をひそめると、前を指さし言い放つ。

「余計なお世話だと伝えろ。それに、本艦が退けば竜王城址製造都市全域が危険にさらされるが、そんな事態は避けるべきだ。狙撃砲、射撃開始!怪物の殻と頭部の接合部を狙え」

 艦側面の砲郭に独立稼働型の単装砲として備え付けられた口径三十センチ半、砲身長五十口径の狙撃砲三門がゆっくりと動き始め、精密に怪物の殻と頭部の接合部分を狙い極超音速の砲弾を前から順番に射撃する。

「浮遊機関、最大出力で稼働せよ!敵がこちらに注意を向けたような挙動をしたら距離を保ちつつ北上だ」

 狙撃砲の砲弾が弾着し始めたころ、怪物と戦闘していたスクーパ財団の船は全滅していた。そして滅却装置が発動される前に誘導が間に合ったのだろう、怪物は竜王城址製造都市を出て多雨林上空の空へと入り込んでいた。市街地が主砲の射程圏を外れると、艦長は素早く命令を下した。

「主砲及び副砲に徹甲榴弾を装填、砲撃準備!減速しつつ変針、敵の側面に回り込め!爆砕榴弾ミサイルを用意、発射準備が完了し次第照準を合わせ発射せよ!シールド展開に備え、船体表面に磁場コーティングを展開しておけ!」

 数秒おいて、アヴァターラ号の船体はゆっくりと減速を始めた。そして多雨林の上空一万五千メートルに差し掛かったあたりで、艦長は次の命令を発した。

「主砲及び副砲、砲撃はじめ!」

 アヴァターラ号の饅頭型の四十一センチ連装副砲塔が素早く旋回していくのを追って、巨大な六十一センチ連装主砲が箱型を組み合わせたような砲塔の緩やかな旋回を止め、仰角を固定し、轟音とともに砲弾を投げ放つ。砲弾はまっすぐ怪物を目指して飛び、怪物の表面で炸裂した。怪物の速度は変わらない。

「主砲及び副砲、初弾命中!目標に損害を認めず!」

「副砲、排莢及び次弾装填完了!ミサイル第二射用意よし!」

 と、怪物の側面で連続して爆発が起こった。連続する雷のような爆発音に、怪物の身体が揺さぶられているのが見える。怪物は少し悶えるように触手を震わせ、こちらに向きを変えた。触手の中央でぼんやり何かが光っているのが見える。

「爆砕榴弾ミサイル命中!目標、針路を変更!接近速度、上がります!」

「ミサイルは効いた……!やはり圧力でなら効果が出るのか?主砲、高威力爆圧榴弾を装填、着発信管にセット!」

「了解!」

 主砲の仰角が上がり、大火力の榴弾が放たれる。怪物の表面でひときわ大きな爆発が起こり、怪物は身もだえした。

「質量弾適正距離まで接近しました!」

「よし、主砲に質量弾を装填、発射!怪物の触手の中央にピンポイントで命中させろ!」

 怪物に向けて質量弾が放たれ、副砲の砲撃が散らす火花の中怪物の触手の中央に命中したようだった。怪物は触手を丸めて前方を守るように固め、ぐんぐん接近してくる。

「爆砕榴弾ミサイル、撃ち尽くすまで撃て!主砲は質量弾を装填、全力射撃!針路はこのまま、機を見て衝角砲で攻撃をかける!衝角砲、いつでも撃てるようにしておけ!磁場コーティング、最大効率化!」

「りょ、了解!」

「艦長、提督からの衝角砲使用許可は?」

「本艦は独立作戦中だぞ、私が提督みたいなものだろう!司令部から緊急避難行動として許可されているのは危険の回避と、ムガロ王国の資産に対する攻撃の阻止だ、そのためには可能最大限の努力をするのみ!さっさと準備を始めろ!」

 艦長の言葉にようやく納得した砲術長が、決意を固めてうなずいた。

「わかりました。衝角砲発射シークエンス開始!反動吸収装置、展開用意!衝角砲遮蔽扉、開扉用意!」

「目標が旋回を完了、二百メートル毎分で突っ込んできます。進行軸線は本艦針路に鉛直!こちらへまっすぐ向かってきます!」

「よし、衝角砲照準システム用意!船体強制加速ブースターもセットしろ!敵を三キロの衝角砲攻撃可能距離まで引きつけつつ旋回だ!」

「了解!」

 怪物の固められた触手の隙間から鋭い光が漏れたのを確認し、センサーがそこに向けられる。

「目標口腔前方に高エネルギー点を確認!詳細不明!」

「補機の全動力をもってシールドを駆動せよ!」

 瞬間、閃光の塊が一線のエネルギーの矢となってアヴァターラ号を襲う。命中するまでの一瞬の猶予に、艦橋では皆が姿勢を下げた。

「目標、高エネルギー体を発射!本艦に当たります!」

「総員、衝撃に備えろ!」

 轟音とともに左舷副船体底部のバルジが融け落ち、炎が上がる。

「シールド健在!損耗率三十パーセント!」

「艦底部に損害、損害不明!」

「艦内で火災、消火システムは正常に作動しています。ダメージコントロール班が向かいました!」

「畜生、熱がシールドを貫通しましたよ!」

「だが距離短縮には成功した!艦首衝角砲を使うぞ、フルスロットルで増速、適宜変針!軸線上に目標を捉えろ!」

「はい!」

 アヴァターラ号は軋む船体をさらにギシギシと軋ませ右に舵を取りながら、最高速度に加速した。

「目標の触手が活発に運動しています!二キロまで近づけば接触の可能性が!」

「構わん、回避しきれない分は砲撃ではねのけながら接近せよ!」

 アヴァターラ号はその船体を絡めとらんとする触手を避けながら一キロまで接近し、艦首に備えられた口径千二百ミリの巨砲「衝角砲」を露出した。空気の流れが乱れ、船体が一瞬ぶれる。前進するアヴァターラ号に接近する触手三本を狙撃砲が一本ずつ射撃して遠ざけた。前方からまっすぐ突っ込んでくる触手を主砲ではねのけたアヴァターラ号の衝角の中で衝撃吸収シリンダーが前方に延び、砲身が前方に進出した。その瞬間、船体後部を触手が巻き取る。

「捕まりました!」

「強制方向転換ブースター始動、目標の頭部と思しき触手群の中央を狙う!スロットルそのまま、発射用意!総員、衝撃に備えよ!」

「軸線上に目標の頭部をとらえました!」

「発射!」

 衝角砲が雷のような轟音とともに放たれ、触手はさらに強くアヴァターラ号の船体を締め付ける。しかしそれは一瞬で、衝角砲の砲弾が命中するとすぐに触手はアヴァターラ号を離し機能を停止した古代兵器の前で小さく巻き込まれていった。

「暴走は終わったようだな」

 ハル艦長がそう言った直後、アヴァターラ号にはスクーパ財団の船が接近していた。その船は発光信号を送り、無線送信の許可を求めてきた。許可信号が送られると、さっそく無線で送られてきた音声がアヴァターラ号のスピーカーを揺らした。

「こちらスクーパ財団観測船SPSウニティス、アヴァターラ号へ。旧兵器管理への協力及び暴走した旧兵器鎮圧への助力、誠に感謝する。今回の騒動はこの古代兵器が前回休眠状態を設定された際に回路上のバグで自動的に初期化が行われていなかったことが原因となり発生した。初期化の際に制御艦の情報が残っており、起動後も我々の制御を受け付けなかったため被害が拡大してしまった。沈静化努力の際に我々の制御艦が沈んでしまったため、引き続いてアヴァターラ号には制御を依頼したい」

 その無線にアヴァターラ号の乗組員たちが困惑したのは言うまでもない。

「艦長、どうします」

「断れば財団だけでなく竜王城址製造都市も、それに何より王国の陸海軍が今後かなり困るだろう。財団は古代兵器を復活させる技術を研究しているはずだから艦隊司令部や統合幕僚本部の許可はつねに付随する。従うべきだ」

「わかりました」

 艦橋でそのようなやり取りが行われ「了解」の信号が送られたあと、財団の船は制御方法を説明した。

「この古代兵器は、浮遊機関の制御装置を同期すれば空中戦艦から制御できる。専用制御装置と型番が同じ、アヴァターラ号の予備制御装置を指定したい。軍司令部、艦隊司令部、艦製本部及び統合幕僚本部からの許可は受けている。調律波形を百九十二番、波長を四百八十九メガヘルツに合わせられたし」

 スクーパ財団の船はそう通信を送り、アヴァターラ号では制御装置を操作して同期を完了する。制御装置は正常に制御を開始し、古代兵器は機関を最低出力にした状態でアヴァターラ号からの制御により森の中にその身を沈めていった。

「これにて一件落着、ですかね」

 副長がよくわからぬままに艦長に尋ねると、艦長は首を横に振った。

「残念ながらまだだ。この航海だけでは終わらない一件が、これで始まってしまったみたいだな」

 司令部から配信された命令電文を読み終えて、艦長は移動を指示した。目的地は哨戒コースをスキップして、艦隊司令部がありムガロ王国の第二首都にもなっている場所、第一層空中大地に位置するムラッタルスカ要塞都市である。全空中戦艦はそこに集まるよう指示されているようだ。各艦の艦長は極秘命令として現時点では艦長でも開くことすらできない、本来艦長以外アクセス禁止の機密レベル指定がなされた命令書を送信されている。何か大規模な作戦が始まろうとしているのはどう考えても確実なように思われた。

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