詐欺師4

 一部始終を目にした赤い悲鳴。

 周囲が騒然とする。


「糞探偵」


 手で傷口を強く押さえ、よろめく京一を勝は受け止める。手に手を重ね、強く押し付けると真っ赤な手で顔を覆い座り込む女性の口角が上がった。

 ハッ――と後ろを振り向くと若い男性。手には肉包丁。仲間か――「クソッ間に合わない」と勝が京一を庇おうと背を向けるとオゴッと男のだらしない声と鈍い音と共に横に大きく飛ばされる。ガタンッと室内に響く落ちた消火器。ごろごろと転がり低くも陽気な声。


「諦めな、若いの」


 少し離れた場所から落ち着いた和の声。コツコツとブーツを鳴らしながら、咥えていたタバコを指に煙を吐く。


「俺の可愛い部下に何してくれてんの?」


 邪悪な笑顔に男が見とれていると男の背後から兼二の綺麗なドロップ。踏み潰すように男の体は前方。顔面を床に強く叩きつけ、頭と背には兼二の足。

 屈み、残念だな、と軽く毒を吐く。たまたま京一と手を組んで動いていたのか珍しく私服。「うわぉ、兼二!! 」と拍手するも無視。「現行犯で逮捕する」と手錠を取り出し掛けた。


 えっ、この人警察――。

 妙な空気が立ち込めるも緊迫感が緩む。


 終わった、と安堵したのか京一が小声で勝に言う。


「いてぇっす……もう少し優しくしてくだせぇ」


「黙ってろ。傷口に指突っ込むぞ」


 強く押され、うっ、と勝の服を握り締めた。


 数分後。

 救急車が着き運ばれるも、一人じゃ嫌だ、と子供じみた言葉に勝がそのまま同伴。和は楽しげにバイバイと手を振り見送る。



         *



「和」


「ん」


 ビジネスシューズが壊れたか、靴底を見ながら兼二は和の肩に手を置く。駆けつけた警察に男女の身柄を渡し事情を話すと、話がしたい、と兼二は和を地下にあるとカップケーキ専門店へ。初夏頃から始まるカップケーキシェークを飲みながら、何もなかったように二人はテラス席で一服。


「和、主犯は殺らないのか」


「あーねぇ。俺もう二人殺して満足したから今日は殺したくないな」


 テーブルに伏せ、京ちゃん怪我しちゃったし、と心配しているのか不安な声。


「いつものことだろ。年下だからと献身的なのは」


「まぁ、可愛いから良いけど。本来なら刺した子を刺したかったな。柄までグサッと」


 顔を上げ、ニコ。しばらくシェークを吸う音が耳に入り、浅くもさっぱりした味を堪能。立ち上がりゴミ箱に捨て、帰るか、と歩くも和がバイクに乗り込み向かったのはスクランブル交差点が目印の都会。

 学生、社会人と年齢問わず幅広く、細い道に踏み込むとゲームカフェやクレープ、ブランド店など目に入る。○○株式会社、○○サポート会社、そう多種多様な企業のビルが隠れ、何度も横を広告宣伝車が通る。


「高額収入なら此処で決まり♪」


 ホスト・キャバクラと写真が目に入り、呆れ顔で見つめると和は何か思い出したか、あっ、と声を漏らした。


 ねぇ、兼二。女装してホストに行ってきて。俺、キャバ行くから――。


 深夜帯を迎え、子供の姿はなくなり賑やかな町が一変。ネオン輝く大人が集う町となる。歩くとお洒落したドレスに身を包む女性の姿や客引きが目につく。

 一時間制の指名なしで数件。誰かを探すように接待してくれた女性の顔を頭に浮かばせる。本来ならもっとふさわしい場所があるが距離が離れているため除外。一か八かの賭けに出る。


 数日にかけて二十二時からハシゴ。

 兼二との合流したのは二、三日後だった。


「お前の読み当たってるかもな」


 事務所で寂しく二人で晩酌しながら情報整理。


「でしょ」


 スマホで撮った写真を印刷し並べ、ガン見していると和のスマホが鳴り耳に当てる。


「はい、小鳥遊」


『和の旦那』


「あら、京ちゃん。大丈夫?」


 とても眠そうな声。京一だ。


『自分が刺された件ですけど、今大丈夫っすか。手短に話すんで』


 兼二に“メモ”とデスク上のメモ用紙を指差す。渋々兼二が取りに向かうと京一が言う。


『最近、探偵潰しが一部若者の中で流行ってるらしいんすわ。で、裏とか絡みあるんで自分が餌になった訳っすよ。そしたら、アレっすね』


 漠然とした内容に和は思わず笑う。


「ごめん。もう少し詳しく聞かせてくれる。説明になってないよ、京ちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る