ミンチ事件1

 女の子と別れ、事務所に戻ると人の気配に振り向く。視界に警察手帳。黒スーツにコートと見覚えのある服装に大きく手を広げ抱きつく。


「あらま。佐々木ささき 兼二けんじ刑事、どーしたのそんな嫌な顔してぇ。ん? 俺に会いに来たのかぁ、嬉しいねぇ」


 和が跳び跳ね喜ぶと腹に一発。兼二の拳がめり込む。痛みに腹を押さえ後ろへ。


「勝に呼ばれてきてみれば隠蔽工作。子供に暴力だと何様だ。署に連行するぞ」


 手錠を取り出し軽く脅す。


「な、殴ってないよ。ふり。脱臼させただけ」


「確かに猫に暴力するのは犯罪に等しい。だが、それをお前が報復とはやりすぎだ。相手は子供なんだぞ」


 手錠で殴られ「あんっ」とやられたふりでソファーに倒れ込むと腰辺りに尻が乗る。


「俺はあくまでお前らの隠蔽。あまり事を起こすな。心臓がキュッとなる。あと、お前が好みそうな相談話を見つけてな。置いとく」


 テーブルに封筒を投げ、退くと思いきや退かない。


「喉乾いた。そこの記者」


 デスクでダラーッしている勝に兼二は声をかけると「はいはい。職業的にはお前が地位高いもんな。年下のくせに」と渋々動く。


「兼二、尻上げて」


 パンパンと尻を叩くも「断る」と微動だにせず、和は諦め目を閉じ寝る。

 目が覚めると事務所は真っ暗だった。着信かメールか誰かのスマホが光っており、それに手を伸ばすと自動に画面がつく。勝のか、BLのような抱き合いキスする画像にスマホを伏せるもライトを点け立ち上がる。


 暗闇に聞こえる小さなイビキ。


 それに光を向けると床に大の字で寝る勝。おいおい、と流れでデスクにライトを向けると足を乗せ椅子に凭れる兼二。背後から寝言が聞こえ振り返ると、ソファーに横になるVネックにコンバットジャケット、ガーゴパンツの見た目若々しい服装の男。


 探偵の下野しもの 京一きょういち


「ん? おま、いつ来た!!」


 一年も見なかった知り合いの姿に大きな声。


「さっき」


 と、少しガナリな不機嫌な声。嫌なことでもあったのか言葉ではなく、バンッとテーブルを蹴り、足を下ろすと舌打ち地獄。探偵のくせに仕事以外は面倒だと無口な京一。滅多に言葉を口にしないため、態度や表情で読み取る。

 

「京ちゃん、すごーく苛ついてるのね。じゃあ、テーブルかわいそうだから寝てる二人をぶって。俺の事務所でなに寝てんだよって」


 和の言葉にフッと鼻で笑う。京一は靴底を引き摺りながら歩き、寝ている勝の頭に向かって大きく足を上げ――踏みつけた。

 グゥゥゥ、犬が威嚇するような声。勝は京一に踏みつけられ痛む頭を押さえ、今にも彼に噛み付きそうだった。落ち着け、と二人の間に入った途端、カンッとゴングが鳴る。


「てめぇ、俺の頭蹴るの何回目だ。十回か? もっと踏んでるだろ、なぁ?」


 どうどう、と和が勝の肩を撫でる。だが、「馬じゃねぇんだよ」と振り払われヒートアップ。


「なんか言えよ、オラァ!! その口飾りか。チゲぇよなぁ!!」


 胸ぐら掴み引き寄せると京一がぶちギレる。


「あ゛ぁ゛ッ」


 それは恐ろしく低い声。


 勝の手首を掴むと捻り、痛みで力が緩んだ瞬間――素早く足を引っ掻ける。五センチほど身長差があるにも関わらず勢い任せに押し倒し、馬乗りになり拳を振大きくり上げた。和が「ストップ」と怒鳴るも声は届かず、見かねた兼二が声を荒らげる。


報復の時間だ・・・・・・!!」


 その言葉に京一は動きを止め、同時に四人は邪悪な笑みを浮かべた。


「今日の案件だが……」


 封筒を見せられ、中には手紙が一枚。書かれていたのは数年前に起きた事件のことだった。


『食肉加工工場 人間ミンチ事件』

 数年前、食肉加工工場で働く三十代女性が誤って・・・ミンチ機に落ち即死。加工肉に女性の臓器肉も混じり破棄。馬鹿げた話だがあまりのグロさで肉ロス(肉の売り上げが低下)。その後、工場は取り壊し。


 送り主は亡くなった女性の家族。手紙によると警察の捜査に納得できず。娘が会社の不満を口にしていたことから“会社に殺された”と今も訴えているらしい。


「兼二、報酬は」


 和は三人と向かい合うようソファーに腰かける。んだよ、本気になりやがって、と京一をガン飛ばす勝に和は頭を撫でる。


「ウン十万から数百万。要望には答えるとか言ってた」


 兼二はジャケットから“煙草”ではなく“きな粉棒”。取り出し一本咥え、吸わず噛むと煙の代わりに粉が落ちる。


「何処の奴等も金。そんなに金が大事かね・・


 さりげない和のダジャレに白け、わざと咳払い。勝の「寒」と呟く声に和手で顔を覆う。


「やめて、はずかちぃ」


 三人の文句言いたげな視線にニンマリ。その顔に兼二はわざとらしく咳払い。和は誤魔化すように話を戻す。


「俺らは莫大な金だけで動かせるバカとは違う。“依頼者の心が代金”みたいなもんだ。それなりの思いがあるなら此方だって答えるさ。てな訳で刑事と探偵は無茶しないように。お前らはあくまで“協力者”。では解散」


 パンッと手を叩き、雑に話を閉める。


「さぁて、下らねぇ記事でも書くか。おい、クソ探偵さっさと帰れ。邪魔だ」


 勝が立ち上がり、京一の頭を容赦なく叩く。腕を強引に掴み、目障りだ、と事務所の外へ。兼二はきな粉棒を煙草のように持ち、クチャクチャと不快な音に和が目を向ける。


警察正義の味方の前が依頼を持ってくるとは。良いのか、親御さんはお前のこと尊敬してんのに」


 その言葉に兼二は苦笑。睨むよう和を見ると無言で腰を上げ口を開く。


「正義の味方? (嗤って)なんのことだ」


 邪悪な笑みと殺気満ちた目。


「はいはい、すみませんでした」


 と、逃げるように謝ると「(警察に)なりたくてなったんじゃない」と小さな声。それに「ん、なの知ってる」。そう言いたげに手を振った。

 数日経っても事は起きず。事務所で和が暇潰しに一人オセロをしているとドアが開く。


「よぉ、暇そうだな」


 嬉しそうに雑誌を持ち、叩き付けるようにデスクへ。


『週刊誌 ライフ』


 勝が駆け出しの頃からフリーランスになっても世話になってる編集者。基本はSNSで書くが大々的に取り上げるなら雑誌との連携が手早い。しかも、勝のやり方はやや強引かつ正確で――悪い意味・・・・で良い記者。


「そのうち泣きながら出てくるぜ」


 悪役気取りな笑い方と拍手。腹を抱え、呼吸が狂う。途中、過呼吸を起こし視界から消えるも声は途絶えない。


「こえーよ」


 和は立ち上がり、来るだろうと準備していた常温なりかけのビールを勝の腹に置く。


「おいおい、記者なんざ。裏を返せばアンチだ。しかも、下手すると人さえも追い詰める。ネットの書き込みと同じだ」


「それ、自分で言う?」


 プシュッと力なく炭酸が抜ける。ゴクッと喉を鳴らし飲むも不味いと不機嫌な顔。何も知らない、そう目だけを逸らす。

 しばらく雑誌を見つめ、勝は死んだようにソファーで寝た頃。微かに“話し声”が聴こえる。音漏れか、気になり耳を済ませ辿ると勝。まさか、と耳に掛かる髪の毛に指を絡める。「んだよ」と寝がりと同時に耳に黒い骨伝導ワイヤレスイヤホン。


「なに聞いてんの。少し爆音過ぎない?」


 耳痛めるぞ、と口出しすると返ってきたのは意外な言葉。


「右に京一・・。左に兼二・・

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